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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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シャルム・ブラン

 シャルム・ブランに、生まれて初めての“絶望”を突き付けたのは、他でもない王妃グレイスだった。第3王子として生まれたシャルムは、クラージュやカルムに体格や頭脳で劣りながらも、母の愛を得ようと努力を続ける、健気な少年だった。――彼の運命を変えた、9歳の誕生日までは。


『継承権とは、そういうものだ』


 身を挺してクラージュを庇う母を前に、シャルムが思い出したのは兄カルムの言葉だった。それでも母を諦めきれずに、魅了の力を発現すると、あろうことか今度は父王に力を封印されてしまった。


(……もう、全てがどうでもいい)


 日に日に自暴自棄になっていくシャルムに、転機が訪れたのはそれから5年後のことだった。自室を訪れた、二回りも年上の、寡婦であった女性教師。彼女はシャルムに閨での知識を与え、相手をするために送られてきたのであった。14歳であったシャルムは、彼女に特に思うところはなかったが、ひとつだけ気になることがあった。


『兄上の相手も、お前がしたのか?』

『……クラージュ殿下に置かれましては、左様でございます』 

 

 王族の相手を務められる人間は、そう何人もいない。カルムの名を出さなかったのは、そもそもカルムの身体では無理だったというだけだ。クラージュの“お下がり”をあてがわれたことに、シャルムの腹の中をぐずぐずと虫が這いまわるような嫌悪感が走っていった。


(……気持ちが、悪い)


 女性教師との時間は、シャルムにとって苦痛でしかなかった。けれど彼女が与える知識は、シャルムにある“希望”を抱かせることとなった。肉体関係という強固なつながりを持てば、相手は自分を1番に愛してくれるのではないかという、希望を。――そして、丁度良い人材を探して城内を散歩していたシャルムは、こっそり忍び込んだ洗濯室で、打ってつけの侍女を見つけたのだった。 


『本日より、お傍に控えさせていただきます。セイラ・アシェルと申します』


 寵愛を受けるのに相応しい美貌に、後腐れなく切り捨てられる平民という身分。セイラ・アシェルは“実験”に、もってこいの人物だった。――少なくとも彼女を雇った最初のうちは、シャルムはそう思っていた。


『殿下、お寒くありませんか?』


 しかし次第に、泥沼にはまるように、セイラに依存していったのはシャルムの方だった。抱きしめられていると、そのときだけは孤独が溶けて、心まで温もりに包まれていくようだった。セイラは一度だって、シャルムを拒みはしなかったが、愛していると囁く彼女の顔は、熱病に浮かされたものとは違い、どこか切なそうに目尻が下がっていた。


『大丈夫ですよ。私は殿下を愛していますから』


 温かなベッドの中で、喉から手が出るほどほしい言葉を、何度もかけてもらえる。そんな夢のような日々は、しかし唐突に終わりを告げた。――セイラが、身籠ったのだ。


『この子に手を出すおつもりなら、私も命を絶つ覚悟はできております』


 必死の形相で堕胎に抵抗するセイラに、少なからず情を抱いていたシャルムは、成す術もなく折れた。ただし、生まれた子に、封印の腕輪を装着させることを条件に。セイラが浮かべた安堵の表情に、満足したのもつかの間、彼女が城を去ったあと、シャルムの胸に押し寄せてきたのは強い後悔だった。


(……契りを、交わしたところで)


 “本物”の愛情は得られなかった。その発見は、シャルムに以前よりも深く、埋まらない傷を与えることとなった。シャルムには、セイラが命を張って守ろうとしている赤子の存在など、心底どうでもよかった。ただ、赤子に腕輪を渡さなければ、近いうちにシャルムの愚行は露見してしまう。数年の間に形だけでも、腕輪に似せたものを作る必要があった。


 封印の腕輪をはめている間は、城を抜け出しても気付かれない。城内がせわしない時を狙って、古代魔術の知識を求めたシャルムは、レドン大陸へと足を延ばしてみたのだった。


『ずっと、ここにいてもいいのよ?』


 魔女の館で待っていたのは、年端もいかない無垢な少女だった。大陸では腕輪を外していたシャルムの魅了にまんまとかかり、家宝のサファイアまで差し出してきた彼女に、シャルムは喜びを通り越して呆れてしまった。魅了の力を使えば、いとも簡単に愛を手に入れることができる。だが、それはシャルムをただ虚しくさせるだけだった。

 

『私の代わりなんて、いくらでもいるさ』


 シャルムが去るときに、ザハラが浮かべていた捨てられた子猫のような顔。それを見ても、シャルムの心は何ら動かなかった。自分はザハラにとって、特別な存在でも何でもない。魅了が解ければ、彼女はほかの男にすぐ流れるだろう。魅了の力を使えば、誰からも愛されるが、使わなければ誰にも愛してもらえない。


(……私は、何のために生きているのだろうな)  


 誰からも1番に愛されず、期待もされず、今後もそれは変わらない。もしシャルムを愛してくれる存在がいるとすれば、セイラくらいだろうか? しかし5年かけて完成させた腕輪を届けたシャルムに、セイラは一部の隙も見せなかった。自分は権力には興味はない、子の出自を明かすつもりはない、という意思表示であったその態度は、シャルムを打ちのめすには十分なものだった。


『口封じ? 違うさ。これは復讐だよ。私を捨てたお前にね』 


 二人だけで幸せになるなど、許せない。子を殺しても良かったが、子を傷つけることがセイラを深く傷つけると思うと、もったいなくて手を下せなかった。


『無念かい? この子の行く末は、私が握らせてもらうよ。生かすも殺すも、私次第だ』


 5年前には踏み切れなかった一線を、いまや軽々と踏み越えることができた。涙でぐしゃぐしゃになったセイラの顔を見ていると、久しぶりに心が満たされていくのを感じた。


(……ああ、こうすれば良かったんだ)


 他者から向けられる感情は、何も愛でなくともよかった。それが憎しみでも怒りでも、その“全力”を向けられれば、己の欲望は満たされる。善い行いよりも悪い行いをした方が、より強く自分を意識してもらえるのだ。


(兄上の、下に甘んじている必要などない)

 

 国のしきたりで決まっているのなら、この国を壊してしまえばいい。シャルムひとりの力では無理だが、ノワールと手を組めば、絵空事ではなくなるはずだ。この島の全土を支配して、ブランのみならずノワールの民も自分にひれ伏す未来。未だ成し遂げられていないグリーズ島統一を果たすことで、自分はこの島で“1番価値ある人間”になることができるのだ。


(軽んじられてたまるか。私が、私こそが――)

 

 妄執に突き動かされるように、シャルムがノワールへの偵察を打診すると、父王はあっさりと許可を下した。クラージュへの対抗意識を強めていくシャルムに、父王なりの頭を冷やしてこい、というメッセージだったのかもしれない。けれどシャルムにそんなつもりは毛頭なかった。


(ノワールの実情を把握し、ブランへ戦争をけしかけるようには。どう仕向けるのが良いだろうか?)


 頭の中では、今後の計画に向けて歯車がひとつひとつ慎重にはめ込まれていた。そうして潜り込んだノワールで、シャルムがことを起こすのを躊躇ったのは、偽りの名で結んだ縁のためだった。


『お金はいいわ。あなたと話すの、とっても楽しかったの。サービスさせて?』


 物流を把握するためと、訪れた商家のひとつ。そこで出会った黒髪黒目の少女は、シャルムが魅了を使おうと使うまいと、“あまり変わらない態度で”接してきた。その頃には、腕輪がなくとも、ある程度魅了をコントロールできるようになっていたシャルムにとって、彼女は興味を掻き立てられる存在になっていった。


『あら、リシャール。あなた、もう何回目? すっかりうちのお得意様ね』 

  

 もう女には期待しない。そう心に決めていたのに、次第に絆されていってしまった。彼女が魅了の影響を受けない理由が、自分に一目ぼれしていたからだと知ったとき、シャルムは自制が利かなくなっていた。魅了に匹敵するほどの愛をくれる相手は、後にも先にも二度と現れないと、そんな予感があったのだ。――けれど、程なくしてセイラのときと同じ問題が持ち上がった。


『……子どもができたの。私はあなたと――結婚したいと思ってる』


 名も国籍も偽ったままで、結婚など出来るはずもない。本当のことを話して、自分のすべてを受け入れてほしいと願う一方で、騙していたのだと罵られる未来に、身がすくんだ。


『私の首にそれをかけて、君の愛を証明してくれ』


 だから魔道具まで自作して、シャルムは彼女の愛を確かめようとした。真実の愛を得られるのなら、身分も野望も捨てても良いとさえ思っていた。それなのに、話し合いはこじれにこじれ、どういうわけか、その後ペンダントは娘の手に渡っていたのだ。


 ――例えどれほど深く愛し合おうとも、子ができれば女は子を1番に据える。エイミーによってとどめを刺されたシャルムは、今度こそ計画を進めることを決意し、国家を巻き込む争いに身を投じていったのだった。


 

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