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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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詮索

 一夜明け、ノワールの王城を、ほの白い朝日が照らしていた。しんと静かな城の中で、厨房だけは早朝から騒がしく、使用人たちがせっせと火をおこし、朝食の準備を進めていた。


「はい、できたぞ。持ってってくれ」


 料理長がパンとスープを乗せた盆を差し出すと、侍女のひとりが受け取り、厨房を出ていった。客間へと続く長い廊下を、灰色の少女のために、日に3度行き来するのが彼女の仕事だ。そのポケットには、少女の部屋のカギが入っており、微かな存在感が彼女の気を重くさせた。


(どうして、部屋に鍵をかけるのかしら?)


 リシャールから面倒を見るよう言いつけられた、灰色の陰気な少女。あの娘には、閉じ込めておかなければいけない、何らかの事情があるのだろう。けれど、深入りは禁物だと、王城で働くうちに彼女も心得るようになっていた。心を無にしようと、速足で進んでいくと、廊下の壁にもたれていた人影が、彼女の接近に気付いて顔を上げた。


「やあ。いつもありがとうね。今日は私が運んでもいいかい?」

「……リシャール様っ」

 

 左肩で結ばれた黒髪が、うねる水流のように輝いている。精巧に作られた彫像のような顔を見ると、先ほどまでの憂いなど、吹き飛んでしまいそうだ。昨夜は、黒豹のひとりが賓客の部屋に押し入ったとかで、騒ぎの始末に追われて大変だった。被害にあった女性の部屋が、担当の部屋と近かったせいで、彼女もたたき起こされてしまったのだ。


(結局、何ともなかったみたいだし……。それにしても、癒されるわ)


 朝からこんな美形を拝めたのだから、昨夜の件も目をつぶろうと、侍女はひとり頷いた。あの灰色の少女の世話を任されなければ、リシャールと関わることも無かったのだから。


「それじゃあ、また昼からよろしく頼むよ」 


 リシャールが腰をかがめると、黒い波の中で、耳から下げた青い宝石がちらりと光った。盆を受け取った彼が去ったあとも、彼女は廊下に立ち尽くしたまま、しばし余韻に浸っていたのだった。



◇◇◇



 角部屋の扉をノックすると、すぐに「はい」と返事が返ってきた。上ずったり、早口になったりしていない、いたって平常な口調。扉を開ける前から、リシャールことシャルムは、リタの変化に細心の注意を払っていた。


「入るよ」 

「……え?」


 部屋の中へ入ると、黒いワンピースに身を包んだリタが、中途半端に腰を浮かせた状態で固まっていた。てっきり侍女が来るものと思っていたのだろう。前触れもなく姿を現したシャルムに、彼女が見せたのは喜びというよりも困惑の表情だった。

 

「……あの」


 姿勢からして、何かをしている最中だったのだろう。怪しいところがないかと、シャルムはさっと室内に目を走らせるも、目ぼしいものは見付けられなかった。最後に会ったときと代り映えのない、おどおどとした態度。純粋にシャルムが食事を運んできたことに驚き、委縮しているのかもしれない。 

 

「昨日、騒ぎがあったみたいだからね。様子を見に来たんだよ」

「……そう、だったんですね」


 シャルムは食事をテーブルに置くと、遠巻きに見ているリタの方へ、ずんずんと踏み出していった。きょときょとと揺れていた灰色の瞳が、壁際に追いつめられると大きく見開かれ、小刻みに震えた。


「侵入者がいたらしいんだよ。何か、知らないかい?」

「……っ、し、知らない――です」 


 シャルムがそのまま粘っても、リタは視線から逃れようとはしなかった。  

 

「ふうん、“知らない”んだ」 

 

 そう言いながら、シャルムは更に鼻の頭がくっつきそうなほど、リタに接近した。彼女が何も知らないはずはない。なぜなら、犯人として挙がっているヤンに、シャルムはあらかじめ、“二つ隣の部屋”がリタの滞在先だと伝えていたからだ。


(この距離で、騒ぎに気付かないはずもない)


 リタは確実に“何か”を隠している。シャルムは昨夜の混乱に乗じて、リタに接触してきた者がいるのではないかと、睨んでいた。

 

(……そう。あの、ブランから付いてきていた、二人組とかね)


 それなりの魔力量を持っていたが、道中何も手を出してこなかった、不気味な二人組。周りの兵たちのせいで、ついに捕まえることができずに、王城まで追随を許してしまった。あの不安定な魔力は、恐らく子どもか、未熟な魔術師のものだ。そのため、大した力はないだろうと静観していたが、動き出したのなら話は別だ。


(連日ノワール王に呼び出されているのも、考え物だね)


 信頼されていることの、裏返しでもあるが。昨夜もそのせいで、すぐには駆けつけることができなかった。――だが、問題ない。魅了が解けていなければ、この少女は母親を引き合いに出せば、すぐに口を割るだろう。シャルムは唇を歪めて笑いながら、リタの頭を優しく撫でた。

 

「正直に話してごらん。教えてくれたら、お母さんに会わせてあげるよ」

「……おかあ、さんに?」


 母親に会わせる。その切り札を出した途端に、話す速度がゆっくりになり、瞼が半開きになったリタに、シャルムはほくそ笑んだ。――それがリタの演技であることに、気付きもせずに。


『いいかい、リタ。力をつけるまでは、魅了にかかったふりをしておいてね』


 昨夜ウェルデンは、シャルムを油断させるため、リタにそう指示を出していた。シャルムが滅多に訪ねてこないのであれば、隠し通せると踏んだのだ。はじめは拙かったリタの演技も、夜通し二人の指導を受けることで改善され、寝不足も相まって緩慢とした仕上がりになっていた。


『母親を出しにされたら、どんなことを聞かれても、肯定して言う通りにするんだよ』 


 ウェルデンからの忠告を守ろうと、リタがふぬけた表情の裏で、必死に頭を使っていることなど、シャルムには知る由もなかった。けれど疑り深い彼は、更に揺さぶりをかけてみた。


「そう。準備に時間がかかっているんだけどね、もう少し早めてあげるよ」

「…………」

「それで? 昨日の夜、誰か訪ねてこなかったかい?」 


 シャルムが再度問いかけると、リタが重たい唇を開いた。頬に、彼女の浅い息がかかり、こそばゆい。


「女の人の声で、目が覚めて……。そしたら、誰かが、戸口に立っていました」


 続く彼女の言葉に、やはりかとシャルムは顎に手を当て、リタから身体を離した。滑り出しは順調だ。もう圧力をかける必要はないだろう。


「人数は? 性別や特徴は分かるかい?」

「すぐ、出て行ってしまったので……。でも、二人いたと思います」


 二人。やはりブランから付いてきていた、二人組が怪しい。だが、仮にブランの人間が来ていたとして、侵入に成功した癖に、リタを置いて行ったのはなぜだろうか? 一番可能性が高いのは、リタ自身が留まることを望んだケースだった。


「彼らは、君に何か話したかい? ついてくるように言われなかった?」

「……はい。でも、そうしたら――」  


 言い淀んだリタの髪を、シャルムが軽く引っ張った。魅了にかかっているのならば、こんな脅しはいらないだろうが、念のため、噓をついたら只ではおかないという意味を込めて。痛みに目をしばたいたリタは、不釣り合いな甘い声で、こう答えた。

  

「そうしたら、お母さんに――会えなくなるので」

「……ふふ、そうだね」


 その答えに満足し、シャルムはリタに背を向けた。侵入者は確かにここへ来た。そして、リタを取り戻そうとしたのだろう。鈍感なノワール人と違い、ブランの人間なら、この娘の魔力量や、ともすれば開心の力に気付いていてもおかしくはない。それでも、母に会いたいという願望と、深く絡み合った魅了の魔術を、解くことは叶わなかった。 


(……本当、呪いのようだね。母と子というものは)


 つくづく、嫌気がさす。この娘を見ていると、否が応でも、昔愛した女を思い出してしまう。一途に母を求める姿に、吐き気がこみあげてくる。


(……お前さえ、生まれてこなければ)

 

 エイミーは、永遠に自分のものだったのかもしれない。何もかも上手くいっていた、シャルムだけの最愛の人を、この娘は何の努力もなしに奪い取ったのだ。子を孕むと、女は変わる。小走りで廊下へと出たシャルムの脳裏に、忌まわしい記憶が反芻された。


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