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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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下山

 行きはきつかった上り坂も、帰りは下りで楽なものだ。ソニデ村を後にしたラークとトーマスは、サクサクと草むらを踏み分けながら、山を下りていた。もうじき山麓に着く。待たせていた馬を回収したら、今夜は野宿だな、とトーマスは月を振り仰いだ。


「せかして、悪かったな」

「……いや、問題ない」


 数歩後ろから可愛げのない返事をしたのは、フードを目深にかぶったラークだった。トーマスからは見えないが、その目元はまだ赤く腫れているのかもしれない。


「お前が、あんなになるなんてな」


 トーマスは、ついさっきメイベルに引き留められ、涙を流していたラークの姿を思い出した。ラークとは長い付き合いになるが、ここ数日のリタと出会ってからの変化は、目を見張るものがあった。薄情な人間だと思っていたが、心が戻れば、案外感情豊かな男なのかもしれない。


(僕はこいつのこと、全然知らなかったってことか)


 独りごちながら、トーマスはラークに問いかけた。


「山を降りたら、お前はすぐにノワールに向かうのか?」

「……ああ」  

 

「だよな。リタちゃんのことを思うなら、早い方がいい」


 寧ろ、よくここまで耐えたものだ。リタに危険が及ぶや否や、光の速さで助けに走っていた頃を思うと、大分後先考えられるようになってきている。魔女の術式は綻び、徐々に崩壊へと向かっているはずだ。もしかしたら、“代償としての”リタへの執着も、薄まってきているのかもしれない。


「でもまあ、遠回りして、ここまで来た甲斐はあったな」

「……そうか?」


 ラークの気の乗らない返事に、メイベルとの出会いに心は動かされたものの、話の本質には気付いていないのかと、トーマスは思わず足を止めた。シャルム・ブランがリタを連れて行った目的。それは恐らく、彼が昔シエラ・ミュセルを生かした理由と繋がっているはずだ。


「なあ、お前はあの話を聞いて、どうして伯母さんは消されたのに、妹は生かされたんだと思った?」

「……っ、いきなり……、なんだ?」


「いいから、考えてみろ」


 シャルム・ブランは、後腐れの無い相手を選んで欲を発散し、子ができれば城外に捨てたような外道だ。そんな人間が、単にかわいそうだからと、娘を見逃してやるだろうか? メイベルも、シエラの処遇については不審がっていた。


「これは、あくまで仮定の話だ。例えば、シャルム殿下が救いようのないクズだとしよう。ブラン王族の血を引く者は、その全てが膨大な魔力量を持ち、精神に干渉する固有魔術を発現することが多い」

「……ああ」


「けどな、本人の資質や願いに影響される固有魔術は、長ければ10歳になるまで、どんな能力になるのかは分からない。生まれた時点では、未開封のくじみたいなものだ」 

    

 極めて“当たり”の確率が高いくじ。その内容を知るには、シエラをすぐに殺すわけにはいかない。けれど、放置しておけば、増えていく魔力量とともに、彼女の出自が暴露される可能性が高くなる。いつ発現するかも分からないシエラの能力は、シャルムにとって高い利用価値をはらむ一方で、時限爆弾としての側面も持っていた。


「それを懸念したときにな、前にお前が話していたことを思い出したんだよ」

「……俺が?」

「そう。ディル・エバンズに詰め寄ってただろ? 妹の腕輪をどうして持ってるんだって」

「……!」


 シエラ・ミュセルがはめていた腕輪。それは奇しくも、ディル・エバンズがクラージュ・ブランから譲り受けた、封印の腕輪に酷似していた。そして、ディルの所持していた腕輪は偽物で、ラークの魔力暴走に耐えられずに消滅してしまったのだ。


「シエラ・ミュセルが、本物の封印の腕輪をつけていたなら、全部丸く収まるだろ?」

 

 トーマスの言葉に、ラークは無意識に左腕を抑えていた。シエラが家に来た時には、既にはめていた白銀の腕輪。母であるセイラの形見といって大事にしていたのに、それすらもシャルムの策略だったのだろうか? それも、シエラの出自を隠し、己が責任から逃れるという身勝手な理由で。


(……どこまで人を、馬鹿にすれば)


 シャルム・ブランは、伯母を穢しただけでは飽き足らず、シエラの母を慕う心までをも弄んだ。爪の跡がにじむほど、拳を固く握りしめたラークを脇に、トーマスは淡々と説明を続けた。 

 

「カルム殿下の話じゃ、本物の封印の腕輪は、幼いシャルム殿下が付けていたらしいじゃないか? でも、シャルム殿下は成人した時には、魔術を使えるようになっていたんだよ」    


 封印の腕輪をつけたままで、魔術を習得することはできない。18歳で魔術を使えるようになっていたのならば、そのときにはもう国王から腕輪を外してよいと、許可が下りていたはずだ。


「宝物庫に出入りしていた殿下なら、秘宝を盗み出すこともできたはずだ。どうやって作ったのかは不明だが、偽物を仕込むこともできただろうな」


 一度言葉を切り、トーマスは呼吸を整えた。夜風が頬を撫でていくのが心地よい。ちらりと振り返ってラークの様子をうかがうと、眉間によったしわと、かみしめた唇には、抑えながらも明白な怒りが浮かんでいた。


(これは、今話すべきではないかな)


 トーマスは更に、成長したシエラの腕輪を外したのも、シャルムではないかと推理を進めていた。15歳で突如固有魔術を発現し、強制徴兵されたシエラは、当時ラークの指示で王城で匿われていた。王子であるシャルムが、城内にいた彼女から腕輪を奪うのは、造作もないことであっただろう。奪った腕輪は、行方をくらましノワールに潜伏するのに、もってこいだ。


(けど、仮にそうだとしても、娘を15歳まで生かしておいた割に、あっさり見捨てたのは意外だな)


 シャルムからすると、シエラが授かった能力は、利用価値が低いものであったのだろうか? もしくは、シエラをあのタイミングで殺すことに、何かの意味があったのか? けれど、そもそもリタが持つ開心の力のように、稀少で強力なものであったならば、みすみす見殺しにはしなかったはずだ。寧ろ、どさくさに紛れてシエラが命を落としたのは、好都合だったとも解釈できる。


(……とんでもない奴だな) 


 メイベルの話によれば、セイラはシャルムを「寂しがりや」だと言っていたらしいが、孤独をこじらせたにしても、限度というものがある。シャルムの行いは、父親としては最低という言葉では足りないほどに、ひどい。


「リタちゃん、無事だといいな。開心の力を持ってるから、そうそう殺されはしないだろうけど……」


 ぽつりと呟いたトーマスの弱音に、ラークの足が一段と早くなり、トーマスを追い越していった。前方にはもう小さく、けもの道の終わりが見える。一刻も早くリタを取り戻したいのはトーマスも同じだが、彼にはひとつ気がかりなことがあった。


(リタちゃんは、自分の意志でシャルム殿下について行ったんだよな……) 

 

 セナの話では、リタは「母親に会わせてもらえる」と唆されて、シャルムについて行ってしまった。助けに行ったところで、彼女がラークやトーマスと、共に来ることを望んでいるかは限らないのだ。


「なあ、ひとつ聞いていいか?」

「……なんだ?」

「そもそもの話だけどさ、お前リタちゃんと仲直りできてなかったよな?」

「…………」  

 

 最後に会話したときのことを思い出したのか、張り詰めていたラークの表情がこわばり、目が木々の間を泳ぎだした。


「妹の代わりにされて、ショックを受けてたリタちゃんに、名前も呼ばないで謝って――、そのままだったよな?」

「……ああ」 


 思い出したくもないとばかりに、苦々しげに返事をするラークに、トーマスは頭を抱えた。

 

「お前さ、リタちゃんに運よく会えたとして、そこからどうやって連れ出すつもりなの?」

「………………?」

「いや、僕に聞くなよ。リタちゃんからしたら、下衆でも殿下は父親だ。しかも、母親を引き合いに出されて、悪くすれば、魅了にかけられてるかもしれない」


 みなまで言わずとも、トーマスが言わんとしていることは伝わったのだろう。もしかしたら、リタにとってラークの助けなど、お呼びでないかもしれないということに。

    

「……構わない。力ずくでも――」

「いや、構えよ。心が伴わなきゃ、リタちゃんを取り戻せない。それに前に僕が言ったこと、覚えているか?」


 ソニデ村へ発つ前に、トーマスが発した警告。リタは囮で、ラークをノワールへ呼び寄せるための人質なのではないかという話のことだ。ラークは強制的に連れ帰るつもりのようだが、リタに本気で抵抗されれば、救出は失敗に終わるかもしれない。最悪ラークもシャルムの手の内に取り込まれ、詰んでしまう。

 

「確実にリタちゃんを連れだせる、何かがあればな……。あっ」


 急に大きな声を上げたトーマスに、ラークがビクリと肩を震わせた。鳥や虫も驚いたのか、鳴き声が止み、森の中に静寂が広がっていく。


「母親だよ! リタちゃんの母親を探そう」

「……母親?」 

「シャルム殿下がもう囲っているかもしれないが、探す価値はある。十中八九、ノワール人だろ?」


 もし殿下がリタに噓をつき、母に会わせていないのだとすれば、彼女は現状に不満を持っているはずだ。そこに、母親を連れて行けば、リタを連れ出す、魅了を解いて正気に戻す突破口になるかもしれない。ラーク一人で行くよりも、絶対についてきてくれる確率が跳ね上がる。


「どの道、ノワールには行くんだ。少し探して見つからなければ、諦めたっていい」

「…………」

「もし見つかれば、殿下の目的を探るのに、大きな手掛かりになるはずだ」 

「…………そう、だな」


 渋々といった調子ではあるが、ラークが同意したことに、トーマスは打開策が見えたと唇の端を上げた。一歩ずつ着実に、シャルムの思惑をつぶしていこう。


 ――そう決意した翌日、山を下りたトーマスは、イグリスからレーヴとウェルデンが脱走したことを知り、一切の余裕を失ってしまうのであった。



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