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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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魅了

 シャルム・ブランの目的はいったい何なのか。その答えにラークとトーマスよりも、一歩早く近づいていたのは、ノワールへと渡ったリタの方だった。ノワール王城の客間で、時間がないから手短にと前置きし、ウェルデンは彼の視た未来について語り始めた。


「シャルム・ブランは、この島の全土を手中に収めるつもりだ。そのために、どれだけ血が流れようと構わずに、ね」

「……この、島を?」 


 あまりにもスケールが大きな話に、リタは驚くというよりも、首をかしげてしまった。国同士の諍いだと思っていたのに、島を支配するとはいったい、どういうことなのだろう?


「シャルムは、ブランの国王と王妃、それに王太子までをも亡き者にした。カルム殿下も長くは持たないし、ブランは存続すら危うい」

「……う、うん」


 それは、ブラン王城でカルムのもとにいたとき、リタもシャルムの口から聞いていた。しかし、ろくに歴史や政治を学んでこなかったリタに、その結果何が起こるのかを、想像するのは容易ではない。


「このままでは、ブランはノワールに統一されてしまう」

「……ブランが、なくなっちゃうの?」

 

「そう。でももちろん、高位魔術師が黙っていない。そして、その過程で、多くの命が失われてしまう」


 ウェルデンが、すっと目を伏せた。


「いくら抵抗しても、ラークには適わないんだよ」

「……えっ? ラーク?」


 ウェルデンの話を一身に聞いていたリタは、突然飛び出したラークの名に、少なからず動揺してしまった。


「なんで、ラークがブランの魔術師と戦うの?」   


 ブランの戦力である彼は、ノワールと戦うのが筋ではないだろうか? ラークがブランの高位魔術師と力を合わせれば、彼の脱獄直後、ノワール王が危惧していたように、ノワールに勝ち目など無くなってしまうだろう。頭をひねりながら、必死に話についていこうとするリタに、ウェルデンが静かに告げた。


「リタ。君がラークに“そう命じる”からだよ」

「わ、私が? なっ、なんで……」


「リタが本気で頼めば、ラークは断ることができない。そうなるように、シャルム・ブランが仕向けたからね」


(……ど、どういうこと?) 


 リタは首を振りながら、ウェルデンから遠ざかるように数歩後ずさった。仕向けられていた? いったい何を? いつから? 考えても全く分からない。そんなリタを逃さないとばかりに、ウェルデンが一歩踏み出した。


「僕も理屈は知らないよ。視えなかったからね。でも、ラークは君の言いなりだ。僕の視た未来では、そうだった」 


(……もしかして、私がシエラさんの、代わりだから?)

 

「で、でも私、ブランを攻撃しようなんて……」 


 思わないだろうね、とウェルデンがため息をついた。君もまた、操られているんだよ、という意味深な言葉に、リタの背筋に冷たいものが走った。


「ねえ、リタ? 君にとって、今1番大事なことは何だい?」

「……大事な、こと?」


 ウェルデンのおかっぱの髪が、前にさらりと流れて頬に影を作った。


「そう。リタは何のために、ここにやって来たの?」

「それは……、“お母さんに会うため”、で」      

   

 咄嗟にリタの口をついて出てきたのは、母親に会いたいという兼ねてからの願いだった。そして、そう願いを口にした途端、リタの目はとろんとだらしなく緩み、口には微笑が浮かんだ。その様子を見てウェルデンは顔をしかめ、リタに気付かれないよう、レーヴに目配せした。


「ねえ、リタ。もしシャルム・ブランに、『僕を突き出したら、お母さんに会える』って言われたら……どうする?」


(……お母さんに、会える?)


 ふっとリタの目がウェルデンを捉え、夢見心地であった表情が、無へと転じた。何か決まっている作業をこなすかの如く、ためらいのない所作。そんな動きでリタはウェルデンの腕を取ると、間髪を入れずに戸口へとずんずんと歩き出した。 

 

「兄さんっ」 


 レーヴはリタの意図に気づき、ウェルデンを外には出させまいと、慌ててリタの前に立ちはだかった。それでも避けようとするリタの腕を、反射的に彼は“掴み”、真正面から灰色の瞳を覗き込んだ。


「やめて、リタ! ダメだよっ」

「…………」

「兄さんを離してっ」


 刹那、リタの目にちらりと光が走った。我に返ったように、はっとした顔でウェルデンの腕を離すと、電池が切れたように、がっくりと膝からその場に崩れ落ちてしまった。  

 

「……レーヴ、ちょっとやり過ぎだね」 


 ウェルデンはリタの肩を支えると、頬に手を当てて、固く閉じられた瞼を指でなぞった。レーヴの精神干渉を、強く受けてしまった反動だろう。このまま失神させてしまえば、記憶が散って廃人になってしまうかもしれない。ウェルデンはまずいな、と口の中で呟くと、リタの頬を優しく叩きながら、幼子に言い聞かせるように、何度もこう繰り返した。


「戻ってきて、リタ。もう大丈夫だから」

「……ごめん、兄さん」


「リタ、眠ってはダメだよ。戻っておいで」

「……やっぱり僕、……うまくできなかった」


 リタの様子がおかしいと気付いたウェルデンは、彼女を正常な状態に戻すよう、密かにレーヴに指示を出していた。そしてレーヴは、リタにかけられた魅了を解こうとしたのだが、兄の危機に、つい手が出てしまったのだ。おろおろと謝るレーヴを脇に、ウェルデンがリタに声をかけ続けていると、ようやくその瞼が薄く開いた。


「…………ん」

「気が付いた。よく戻ってきたね。自分が誰だか、分かる?」


 リタが自力で座れるようになると、ウェルデンは両手でリタの頬を挟み込んだ。されるがままになっていたリタは、ぼうっとウェルデンを見つめていたが、しばらくして「マルグ、リット」と小さく返した。


「……マルグリット?」

「やばいよ、兄さん。やっぱりリタ、壊れちゃった!」


 自分が触れたせいで、リタの人格が破壊されたのだと確信したレーヴは、みるみる青ざめていった。レーヴの透視の影響を受けて、被術者が名前を忘れたケースはふたつある。ひとつは、自らにまつわる記憶が全部消し飛んだ場合。もうひとつは、ひっくり返したパズルのように、記憶がぐちゃぐちゃになってしまった場合だ。


(後者なら、きっかけ次第で、記憶が戻ったこともある)

 

 マルグリットというのは、恐らく過去にリタが何かで耳にした名前だろう。そして、何かしら名前を答えたということは、記憶が消し飛んだ可能性は低い。リタにとって、何かとても“大事なもの”を思い出させれば、芋づる式に記憶があるべき場所に配置されるかもしれない。


(1番効果がありそうなのは、母親だけれど……) 


 肝心の名前が分からない。仕方なく、ウェルデンは彼女が知っていそうな名前を順繰りに呼んでいくことにした。


「これから呼ぶ名前が、誰のものかわかったら教えて。まずは――リタ」

「……知ら、ないです」

 

「シャルム・ブラン」

「……すみません」


「トーマス・カーシェル」

「…………」


「ラーク・ミュセル」

「…………ラー、ク?」

 

 ラークの名が呼ばれると、目に見えてリタの表情が変わった。何かを思い起こすように、あちこちをさまよっていた視線が、最終的にウェルデンと焦点を結ぶ。もう一押しだ、とウェルデンは唇をかんだ。けれど、もう彼女と親しくしていた人など思い浮かばない。


「一か八か。……ちょっとごめんね」 


 ウェルデンはそうリタに断ると、彼女のワンピースのポケットに手を伸ばした。肌身離さず身につけているような、思い入れのある宝物が見つかることを祈って。


「これは……」


 左側のポケットには、何も入っていなかったが、右側のポケットからは、古びたボロボロのリボンが出てきた。薄汚れてくすんでいるが、ほんのり紫色をしているようにも見える。


「ねえ、これに見覚えは――」

「……あ」


 リボンを差し出されたリタは、受け取らずに手を素早くひっこめた。間違いなく、リボンに反応している。けれど、何だろうか? 眉をひそめたその表情は、ウェルデンにはひどく傷ついているように見えた。リタは気持ちを落ち着かせるように、胸元をさすっていたが、ふと手の動きが止まった。その目が、首元から引っ張り出したパールのペンダントに釘付けになる。


「……私、なんで」 


 確かな手ごたえを感じたウェルデンは、再度リタに名を尋ねた。


「君は、誰だい?」

「…………リタ」 


 しっかりと意思の宿った瞳に、ウェルデンはほっと胸をなでおろした。彼はレーヴに向き直ると、落ち着かせるように微笑んでやった。


「何とか、戻ったみたいだ」

「ほんと? よかったあ!」


 ばんざいをしているレーヴに周りを走り回られ、目をしばたいているリタに、ウェルデンがゆっくりと説明した。


「リタ。君は、シャルム・ブランに魅入られていたんだよ。……でも、もう大丈夫。レーヴが解いたからね」


 ウェルデンの肩越しに、ひょいっと顔を出したレーヴは、ばつが悪そうに舌を出した。  

    

「僕、器用じゃないから、記憶とか飛んじゃってるかも」 


 シャルムのかけた魅了の魔術は、かなり強力なものだった。もう数秒レーヴがリタに触れていれば、魅了は解けたものの、記憶は散って消えていたかもしれない。


「そのペンダントとリボン、君にとってとても大切なものなんだね。それに、ラークの名を呼んだら、意識が戻ったんだよ」

「……えっ?」


 ウェルデンが改めてリボンを差し出すと、リタは複雑そうな表情で受け取った。

 

「今回はレーヴが何とかできたけれど、次も上手くいく保証はない」

「……う、うん」


 魅了は恐ろしい魔術だ。今後もシャルムと関わっていく以上、またかけられるのではないかという不安は拭い去れない。暗い顔をするリタに、大丈夫大丈夫、と底抜けに明るい声で、レーヴが励ましの言葉をかけてきた。


「強くなればいいんだよ!」

「……つ、つよく?」


 いまいちピンと来ていない様子のリタに、ウェルデンが右手を差し伸べた。

 

「リタ、魔術を教えてあげる。自分の身だけでも、守れるようにならないとね」



 ――こうしてこの夜から、レーヴとウェルデンによる、リタの魔術訓練が始まったのであった。


 

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