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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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メイベル・バーチ

 ラークとトーマスがソニデ村の門をくぐっても、立ち並んだ家から村人が出てくる様子はなかった。鳥小屋もしんと静かで、虫の声だけが辺り一帯に、リンリンと響き渡っていた。


「……見られてるな」 


 しかし、ちらちらと揺れるカーテンの隙間から、時折明かりが漏れでていた。大方、ラークとトーマスの魔力量や、羽織っている高位魔術師のローブにひるんで、手を出してこないのだろう。


「騒がれる前に、メイベル・バーチの家を探すぞ」   


 トーマスは手掛かりを探そうと、もう一度地図を広げた。その隣で、ラークは村全体を見渡していたが、ふと吸い寄せられるように、近くの丸太小屋に目を留めた。


「駄目だな。1軒ずつ当たるしかないか。……あっ、おい、どうした?」 

「……あれは」


 ラークの視線の先にあったのは、丸太小屋の玄関扉に飾られたリースだった。リースを飾ること自体は珍しくはないが、冬場の季節ものなので、初夏の今にはそぐわない。ラークはポーチに設けられた階段を上ると、魔術で指先に明かりを灯し、入念にリースを観察し始めた。


「どうした? 気になるのか?」 

「……似て、いるんだ」


 後を追ってきたトーマスに、ラークは子どもの頃住んでいた実家にも、同じデザインのリースがかかっていたのだと説明した。木の枝をたわめて絡めたリースの土台には、薄黄色の小花が差し込んであった。


「……花が使われているのか」


 ブランのリースは、常緑樹の葉で作られる。――小花の散った、季節外れの変わったリース。それは、トーマスに“ひょっとして”と予感を抱かせるのには十分だった。トーマスはラークの前に進み出ると、家の扉を叩いた。


「こんばんは、夜分遅くに失礼します」


 何度か繰り返しても、家の中から人が出てくる気配はなかった。窓には明かりが灯っていたので、居留守を決め込んでいるのだろう。メイベルと思しき家主に、名指しで直接呼びかけるべきだろうか? それより、こちらが名乗り出た方が、警戒を解いてくれるかもしれない。


 悩むトーマスの後ろで、動いたのはラークだった。


「……このリースを、どこで?」


 感情を抑えた、しかしよく通る低い声。ラークに問われて、姿こそ見えないが、家の中の空気がわずかに揺らいだ気がした。トーマスはそのまま続けてくれ、と意味を込めながらラークに無言でうなずいた。


「自分で、作ったのか?」


 しばらくして、くぐもった消え入りそうな声で家主が答えた。


「なぜ、そんなことを聞くのですか?」

「……家に、同じものが――あった」

  

「……っ」


 ラークが答えた直後、扉の向こうから、ガチャンと何かが割れたような音が響いてきた。ラークとトーマスがはっとしたように顔を見合わせていると、ほんの少しだけ扉がこちらに向かって開かれた。


「……お名前を、伺っても?」

「……ラーク。……ラーク・ミュセルだ」 


「ミュセル?」


 家主の声は、若い娘のように甲高くはないが、男性よりもしっとりとしていた。


「もしかして、あなたの母親は――レイラ・ミュセル?」

「……ああ」


 ラークがそう答えると、今度こそ扉が大きく開かれた。姿を現したのは、トーマスの義母と同じくらいの歳の、中年の女性で。艶の失われた白髪をお団子にまとめ、ゆったりとしたこげ茶ワンピースの上には、老婆のような房の付いた肩掛けをかけていた。


「信じられないわ。まさか、こんな日が来るなんて」

「……?」

「それじゃあ、あなたは――セイラの甥っ子なのね」


 こちらから尋ねるよりも早く、セイラ・アシェルについて触れられ、トーマスの顔に驚愕が走った。やはりこの女はメイベル・バーチに違いない。それに、セイラについても何か知っていそうな口ぶりだ。家主はリースを愛おしそうに眺めると、ぎこちなくほほ笑んだ。

 

「そのリースはね、セイラがくれたものなのよ。あの子は、妹にもプレゼントすると言っていたから、あなたの家にあったのは――それでしょうね」

「…………」


 複雑な顔をして黙り込んでしまったラークに、彼女は改めて挨拶をしてきた。

 

「私はメイベル・バーチよ。あなたの伯母さんの、古い友達」


 そう言うと、彼女はすっと首を伸ばして、周りの家々を見やった。


「立ち話もなんだし、お茶くらいはお出しするわ。セイラの甥っ子を、追い返すわけにもいかないしね」


 メイベルは、ラークとトーマスを自宅へ招き入れると、お茶の支度を始めたのだった。



◇◇◇ 

 


 丸太小屋の中は、食卓と寝床と台所があるだけで、簡素なものだった。床に転がっている割れた燭台は、先ほど取り落としてしまったのだろう。


 メイベルは戸棚から替えの燭台を出し、蠟燭に火をつけると、二人に食卓へ腰掛けるよう声をかけた。コトリと食卓に燭台を置くと、彼女の彫りの深い顔立ちがくっきりと照らし出された。


「ここへ来たということは、セイラの話を聞きに来たのでしょう?」

「…………」

 

 若いころは相当な美人であったのだろうが、その目元には酷いクマができていた。茶を配る手も骨ばっていて、血管が青く透けて見えた。


「私はずっと逃げてきたけれど、あなたはセイラの甥っ子だもの。……知る権利があるわね」 

 

 それに、国が混乱した今なら、秘密をばらしたとて、“彼”は自分に構うほど暇ではないだろう、とメイベルが小さく呟いた。

 

「セイラと私は、同じ平民の出でね。部屋の割り当てが一緒になって、自然と仲良くなったのよ。……セイラは容姿も気配りも頭一つ抜けていて、洗濯の仕事をしていても、修繕のついでにさり気ない刺繡を入れるような、そんな所があったわ。いつも明るくて優しくて、仕事が辛くてため息ばかりの私には、輝いて見えた」

 

 相槌を打つことすら憚られる、深い哀愁を含んだ声。どこか遠い目をしていた彼女の目が、そこでふっと影を帯びた。


「そして、そう感じていたのは――私だけではなかったの」


 下女として洗濯や掃除が主な仕事であったセイラは、ある朝侍女長に呼び出された。彼女を直々に引き抜きたいと、上から申し出が来ていたのだ。


『ねえ聞いてっ。私、シャルム殿下の専属侍女に指名されたの!』


 昼に再会したセイラから、そう報告を受けとき、メイベルは夢か何かの間違いではないかと思った。だって、セイラもメイベルと同じ平民だ。王族であるシャルムの側仕えは、貴族出身者でなければおかしい。


『正直、なんで私が? って気持ちもあるけど、頑張りたいんだ』


 セイラは仕事熱心であったため、純粋に出世を喜んでいた。そんな彼女の抜擢は侍女の間でも噂になり、シャルムの後ろに控えるセイラの姿を、羨望の眼差しで見ていた娘もいた。


「でも私は、セイラが遠くへ行ってしまったようで寂しかった。それにこう見えて、私だって若いうちは、美人だと持て囃されることもあったのよ。セイラが選ばれたことに、ちょっと……嫉妬する気持ちもあったわ」


 そうこうしている内に、職場の変わったセイラとは、日に日に話す時間が減っていった。下女の仕事は激務で、メイベルは夜は早く休みたかったのだ。日中話す機会がなければ、わざわざ睡眠時間を削ってまで、セイラの“自慢話”を聞く気にはなれなかった。


「けれど、丁度今と同じ季節にね、セイラの様子がおかしいことに気付いたのよ。それまで一度だって寝坊をしたことがなかったセイラが、何度も朝寝と遅刻を繰り返して、顔つきもぼうっとしていることが増えていったわ」


 メイベルが心配して声をかけると、セイラは何故か、以前とは打って変わって冷たい態度をとってきた。その急激な変わりように、メイベルはセイラが天狗になっているのだと勘違いし、感情のままに罵った。


『もう私のことなんて、友達だと思ってないんでしょう!』

 

 それでも、セイラがメイベルに相談してくることはなかった。そして、ギスギスした関係が続いていたある夜、前触れもなくセイラが身支度を始めだした。


『何をしているの? 部屋を移るなんて、聞いていないけれど』

『……メイベル』 

 

 見つかる前に、さっさと部屋を立ち去るつもりだったのだろう。そうはさせないと、メイベルは扉の前に立つと、訳を話すまでどかないと粘った。

 

『……あのね、これを話せば、あなたも無関係ではいられなくなるわ。私、あなたを巻き込みたくはないのよ』

『何を隠してるのか知らないけど、ここで引いたら私、一生後悔する気がするのよ。私たち――友達でしょう?』 


 セイラの決意は固いようだったが、とうとう折れると、メイベルにこう打ち明けてきた。

 

『メイベル。あなた一人の心に留めておくと、約束して頂戴。そして、私に何かあったときは――その後は、あなたの良心に委ねることにするわ』

『……? ええ』


『私……子どもができたのよ。この子は、シャルム殿下の血を引いているわ』


 思いもよらない告白に、それがどんな未来に繋がっているのかを想像して、メイベルの胸はすうっと冷たくなっていった。


 

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