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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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未来視

 リタが扉を開けると、同じ背丈の少年が二人、するりと隙間から入り込んできた。暗くてよく見えないが、その髪の色が紛れもない白であることに、リタは息を吞んだ。


(……本当に、ブランの子だわ)

 

 子どもとはいえ、見つかればただで済むとは思えない。廊下から近付いてくる足音に、リタは部屋を行ったり来たりして、二人を隠す場所を探した。ベッドの下は狭くて、流石に入れそうにない。家具は机と書架とクローゼットくらいだ。


「どうして鍵を持ってるのに、勝手に入ってこなかったの?」


 衛兵に見つかるくらいなら、押し入った方が二人にとっては良かったのではないだろうか? クローゼットを開けて、中の広さを確認していると、後ろからのんきな声が返ってきた。

 

「怖がらせたくなかったんだ」

「通報されても困るじゃん」  


 何度もノックされただけで、十分怖かったのだが、気遣いあっての行動だったらしい。

  

「とっ、取り敢えず、ここに隠れてっ」 


 クローゼットの底板を指して手招きすると、暗がりの中でも二人が苦笑したのが分かった。


「衛兵も、同じことを考えるだろうね」

「絶対見つかっちゃうよ」


「……でもっ」


「大丈夫だよ。僕が触れば気絶しちゃうし」 


 それは大丈夫とは言えないのではないだろうか? おとなしく言うことを聞かない二人に、リタは焦りを募らせた。このまま部屋の真ん中に突っ立っていれば、絶対に見つかってしまう。


 いいから早くっと、催促してようやく二人がクローゼットに入ってくれた。扉を閉めてほっと一息ついたところで、部屋の外から衛兵に大声で呼びかけられ、リタは肩を震わせた。   


「こちらに、不審な者が参りませんでしたか?」

「……っ」


「ん? 鍵が開いてるぞ」 


 ガチャガチャとドアノブを回す音に、リタの体中から汗が噴き出してきた。どすどすと部屋に踏み込んできた二人組の衛兵は、レーヴ達が言っていたように、迷うことなくクローゼットへと進んだ。


(……ダッ、ダメ!)


 心中で叫びつつも、顔には感情が乗らないよう、リタは必死に表情をコントロールした。衛兵の一人がクローゼットの取っ手に手をかけ、両手で観音開きの扉を開けようとした。


 そのとき、突然甲高い女性の喚き声が、廊下に響き渡った。


「……なっ、なんだ!?」


 衛兵が手を止め、もう一人の衛兵が廊下に出て、声の方角を突き止めようとしていた。こっちだ、と呼び寄せられると、リタの部屋に残っていたもう一人も、振り向くことなく部屋を走り去っていった。


 怒涛の展開に、リタは開け放たれたままの扉を閉めると、そのまま崩れ落ちてしまった。何が起きたのかは知らないが、とにかく助かった。あのまま開けられていたら、二人もリタも、どうなっていたか分からない。  


「ほらね、やっぱりクローゼットは良くなかった」

「ドキドキしたよね!」


 まるで劇でも楽しんでいたかのような、二人の口ぶりに、リタは額に手を当てて振り返った。


 

「……それで、いったいどうして、こんな所に? それに――」    

 

 

 燭台をテーブルに置くと、部屋全体に明かりが広がって、二人の様子がよく見えるようになった。クローゼットから颯爽と出てきた方は、おかっぱ頭をしており、その顔立ちは驚くほど良くレーヴに似ている。


 リタが自分の容姿に目を留めて、言葉を切ったことに気付いたのか、彼は恭しくお辞儀をして名乗り出た。


「お初にお目にかかります、お姫様。レーヴの兄の、ウェルデンと申します」

「……ひ、ひめ?」


 いきなり訳の分からないことを口にされ、リタは目を白黒させてしまった。そんなリタに向かって、まだクローゼットの中で遊んでいたレーヴが、補足になっていない補足をしてくれた。

 

「お姉ちゃんのことだよ。僕はわかんなかったけど、兄さんがお姫様だって教えてくれたんだ」

「…………」 


 今ほど隣にトーマスがいてくれたらと、願ったことはなかった。リタは孤児院の出ではあるが、子ども達は大人の真似をして、灰色のリタを敬遠していたので、こんな風に砕けて接したことはない。何かの遊びなのかもしれないが、そうだとしても、どうやって乗れば良いのかも分からなかった。


「え、えっと――落ち着かないから、名前で呼んでもらえないかな?」


「名前で? じゃあ、リタ!」

「……レーヴ、呼び捨てはよしなよ」


 イグリスでトーマスに甘えていた時と、寸分たがわず奔放な姿に、リタは彼が本物のレーヴであると確信した。クローゼットにかけられたドレスを、右へ左へ激しく揺らしているレーヴに代わって、ウェルデンが頭を下げた。


「すみません」 

「う、ううん。ビックリしただけだから。……嫌じゃ、ないよ」


 それは、本当だった。レーヴの態度には、見下したようなひねた感じはなく、親愛がこもっているのが伝わってきて、年下の子に慕われるのも悪くない、と思えたのだ。


「なんだよ、子ども見るみたいな顔してさ」

「……レーヴ」

「イグリスの奴らみたい」   


「ふふっ、ごめんなさい」 


 レーヴには、しっかり伝わってしまっていたらしい。リタだって子どもだろ、とぶうたれるレーヴに、あと3年で大人だと、リタも負けじと言い返した。癪に障ったのか、レーヴがクローゼットから出てくると、鏡合わせのようにそっくりな双子が、リタの前に並んだ。


(……髪型を同じにしたら、もうどっちがどっちだか分からないわ)


 レーヴの髪は、イグリスの部屋全体を覆うほど長く伸びていたが、今は腰のあたりでざっくばらんに切られていた。以前に比べれば短くなったが、口を開かなければ、女の子と間違えられてもおかしくはない。服はどこかで拾ったのか、イグリスで着ていた白い服ではなく、村人が着るような麻の服に着替えていた。

 

 

「……それで、改めて聞くけど、どうしてノワールに? トーマスさんは知ってるの?」



 トーマスの名前を出すと、二人の顔が一気に陰りを帯びた。悪いことをしている自覚はあるのだろう。この反応を見るに、トーマスは知らなかったに違いない。従弟である二人の脱走を知ったら、彼がどんなに心を痛めるか、リタまで胸が苦しくなってきてしまった。


「……誰にも、行き先は伝えていないんだ」

「僕たち、ほんとはあそこから一歩だって、出ちゃいけないしさ」 

   

「……それなら、どうして? さっきだって、捕まってたかもしれないのに」


 

 レーヴとウェルデンが顔を見合わせ、ウェルデンがゆっくりと口を開いた。


 

「リタ、僕はね――未来を視ることができるんだ」

「……未来を?」


 

 固有魔術で未来視ができるなんて、聞いたこともない。レーヴは透視の力を持っていたし、兄弟そろってとんでもない能力者だ。おののいているリタに、誤解が無いようウェルデンが付け足した。


「都合よく何でも視られる訳じゃないよ。僕の運命にかかわる重大なことだけだ。それも、断片的にね」

「…………」  


「さっき、外から悲鳴が聞こえたでしょう? あの騒ぎが今夜起こることを、僕は知っていたんだ」

「……えっ」

 

「でも、それが何故なのか、誰なのかも分からない」


 そこでレーヴが横から口を挟み、実はリタと一緒にブランから移動してきていたのだと告白した。なんと、ブランからノワールの荷台に潜んで、ここまでついて来たらしい。よく見つからなかったものだと、リタが感心していると、ウェルデンが鋭い目をして続けた。


「でも、シャルム・ブランには、確実に僕達の存在はばれていたね。僕らには、魔力を隠す術がないから」


 第3王子シャルムの名を、敬称もつけずに呼ぶのを、リタは初めて聞いた。堂々としたウェルデンの態度は、10歳の子どもにしては随分と大人びたものだ。


 リタは魔力を魔術で隠せないのかと疑問に思ったが、そんなことはロンカイネンの魔女にしか出来ないらしい。魔女が作った封印の腕輪を用いれば、話は別なそうだが。 


「ここへ来る間にも、何度も接触されそうになったんだよ」

「……だ、大丈夫だったの?」


「やばそうになったらね、僕がてきとーに騒ぎを起こしてたんだっ」  


 レーヴは目を合わせるだけでも、人に甚大なダメージを与えることができる。ブランからの道中、やけに暴れだす兵士が多いとは思っていたが、まさかレーヴ達が関わっていたなんて。ヤンに絡まれていても、騒ぎが起きると追及がそれで終わるため、有難くさえ思っていた。


「……全然、気付かなかった」


「リタはそうだったよねっ。でも、シャルム・ブランはさ、僕らを警戒して、リタに近づけないように、ずううっとリタの傍にいてさ――」  


 レーヴが深く息を吸い込んだ。


「ほ、ん、と、じゃ、ま、だ、っ、た!!」


 こういう態度をとると、途端にレーヴが幼く見えて、リタはつい吹き出してしまった。口に手を当てて、リタが笑いをこらえていると、真剣な表情をしたウェルデンが、一歩前に進み出てきた。 



「それでね、リタ。話があるんだ」

「……ふふっ。うん、なあに?」


「僕らがここへ来たのは、僕の視た未来を――変えるためなんだ」 

「……未来を、変える?」 

 

 

 突拍子もない話に、リタは目をしばたいた。そんな大仰な話をなぜ自分にしているのか、不思議に思いながら。



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