幽閉
ノワールがブラン王城へ攻め入ってから、数日が経った。ブラン王城を乗っ取ることは、高位魔術師の抵抗により叶わなかったものの、王族に粛清を加えられたことに、ノワール王ファースは満足していた。
「お前の見立ては、なかなかどうして当たるものだな。リシャール」
城が落ちるのは時間の問題と踏んだ王は、シャルムと一部の兵を連れて、いち早く祖国へ戻ることを決めた。そこにはリタも含まれており、シャルムとともに馬に乗せられ、リタは再びノワールの地を踏んだのだった。
「……私のような者が、本当に良いのでしょうか?」
一行は既にノワール王都へと達し、リタはシャルムからノワール王城へ滞在するよう提案されていた。孤児の出身で身分もなければ、他に類を見ない灰色の髪と瞳。そんな人間が王城の門をくぐっても良いものか、どうしても自信が持てなかったのだ。
「何の問題もないさ。君を王城に泊めることは、陛下も承諾済みなんだよ」
「……そう、ですか」
ここへ来る道中も、久し振りに黒髪黒目の集団に取り囲まれたリタは、知らず知らずのうちに肩に力が入ってしまっていた。誰かに絡まれたらと思うと、恐ろしくて仕方がなかったのだ。
(……でもなぜか、皆私を遠巻きにしているみたいなのよね)
正確には、リタではなく“リシャールが”距離を取られていたのだが、彼と常に行動を共にしていたリタには、そうだと分からなかった。嫌がらせをされるよりはずっとマシだが、そこはかとなく不気味さも感じてしまう。
小さく身震いしたところで、後ろから「よっ」と声がかかった。隊列の中ですっと馬を前に走らせ、シャルムの隣につけたのは、長槍を背負ったひとつ結びの青年だった。
「なあ、無視すんなよ。リシャール」
「…………すまないね。聞こえなかったんだ」
「絶対嘘だろ」
口調は乱暴だが、からっとした笑顔を浮かべているからか、あまり気を悪くしているようには見えない。彼だけはシャルムに何度も声をかけてくるため、リタでも名前を覚え始めていた。確か――ヤンと言っていたはずだ。
「どうしてその娘を連れてきたの? いい加減、教えてくれても良くない?」
「……機密情報だからね」
「怪しいなあ。――ねえ君、何ていうの?」
シャルムに聞いても相手にされないので、ヤンの漆黒の瞳がリタに矛先を変えた。突き出された槍のようにまっすぐな視線からは、逃れられそうもなく、リタはつい口を開きかけてしまった。
「……え、えっと」
「答える必要はないよ。今後関わることは無いだろうしね」
「邪魔すんなよっ。今言いかけてただろ」
ヤンが声を荒げると、周囲の兵士達からうるさい、と苦情が上がった。これ以上は無理だと悟ったヤンは、いつか絶対吐かせるからな、と抑えた声で言い残すと、後方へと戻っていった。
◇◇◇
それから半日もしないうちに、一行はノワール王城へと到着した。じりじりと照り付ける太陽の下で、黒光りするノワール王城は、城というよりも要塞のようだ。四角い箱のような形をしており、屋根も平坦で、尖塔や飾り窓などの装飾も見られない。
(……なんかちょっと、怖いな)
王城へ至るまでに、来訪を拒むような背丈の倍もある黒い壁を、3つ通り過ぎてきた。防衛に力を入れているのだろう。後ろ暗いことはないはずなのに、リタは門をくぐるたびに呼び止められるのではないかと、ひやひやしていた。
「それじゃあ、君の部屋に案内しようか」
中庭で馬を使用人に預けながら、シャルムがリタの腰に手をかけた。ぐっと引き寄せられてドギマギしてしまったが、歩調が速いのは、焦っているからかもしれない。
(……ヤンさんが来ると、困るからかしら)
道中も、気が緩む休憩のたびに、ヤンがやって来ていた。悪い人ではないのだろうが、シャルムに対してはほんのりと敵意を抱いているような気がして、リタもヤンが少し苦手ではあった。
逃げるように中庭を去ると、リタはシャルムに導かれるまま、2階にある客間の1室に案内された。部屋の中央に据え置かれた天蓋付きのベッドに、アンティークの机やクローゼット。歴史の感じられる落ち着いた佇まいの内装は、豪華ながらも安らげそうだ。
「……っ」
しかし、正面奥の壁に走る、縦長の窓に目をやったリタは、思わず息を吞んでしまった。
「どうかしたかい?」
シャルムはリタの動揺に気付いていながら、敢えて明るい声を出しているようだった。だって、あんなに目立つものに気が付かないはずがない。
「……あ、あの、窓に――」
“格子”が付けられている。それも、外側ではなく、内側に。明らかに逃走を予防するためのものだ。一時成り行きでブランに渡っていたものの、リタは元はノワールの出身で、間者でもない。この男が、お母さんに会わせてくれるといったから、付いてきただけで……。
「わ、私を――どうするつもりなんですか?」
咄嗟に戸口を確認してしまい、しまったと唇をかんだ。頭が動いてしまったので、これだけ密着していれば、ばれてしまっただろう。そもそも抱き寄せられた状態から、そう簡単に抜け出せはしまい。
バクバクと脈打つ心臓の鼓動が聞こえていませんように、と祈るリタの腰から頭へと、シャルムの手が移動した。そのまま優しく頭を撫でられ、慣れない感触に胃がぞわぞわした。
「どうするつもりなんて、心外だな」
「…………」
「お母さんに、会いたいんだろう?」
一言一言区切るように問いかけられた途端、唐突にどっと眠気が押し寄せてきた。頭のてっぺんから後頭部へと流れる掌に、怖かったことも不安だったことも、すべて拭い去られていってしまう。
「大丈夫、私を信じなさい。ここで待っていてくれれば、必ずお母さんに会わせてあげるから」
「…………はい」
判然としない意識のまま、人形のように頷くリタの瞳を、シャルムが絡めとるように見つめた。
「……まだ、大丈夫そうだね」
「……?」
自身が施した魅了の魔術。それが解ける兆しのないことを確認すると、シャルムはリタをベッドに座らせた。何度も瞬きをしている彼女の目元にそっと手を当て、囁いた。
「それじゃあ、私は仕事に戻るよ」
「…………はい」
シャルムが手を離すと、リタの瞼はもうくっついてしまいそうだった。それを見たシャルムは、納得したかのように頷くと、立ち上がって戸口へと向かった。
外側からカチャリと鍵をかける音が響いても、リタは惚けたように窓の外を見つめたままで、その目には格子など映っていないかのようだった。
――すやすやとリタが眠っている間に、ブランから身を潜めてついてきた二つの人影が、彼女を探して城内を動き始めていた。




