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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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王城の惨状

 魔女とシュルツがノワールへと向かったあと、ラーク達4人が城へ戻ってこれたのは、昼過ぎになってからだった。ラークの枯渇した体力は、一晩休んだ程度では回復せず、午前中も寝て、ようやく転移魔術が使えるほどになったのだ。


「……ぐっ」


 それでも、相当な負荷がかかっていたのか、足が地面につくなり、ラークは前のめりに倒れこんでしまった。口に滲んだ血の混じった唾液が、芝生を転々と濡らしていく。


(……この調子じゃ、転移先がずれたかもしれないな)

  

 トーマスはラークの背中をさすりながら、光に包まれた視界に目を凝らした。転移が完了するまで、どこに降り立ったのかは分からない。発動前に設定しておいた、王城のエントランスホールから、そんなに離れてはいないと良いのだが。


(……騒がしいな) 


 耳をそばだてていると、話し声やらうめき声のようなものが、途切れ途切れに聞こえてきた。人の気配があることに安堵しつつも、不穏な様子に胸騒ぎがしてしまう。


 少しずつ光が収束し、ようやく慣れてきたトーマスの目に飛び込んできたのは、王城の中庭を埋め尽くさんばかりの、負傷兵の列だった。


(……こんなに、大勢) 


 言葉を失うトーマスの隣で、ミランダが上ずった声で叫んだ。

 

「なっ、何があったっていうのっ」


 城を離れていたのはたった1日だけなのに、そのあまりの変わりように信じられないというように、ミランダが首を振った。後ずさる彼女にぶつからないよう、距離を取ったトーマスは、周囲にさっと目を走らせた。


(……なんだ? この違和感は?)


 目の前に広がる光景はどこかちぐはぐで、何かが引っかかった。兵士に甚大な被害が出ている割に、中庭は塀に至るまで破損もなく無傷で、王城も倒壊したりしていない。植栽も庭師が手入れをしたままに、散ったり折れたりせずに造形を保っていた。 


 さらに奇妙なことに、兵士の看護に当たっている使用人達もまた、負傷している者が殆どいないようだった。



(“兵だけ”に、被害が集中しているのか?)


  

 あの魔女が嵐を巻き起こせば、人はみな兵士も使用人も関係なく傷つけられ、建物もレンガがはがれたり、壁に穴が開いたりはしただろう。最悪、全壊していてもおかしくはなかった。眉をひそめるトーマスの隣で、コリンがポツリと呟いた。


「……戦時中みたいだね」


 それを耳にした瞬間、トーマスの頭の中で閃光が弾けた。おかしな点が、ひとつひとつ意味を持って繋がっていく。――そうだ、これは魔女の仕業などではない。



(……ノワールに、攻めこまれたのか?)



 敵軍が侵攻してきたのであれば、兵士に被害が集中しているのも頷ける。


(とにかく、状況を確認しなければ――)


 しかし、居合わせた者達に話を聞こうとしても、皆懸命に手当てをしている最中のため、下を向いているせいで目すら合わない。


 そこへ、聞き覚えのある信頼に満ちた声が、トーマスの耳に飛び込んできた。


「……中尉!!」

「ちょっとっ、まだ動いてはいけません!」


 1番の部下の声に安堵したトーマスは、ほっと笑みを浮かべて振り返った。中腰で追いかけてくる使用人の手を逃れ、足を引きずりながら近づいてくるのは、やはりテオドールで。しかし、その姿が大きくなってくるにつれて、トーマスは息を吞んだ。


「テオッ! お前、何がっ――」


 メガネは壊れたのか、かけていない。七三に分けていた髪は乱れ、所々乾いた血で茶色く変色していた。だが、何より目を引いたのは、顔の左半分にぐるぐると巻かれた包帯だった。


「その顔は、どうした? 左目は――大丈夫なのか?」

「…………」 


 いつもテオドールが負傷した際には、トーマスはこうして声をかけていた。何てことはないと笑い飛ばしてばかりのテオドールが、神妙な顔で黙っていることに、嫌な予感がした。ここにリタとディルがいないことと、無関係ではないだろう。


 問いかけようとしたトーマスより先に、テオドールが切り出した。

 

「すみません、中尉!」

「……?」

 

「軍曹とノワール人の少女ですが、二人共消息が……分からなくなってしまいました」    


 頭を下げたテオドールが、バランスを崩して転びそうになってしまった。トーマスが慌てて肩を支えようとしたものの、それすらも拒んで崩れ落ち、地に頭をこすりつけた。


「……本当に、申し訳ありませんっ」 

「いいから、何があったのか教えてくれ」 


 開口一番謝ってくる部下に対して、驚きはしても怒りは湧いてこなかった。テオドールは大きく息をつくと、苦々しげに語りだした。


「昨夜、我々はカルム殿下のご厚意で、殿下の居室に招かれていました」 

「隣室を出てか?」

「……はい」


 カルムが興味を示したのは、恐らくリタだろう。だが、深入りすると話が長くなりそうなので、トーマスは先を促した。 


「……それで?」 

「そこへ、ノワールによるフルーヴ川侵攻と、クラージュ殿下の訃報が入ってきて――」

 

「クラージュ殿下が!? それは本当なのかっ」


 腕の立つクラージュが、そう簡単に敗れたとは信じられない。テオドールも同じようで、城の中でもまだ意見が割れているようだった。


「陛下は!? 王妃殿下はっ?」

 

 黙っていられないとばかりに、ミランダが割り込んできた。テオドールは目を伏せ、躊躇いがちに口にした。


「……高位魔術師が、気付いたときには、もう――」 

「う、噓でしょう?」


「……僕も、人づてに聞いただけで」

「適当なこと言わないで! ノワール相手にこのざまはなに!? ガイはどうしたのよっ」  


 巻き毛を振り乱し、テオドールに掴みかかろうとしたミランダを、トーマスは片手で制した。怒涛のような展開に、正直トーマスも理解が追いついていかない。自身もつい聞きかえってしまった手前心苦しいが、話の流れを止めたくなかった。


「……続きを、頼む」

 

「そ、その知らせを聞いた途端、軍曹が部屋を飛び出してしまったんです」

「それで、お前はどうしたんだ?」 

 

「……軍曹の、後を追いました」 

 

 当時の自身の行動を悔いているのか、テオドールの歯切れが悪くなった。


「リタちゃんは? 置いていったのか?」


 状況を鑑みれば、そうとしか考えられないが、念のために確認した。リタの名前が出されるや否や、ピクリと指先を動かしたラークに、また暴走するのではないかと、トーマスの背中を冷たい汗が流れた。

 

 

「……はい。すぐ戻るつもりだったので」


 

 ということは、すぐに戻れなくなるような“何か”があったということだ。テオドールは直情的なところがあるが、バカではない。仮にディルを逃がしてしまうとしても、深追いだと感じれば、引き返す判断ができる。そういう男のはずだった。


「軍曹は、見付かりませんでした」

 

(……やはりな)


「それで、もう一度エントランスホールへ探しに行ったときに――黒豹に出くわしたんです」 

「……黒豹だと!?」

 

「よく無事だったねえ」  


 場違いなのどかな声で相槌を打つコリンを無視し、トーマスはテオドールの怪我を改めてまじまじと見た。頭の負傷のわりに、衣服がきれいだと思っていたが、袖口からのぞく腕や足にも包帯が巻かれていた。


(手当のときに、着替えさせられたからか)


 兵士のほとんどは、汚れた衣服を着たままだ。つまり、テオドールの軍服は見る影もないほど切り刻まれたか、血で染められてしまったということなのだろう。


  

「……その後はもう、無我夢中で。……気が付いたら、ここにいました」



 戦時中、魔術兵として出兵していたトーマスは、黒豹と間近で対峙したことはない。それは近づかれれば最後、生き延びることは絶望的だからだ。だから、テオドールが生きているのは奇跡に等しかった。



「……テオが、無事でよかったよ」



 自分でも驚くほど優しい声が出て、トーマスはハッと口に手を当てた。今のは良くなかっただろう。上官として。


 しかし、トーマスが二の句を継ぐよりも先に、テオドールが子どものようにトーマスの胴に抱き着いてきた。



「ちゅ、中尉ぃぃ!」 

「……おい! やめろっ」


「ぼ、僕、失敗したのにっ――」 


 

 口調まで幼くなっているのは、気のせいではないだろう。ミランダはまだ不満げにこちらを見ているが、コリンに至っては腹を抱えて笑っていた。恥だ。1秒でも早く引きはがさなくては。


「……わっ」


 べりべりと剥がす勢いが強かったのか、つまずきそうになったテオドールの腕を先に取ったのは、トーマスではなくラークだった。いつの間に起き上がったのか、頭を真下にまげてテオドールを見下ろしていた。


「……タは?」

「え?」


「……リタは、どこだ?」  

 

 即答できないテオドールに、圧をかけるかのように、ラークの手にぎりぎりと力が込められた。


「いっ! 痛! 僕けが人っ、けが人だから!」


 テオドールが悲鳴を上げても、低い声で同じ質問を繰り返すラークは、はっきり言って不審者のようだ。そんな二人のやり取りなど、どこ吹く風といった調子で、コリンが顎に手を当てて首を傾げた。


「でもさ、ここにはいないんじゃない? 魔女もいないみたいだしさ」

「そうね」


 リタがまだここに残っているならば、魔女も彼女を始末しようと躍起になっているはずだ。何の騒ぎも起きていないということは、彼女はどこかへ移動した可能性が高い。ラークももっともだと思ったのか、解放されたテオドールの叫び声が、ようやく止んだ。

   

 

「……確かめに行く」



 ラークが静かな声でそう切り出し、離れへと歩き出した。その背中を、トーマスは小走りで追いかけた。カルムの安否が気になるのはあるが、それ以上に、リタについて“疑問に思っていること”があったのだ。



「待てよ。僕も行く」


「ちゅ、中尉! 連れて行ってくださいっ」

「ダメに決まってるだろっ。きちんと休んでとっとと治せ」 

  

 

 テオドールは中庭で療養することとなり、ミランダとコリンは、情報を得るためガイと合流しようと王城へ入っていった。




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