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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第6章 ノワール
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リタを追って

 リタがシャルムによって連れ去られている頃、テオドールはブラン王城を駆け回って、逃げたディルを探していた。


(……一度戻るべきか? いやでも、あの娘が逃げ出すとは思えない)


 トーマスからは、リタとディルの二人を見ておくよう、言いつけられていた。見つからないからといって、諦めてディルを逃がすわけにはいかない。1階は既に調べつくしていたが、再度エントランスホールを確認しようと、扉を開けて中へ入っていった。


 ガイの固有魔術と思われる、強い揺れがあってから、城壁の外ではノワールとの攻防戦が繰り広げられているようだった。それでも、城の敷地内にノワールが攻め入ってこないのは、かき集められた高位魔術師が奮闘しているからだろう。


(……けど、何か妙だな)


 このタイミングで仕掛けてきた以上、敵方に魔女の情報は流れてしまっていたのだろう。フルーヴ川流域など、辺境の防衛が手薄になると見越して攻めてきたのは分かる。しかし、魔女に備えて王城の守りを高めていることなど、少し考えれば思い至ったはずではないだろうか?


(もし、正面突破以外に、何か秘策を隠し持っているのだとすれば――) 

 

 一気に膠着状態が破られて、城内に押し入られてもおかしくはない。いやな汗が眉間を伝い、足を止めて手でぬぐおうとしたところで、テオドールは2階から響いてきた侍女の悲鳴に、飛び上がった。


「きゃああああっ」 


(……なんだ!?) 


 反射的に振り返ると、2階から侍女が腕を振り回して、階段に向かって走ってきていた。長いスカートがもつれ、すそを踏んだ侍女が勢いよく階段から落下し、鈍い音が広間に響き渡る。周囲にいた兵士の一人が、彼女に駆け寄り、残りが2階へと駆け上がっていった。


(……軍曹が、絡んでいるかもしれない) 


 テオドールは後を追うか束の間躊躇し、出遅れた分を取り戻すように、1段飛ばしで階段を上がっていった。1階から城外へ逃げたものとばかり思っていたが、見当を外していたのかもしれない。


 しかし、階段の中ほどまで進んだテオドールは、長剣や槍を手にした黒い軍勢に出くわしてしまった。ざっと、10人以上はいるだろう。



(……なっ! ノワール軍がっ、なぜ城内に!)


    

 正門とつながっている1階には、敵軍の姿はなかった。正門が破られていないのなら、王城内に張り巡らされた、隠し通路を暴いて侵入してきたのだろう。どうやったのかは知らないが、そんなことを考えている余裕はない。


 動揺するテオドールに向かって、軽々と跳躍しながらノワール兵が距離を詰めてきた。あの猫のような身のこなしは、間違いなく――黒豹だ。


  

(くそっ。こんなときに――)

 


 長剣を抜いたテオドールは、瞬く間に二人の黒豹に挟み込まれてしまった。正面で短槍を振りかざしている一つ結びの青年は、頭抜けて動きが早く、逃げ切ることはできそうにない。背後を塞いでいる男は、見るからに屈強な体格をしており、数人でかかっても抑え込むのは一苦労だろう。



(……覚悟を、決めろ)



 外に気を張っている高位魔術師が、内部侵入に気づいて救援に来るまで凌がなければいけない。こうなってしまったら、ディル探しは後回しだ。


 死ぬかもしれない窮地だが、トーマスから任された仕事を完遂しなければと、テオドールは黒豹相手に打ち込んでいった。


 

◇◇◇ 


 

 長い夜が明け、水平線から白い帯のような光が上がってきた。星の消えた空が淡い水色に染まっていき、雲の間を鳥が縫うように飛んでいく。昨夜はひどく荒れていた海も、波一つなく穏やかになっていた。


 そこへ、鳥達の群れを散らすように、ひときわ大きな二つの影が滑り込んできた。レンガ色の髪をなびかせた魔女ザハラを乗せたホウキと、その後ろをピッタリとついていくシュルツのホウキ。休む間もなく夜間もホウキを走らせた二人は、ようやくブラン王城を眼下へと捉えていた。



「……やっとね」



 ここへくるまでも口数の少なかったザハラが、腹から絞り出すように口にした。ラークとの戦いに勝利はしたものの、激しく消耗していたのだろう。夜の間にザハラの頭が何度も舟を漕ぐ度、シュルツはいつ落ちても助けられるよう、杖を握った手に力を込めていた。



(……本気で、ラークの想い人を消すつもりなのだろうか?)

  

 

 城へと高度を下げていくにつれて、シュルツはいよいよその時が迫ってきているのを感じた。手汗が止まらなくなり、片手ずつホウキを離しては、風にあてて乾かしていく。道中もザハラを止める術はないかと、必死で頭を巡らせたものの、良い考えなど一つも浮かんでこなかったのだ。


 

(この人に手を、汚してほしくない……)



 2歳年上だというのに、子どものように我儘で、しょっちゅう甘いものをねだってくる困った人。掃除が苦手で高圧的で、でも本当は寂しがり屋で傷つきやすい魔女。そんな彼女を狂わせたのは、間違いなくリシャールだ。



「……何かしら、あれは」 



 尖塔の周囲を飛びながら、中庭や城内の様子を伺っていたザハラが、ふいにホウキを止めた。物思いにふけっていたシュルツは、ザハラにぶつかりそうになり、慌てて減速すると、改めて城に目を走らせた。


 

(……負傷者の、手当てをしているのか?)



 中庭には累々と兵士が横たえられており、その周りをせわしなく使用人が行き交っていた。兵士の数は中庭を埋め尽くすほどで、よく見ると、城外には凄まじい地割れや土砂崩れの跡があった。

 

 

「何者かの襲撃を受けたようですね」



 十中八九、手を出してきたのはノワールだろう。ラークのいない隙を狙って仕掛けてくるとは、ノワールにはなかなか頭の切れる人間がいるようだ。


 ――皮肉なことに、シュルツはリシャールがその切れ者だとは、気付いていなかった。ラークの情報をリシャールに流してはいたものの、いま彼がどこで何をしているのか、シュルツは知らされていなかったのだ。



「……あの女の居場所を突き止めてから、行こうかしら」 



 しばらく城に出入りする人間の様子を眺めていたザハラが、ワンピースのポケットから手鏡を出した。極限状態まで高まった警戒態勢の中、城内をしらみつぶしに娘を探して移動するのは、どう考えても非効率的だ。鏡に映った背景などから、当たりを付けた方が良いだろう。 

   

 二つ折りの鏡を掌の上で開いたザハラは、目を伏せたまま低い声でつぶやいた。


 

「……サーフェス」


 

 ゆらゆらと波打った丸い鏡面の中に、横抱きにされた灰色の髪の少女が浮かび上がった。娘の頬には、上から黒髪が垂れかかっており、その色にザハラは顔をしかめた。なぜかは分からないが、何らかの利用価値を見出されて、娘はノワールへと渡ってしまったのかもしれない。



「面倒なことになったわね」



 ザハラはより多くの情報を得ようと、少し引いて背後の様子を映そうとした。その目が、吸い寄せられるように、彼女を抱いていた男の顔で止まった。



「…………え?」


「どうされましたか?」



 こんな風に困惑して固まっているザハラの姿を、シュルツはリシャールが出ていったときにしか、目にしたことがなかった。よっぽどのことがあったのだと、落とさないよう慎重に、ザハラの手から鏡を受け取る。


 ――そこに映っていた男の顔は、まぎれもなくリシャールのもので。


     

「……なっ! 一体なにが――」

 


 リシャールと灰色の娘という、ちぐはぐな取り合わせに、鏡を二度見してしまった。二人の間に、どんな関係があるというのだろうか? シュルツが目を皿のようにして鏡をのぞき込んでいると、隣からすっと伸びてきた腕に、ひったくるように手鏡を奪われてしまった。


 

「……追うわよ」



 そう短く口にしたザハラは、ノワールの方角を睨むように見据えていた。 


 

「……で、ですが、彼女を追えばリシャールと――」



 リシャールの名を口にした途端、切り傷をえぐられたように、ザハラが顔を歪めた。――ずっと埋まらない、初恋の男が残した傷跡。


 シュルツには、その傷を塞ぐことも、癒すこともできやしないのだ。



(僕が、リシャールよりも先に出会っていれば――) 


 

 何かが、違ったのだろうか? いや、そんなことはないと、シュルツは泣きたいのを我慢して、自嘲気味にほほ笑んだ。


 リシャールとザハラの間には、シュルツには立ち入れない、どこか大人びた雰囲気がいつも流れていた。ザハラに初めて会ったときも、まるで自分だけ子どものような扱いを受けていたと、シュルツは遠い記憶に思いを馳せた。


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