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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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邂逅

 カルムの居室にひとり取り残されたリタは、その場に留まった方が良いものか、隣室に移動した方が良いものか分からず、戸口の前で右往左往していた。


(……どうしよう。やっぱり邪魔かな?)

 

 ひとりでいるのも不安だが、カルムやセナに迷惑をかけるわけにもいかない。恐る恐る部屋の外へ一歩足を踏み出したものの、暗い廊下に足がすくんでしまった。

 

 

「……待ちなさい」



 すると背後からカルムに呼び止められ、リタは慌てて部屋の中へと戻った。見ると、薄布がふわりと揺れて、セナに身体を支えられたカルムが、おぼつかない足取りで歩み寄ってきていた。編み込まれた髪はほどけ、はだけた寝間着からは薄い胸板がのぞいている。


「この城で、今ひとりになるのは危険だ」  

「……で、でも」


「ここにいなさい」 


 カルムの隣では、セナがじっと睨むようにこちらを見つめており、居座るのは気が引けてしまう。けれどカルムの有無を言わせない強い口調は、提案ではなく命令に近かった。


「……は、はい」

 

 リタが返事をすると、部屋の中央に置かれたソファに座るよう、セナが目くばせしてきた。勧められるまま、小走りにソファに近づこうとしたところで、ふいにリタの足の裏が奇妙な振動をとらえた。


(……え? なに?)


 気のせいかと部屋を見回した途端、地鳴りのような低い音が、どこからともなく響いてきた。建物全体がきしむような悲鳴を上げ、家具がガチャガチャと今にも倒れそうなほど激しく揺れ、茶器の割れる音が耳をつんざいた。極めつけに、テーブルに置かれていた燭台が倒れ、部屋の中が暗闇に包まれてしまう。


「……きゃあっ」


 蠟燭の灯が消える直前、手を伸ばせば届く距離にいたセナが、主君を守ろうとカルムの上に覆いかぶさっているのが見えた。ひたすら身体を縮こまらせていたリタは、見よう見まねで身体を丸め、手で頭を押さえた。


(……地震? でも、こんなに強いのは――)

 

 今までに経験したことがなかった。グリーズ島では、月に数回地震が起こるため、ノワールに住んでいたリタも軽い地震には慣れていた。だが、この揺れ方は尋常ではない。まるでザルか何かの容器に入れられ、振り回されているかのようだ。


(……立っているのもやっとで、歩くことなんて無理っ) 


 闇の中で、揺れが収まるのを必死に願い続ける。目をつぶると、鋭敏になった耳が、カルムの囁くような呟きを拾った。


 

「……ノワールか」


(えっ? ノワール?)


 

 リタはノワールが地震を起こしたのだと推測したが、実のところはブランの高位魔術師――主にガイの固有魔術によるものだった。王城へと接近してきたノワール軍を散らすため、魔術で地形を変化させて応戦していたのだ。


 ここまで大規模なものは、カルムも初めて体感したが、ブラン人であれば誰もが知っている力だ。王城に影響が出る程近くで戦っているということは、ブランは劣勢に立たされているのだろう。一刻も早くリタを逃がす必要があると、カルムはセナの手を取った。

 

 

「セナ。彼女を連れて逃げることはできるかい?」



 信じられないというように目を見開いたセナは、即座に左右に首を振った。


「ご冗談を。私が鍛えてまいりましたのは、全て殿下をお守りするためです」

「……敵の狙いは、王族だ」


 一番の標的は国王であるサージュに間違いないが、王太子であるクラージュも手にかけられてしまった。ノワールは、ブラン王族をもろとも根絶やしにしようとしている可能性が高い。いくらカルムが死にかけの王子とはいえ、見逃してはくれないだろう。


「……お前は、“強い”。その力を、生き延びるために使ってはくれないか?」


 王族に仕える侍女の多くは、貴族出身の娘が占めている。セナもその一人であり、カルムに仕える前は剣を握ったこともなかった。けれど、想定していた以上にカルムを狙う者が多いことに心を痛め、政治には深入りできなくとも、武力では守り切ろうと心に決めたのだ。


 騎士を志す者に交じって鍛錬を重ねるセナを、まるで男のようだと女は嘲笑し、所詮は女と男は鼻で笑った。それでも、セナはこの心優しい王子を、絶対に死なせまいと誓ったのだ。


「殿下の命であっても、それだけは承知致しかねます」 

 

 カルムが浅く息を漏らし、目を閉じた。こうなったセナは、てこでも動かない。リタの命を守るためには、自分から離れた場所に移動させた方が良いのだが、ノワール人である彼女を任せられる者はそういない。頼みの綱のテオドールも、出て行ったきりだ。


 

「……セナ、頼むよ」


 

 そう懇願するカルムの後ろで、揺れで閉まっていた扉が音もなく開いていった。しかし、そのことに3人とも気付いてはいない。



「何度言われましても――」 



 セナが語調を強くして断ろうとしたところで、何かの気配に気が付いて素早く戸口を振り返った。ルミナス、と唇を小さく動かして、手のひらの上に明かりをともす。


「……?」


 そこには、“何も”いなかった。しかし、廊下側から押すようにして、徐々に扉が全開へ近付いていく。明らかに風によるものではない動きに、セナがカルムとリタを守るように前に出た。


 

「おや、お話の邪魔をしてしまったかな?」  

「……っ!」



 開け放たれた扉の向こうから、涼やかな男の声が響き渡ってきた。セナがスカートの下に仕込んでいた短剣を引き抜き、両手で構えをとる。その後ろで、シャルムが喜びとも悲しみともつかない表情で、虚空を見つめていた。零れ落ちそうなほど見開いたその瞳から、一筋の涙が滑り落ちていく。


「殿下!」


 前方へ注意を張ったまま、セナがカルムに呼びかけるも、それすら耳に入らない様子で、カルムが顔を手で覆った。


「殿下っ、どうされたのですか!?」

 

 取り乱すセナの前に、ふっと銀色に輝く指輪が現れた。と同時に、それをつまんでいる指がまざまざと浮かび上がり、あっという間に外套を身にまとった人影の全身が顕現した。


(……さっきまで、誰もいなかったのに!)


 転移魔術ではない。仮に一人で転移できるほどの実力を持っていたとしても、声だけ先に飛ばす魔術なんて、前代未聞だ。怯むリタとセナの後ろで、カルムが顔を上げ、食い入るように男が手にした“指輪”を見つめた。


「……姿隠しの指輪か」

「…………」


「秘宝に手を出したというのは、どうやら本当なんだね」 


 男がフードに手をかけ、目深に被ろうとしたが、それよりも早く、カルムが“彼の名”を呼んだ。

 


「生きていたのか――シャルム」 



 カルムの声には、怒りや非難はこもっておらず、ただひたすらに真っすぐなものであった。彼にとってシャルムは永遠に慈しむべき弟であり、過ちを犯したとしても大した問題ではないと伝えるかのように。



(……シャルムって、えっ? なら、この人が――)



 トーマスやカルムがリタの父親だと考えている、第3王子なのだろうか? リタはシャルムの顔を確認しようとしたが、フードを被っているせいで、口元しか見えない。身を寄せ合って固まっているリタ達3人の前に、シャルムが一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりと近寄ってきた。


 

「お久しぶりです――兄上」  


   

 正体がバレているのなら隠す必要もないと判断したのか、片手で男がフードを頭から外した。左肩の上でゆるく結わえられた長い黒髪に、漆黒の瞳。ノワール人であるかのようなその風貌は、ブラン王家の秘宝によるものなのだろうか?


 カルムはかつての弟の変わり果てた姿を前に、動じることなく、子どもの頃と変わらない穏やかな笑みを浮かべた。



「……ああ、お帰り。シャルム」  



 カルムから漂ってくるやわらかい空気に、嫌な臭いでも嗅いだかのように、シャルムが彫刻のように端正な顔を歪めた。険を含んだ視線が、カルムのぜいぜいと息をする唇、寝間着の袖から伸びた枯れ枝のような腕へと移っていく。


 

「……その名はもう、捨てたのですよ」



 視線を落としたシャルムの左耳で、青い石のはまった耳飾りがゆらゆらと揺れた。


 

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