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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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凶報

 季節は夏へと向かっているが、日が沈むと冷え込みがきつくなってくる。締め切ったカルムの部屋でも、ひんやりとした空気がくるぶしの辺りまで忍び寄ってきて、リタは足をすり合せた。


(……それにしても、遅いな)

 

 裁判に出て行ったラークとトーマスが、いまだ戻ってきていない。かれこれもう半日が経とうとしているというのに、こんなに時間がかかるものなのだろうか?


(……きっと、何かあったんだ)


 あんな別れ方をしたからか、ラークの伏せた銀色の瞳と、それを覆い隠すように伸びた白い前髪が、頭を離れなかった。妹の代わりに過ぎなかったと言われても尚、自分はラークが気になっているのだ。リタは時計から目をふいと逸らすと、膝の上で絡めた指をぎゅっと握りしめた。


(誰かに期待するなんて、バカみたいだ……)


 物心ついてからずっと、リタに手を差し伸べてくれる人なんて一人もいなかった。料理店をクビになったときだって、監視の仕事を紹介してくれた看守長が、善意から動いているわけではないことなど、分かりきっていた。


 

(……誰も、私のことなんて――) 


 

 跡がつくほどきつく、手の甲に爪を立てていたリタは、背後からポンと肩を叩かれて、ハッと我に返った。

 

 

「終わりました」



 リタの髪を結い終えたセナが、一歩後ろに下がったところで、後頭部も見えるように手鏡をかざしてくれていた。顔を上げた拍子に鏡の中の自分と目が合ったリタは、そのあまりの変わりように思わず息をのんだ。


  

「……すごい」

 

 

 長く伸びていた前髪は、眉の上できれいに一列に揃えられている。頭を左右に動かすと、頭頂部から編み込まれた髪が蠟燭の灯を反射して、うねるように光った。襟足でひとつにまとめられている様は、華やかながらも落ち着いた印象に仕上がっており、髪色が白であれば、ブランの貴族令嬢と間違われてもおかしくはないほどだ。


「本当に、別人みたいだ! 化けるもんだなあっ」

「……あ、ありがとうございます」 


 鏡越しに丸い瞳を見開いたテオドールと目が合い、リタは紅潮した頬を隠すように横髪を片手で引っ張ろうとした。 


「崩れてしまいますので」


 さっと近づいてきたセナに腕をとって止められ、リタは慌てて手を膝の上に戻した。セナの動きは猫のように素早く無駄がないもので、侍女というよりも騎士のようだ。


「それじゃ、僕達は隣の部屋にお暇しようか?」

「……はっ、はい」 


 病人の部屋にあまり長居するものではないと、テオドールは気を利かせたのだろう。リタも、淡々と作業を進めるセナの視線がどうにも落ち着かなかったので、早く物置部屋へ戻って一息つきたかった。



「転ばないようにね。ゆっくりでいいから」 

 


 リタにそばへ来るよう声をかけると、テオドールはディルの手縄を引いて、部屋の扉の前に立った。そのまま扉を背にして深々と礼をしたあと、退出の挨拶を述べる。

 

「では、私達はこれで失礼致します」


 頭を上げたテオドールが、少しだけ扉を開けたところで、突然隙間から銀色に光る矢のようなものが飛び込んできた。



(……なに!?)



 よく見ると、光には翼が生えていてパタパタと羽ばたいている。銀色の粉を散らしながら飛ぶさまは、さながら鳥のようだ。その姿を認めてようやく、リタは鳥がクーリエで生み出されたものだと分かった。 


 

(……きれい。銀色のは、初めて見た)



 クーリエはノワールでもよく使われている基礎魔術だが、ノワール人の生み出す鳥は黒かったため、こんなにキラキラと光ってはいなかった。ぼんやりと見とれていると、鳥は暖炉の前に屈みこんでいたセナのもとまで飛んでいき、その左腕にファサリと翼をたたんで降り立った。


 セナはカルムが体を冷やさないよう、暖炉に薪をくべていたのだが、しばし動きを止めて、鳥の声に耳を傾けているようだった。

  


「……なんて、こと」 

 

 

 ぽつりと呟くのと同時に、セナが身体の前で抱えていた薪を、バラバラと床に落としてしまった。あまり感情を移さない瞳が揺れて、頬から血の気が引いていく様子に、言わずと知れぬ不安が胸に広がっていくのをリタは感じた。



(……何の、知らせだったんだろう?)



 疑問に思っていたのはテオドールも同じのようで、頭上からはぶつぶつと独り言が聞こえてきた。

 

 

「……クーリエか。誰から――いったい何の連絡なんだ?」

 

 

 トーマスの身を案じてか、テオドールの眉間にはしわが寄っていた。何があったのか確かめたくとも、真剣な表情で鳥に耳を寄せているセナに声をかけるわけにもいかないのだろう。


 しばらくすると、薪が落ちた音を聞きつけていたのか、部屋の奥の空気が揺らいで、穏やかな波のような声が流れてきた。



「セナ、どうしたんだい?」

「……で、殿下――」 



 とうに伝言を伝え終えていたのか、セナがカルムに返事をすると、役目を終えた光の鳥は霧散して消えてしまった。カルムの問いかけに身体を固くしたセナは、心を落ち着かせるように、落とした薪を両手で拾い始めた。なかなか事情を打ち明けないセナに、カルムが再度呼びかける。


「私なら、平気だ。――話してごらん」

「…………かしこまりました」


 セナがこれほど躊躇っているということは、話せばカルムの容態が悪化するような知らせであるに、違いない。息が詰まるような4人の注目を受けながら、セナが言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。


「……ロンカイネンの魔女が、海を渡ってきたようです」

「なっ」


 予想もしていなかった話に、テオドールが声をあげてしまった。しかし、それには目をやらずに、虚空を見つめたまま、セナが続けた。


「裁判に向かわれたお二人は、そのまま魔女討伐へ向かわれました。それから――」


(……魔女の、討伐!?)

 

 セナの口から出た思いもよらない言葉に、てっきり城の中にいると思っていたラークが、もう近くにはいないと知って、リタの呼吸が浅くなった。確か“ロンカイネンの魔女”とは、ラークの心を奪った魔女ではなかっただろうか?


 

(……大丈夫、だよね?)


 

 胸騒ぎを抑えるように、リタは反射的にペンダントを服の上から握りしめていた。かたい手触りを感じても、心はいつものようには静まってくれない。


 

「……それで? まだ続きがあるんだろう?」 


 

 中途半端なところで話を切ったセナに、カルムが畳みかけた。言葉を濁したまま落ち着きなく視線をさまよわせていたセナは、観念したように再び口を開いた。 

 

「……はい。フルーヴ川流域から、ノワール軍が侵攻してきたそうです。クラージュ殿下率いる援軍が迎いました、が――」

「…………」


 カルムは黙ったままだが、固唾をのんで報告の続きを待っているのが、姿が見えずとも、セナには手に取るように分かった。


「何者かに、討ち取られてしまったと――」 


 セナが最後まで言い切る前に、薄布の向こうで何かが落ちたような大きな音が立った。


「殿下!」

 

 セナはカルムがベッドから落ちたのだと瞬時に察し、薄布を翻して部屋の奥へと消えていった。家族思いの主君が、兄を失って平静でいられるわけがない。


 戸口の前に取り残されたリタとテオドール、ディルは、放心したかのようにその場に立ち尽くしていた。


  

(……何が、起きてるの? クラージュ殿下って確か――第1王子だったはず) 


 

 それが、ノワールに敗れてしまった? そうしたら、ブランは――今いる王城はどうなってしまうのだろうか? おろおろとテオドールを見上げると、彼も今しがた耳にした報告が受け入れられないのか、口に手を当てたまま、瞬きもせずに固まっていた。


(……テオドールさんには、聞けない)


 すっと視線を下げたリタは、ふと、先ほどまで俯いていたディルが顔を上げているのに気が付いた。ディルは警戒態勢に入った狼のように、姿勢を低くして周囲をうかがっていたが、リタと目が合うや否や、目にもとまらぬ速さでテオドールに体当たりを食らわせた。



「……なんっ」



 細身のテオドールは即座に受け身をとったものの、手縄を握っていたこぶしがわずかに緩んだ。その隙を見逃さずに、ディルはテオドールの手から手縄を引き抜くと、脱兎のごとくカルムの部屋を飛び出した。



「……くそっ! 待て!!」



 無我夢中で追いかけようとしたテオドールは、すんでのところでリタの存在を思い出し、振り返って早口でまくし立てた。


「リタちゃん! ここで待っててくれっ。必ず戻るからっ」


 そう言い残したテオドールの背中が、主屋へと続く渡り廊下へとぐんぐん小さくなっていくのを、リタはただ見送ることしかできなかった。


   

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