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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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本性

 どんよりと垂れ込めていた雲が流れていき、遠くに見えるブラン王城の上には、うっすらと星が輝き始めていた。今夜は新月のため、雲が消えたところで、月明かりが差すことはないだろう。


(……日没までには、王城へ攻め入る算段だったのだが)


 水平線に落ちていく太陽を眺めながら、シャルムは短剣についた血を布で拭った。ポタポタと滴り落ちる赤い水滴が、つま先すれすれの所に、小さな水たまりを作っていく。汚れないよう足をどかすと、ドンと踵に鈍い衝撃があり、シャルムは顔をしかめた。


「死んでも尚、あなたは邪魔ですね。……兄上」 


 シャルムの足元に転がっているのは、ひときわ重厚な鎧をまとった、首のない死体だった。クラージュの首は、ノワール王への報告のため、川向こうへ持って行かれたのだ。


 無残なクラージュの亡骸からは、もう荘厳さのかけらも感じられない。ずっと対抗心を抱いてきた兄の、あっけないとまで感じられるような幕引きに、シャルムの心はぽっかりと穴が開いたようだった。


(……こんな、男に)


 自分は生まれてからずっと比較され、下位に属するものだと理不尽を押し付けられてきたのだ。口ほどにもないと心の中で吐き捨てながらも、シャルムはそのまま足を動かすことができなかった。


 そこへ、前方から槍を担いだ青年が近づいてきた。


「それなりに手強かったな?」

「……ヤンか」 


 青年の担ぐ槍は彼の身長よりも長く、その体躯の小ささが際立って見える。黒豹部隊の最年少であるヤンは、小柄でありながら高い機動力と瞬発力を持つ戦士だった。


「リシャールが王太子を始末してからは、楽勝だったよ」

  

 ヤンが1歩歩く度に、後頭部でひとつにくくった長い黒髪が、サラリと左右に揺れる。腰のあたりまで伸ばした長髪は、そこら辺の女よりもよっぽど美しく、つややかに輝いていた。


「でもさ、不思議に思わなかったか?」


 けれど、ヤンの何よりの特徴は、その疑り深く慎重な性格であった。今のシャルムにとっては、一番相手にしたくない存在である。


「突然ブランの連中の動きが鈍くなってさ。あれって、ラークの重力魔術が使われたときにそっくりだったのに、アイツいなかったみたいじゃん?」

「……そうみたいだね」 

 

「それに、こっちじゃなくてブランが標的って、おかしくないか? 寝返った奴がいたのかもしれないけどさ、そんな素振り見せた奴、ひとりもいなかったんだよ」

「…………」

 

「リシャールはさ、なんでだと思う?」


 探るような目つきに、さあどう言い訳したものかとシャルムは頭を悩ませた。クラージュ率いるブラン軍に、ノワール勢が最速で勝つためには、魔術で助けるのが最善策ではあった。だが、こうして疑われれば、言いくるめるのは至難の業だ。

 

(最悪、魅了の力で口封じしてしまえば良いのだけれど)


 こういう性格の人間は、お願いどころでは思いとどまってはくれない。命を奪ってしまうには、ヤンはまだ惜しい人間であった。


「お~い、二人でなに話し込んでるんだ? 俺も混ぜてくれっ」

「……イワン」 


 そこへ酔っぱらいのような大声で乱入してきたのは、同じく黒豹部隊のイワンだった。ヤンとシャルムの後ろから、がっと肩を掴んでもたれかかってきたイワンは、二人よりも頭ひとつ分も大きい。鍛え上げられた腕の筋肉が頬にめり込み、ヤンは鬱陶しそうに腕を振り払った。 


「今大事な話をしてたんだよ。高ぶってんなら、向こうで発散してきてくれ」

「なんだよ、俺は仲間外れかよお」 


「しつっこいな。大事な話だって言ってんだろ!」 

 

 虎にじゃれつかれた子猫に抵抗する術がある訳もなく、瞬く間にヤンはイワンに抑え込まれた。イワンが浮かべる表情は、遊びの最中の大型犬のように朗らかなものだが、その力は文字通り猛獣に匹敵するほどのものだ。 


「おい、リシャールッ。話はまだ――」


 終わってないぞ、と追いかけてくるヤンの声を振り切るように、シャルムはその場を離れた。あと3人――父王と王妃、カルムを排すれば、自分をシャルムと呼ぶ者はいなくなる。晴れて、リシャールとしての人生が始まるのだ。


 王族が全員葬られれば、ブランに再起の道はない。指導者を失ったブランが、完全にノワールの手に落ちるのを待ったのち、統一国家となったノワールを乗っ取るのが、シャルムの計画であった。


(……更にラークを味方に引き入れられれば、私の地位は盤石なものになる)


 そのためには、餌としてまいておいた、灰色の目と髪の少女が必要不可欠だ。王族を始末し、あの娘を回収できれば、もうこの国に用はない。


(……まさか、こんな形で役に立つ日が来るとはな)


 自分に“噓をついた”女が孕んだ、シャルムの血を引く子ども。生まれる前に女のもとを去ったため、シャルムは赤子の性別すら知らなかった。だから、彼が娘と再会したのは、偶然に過ぎなかったのだ。――もっとも、彼女の方はシャルムのことなど、かけらも覚えていなかったのだが。

 

 

『……いらっしゃいませ』



 ラーク・ミュセルの情報を得るために、テヌール収容所の近くを散策していたとき、シャルムは休憩しようと、手ごろな料理店へ入った。出迎えてくれたのは、灰色の目と髪をした少女で、その色自体が珍しいのはさることながら、彼女から発せられる肌がひりつくような魔力量に、シャルムは思わず後ずさりした。



『こちらへ、どうぞ』

 


 死んだ魚のような目をした娘からは、接客商売をしている自覚が全く感じられなかった。席へ案内される間、注意深く彼女の顔を観察していても、不躾な視線には慣れているのか、少女には気にする素振りすら見られなかった。


 髪や肌に気を遣う余裕もなく、そもそも栄養が行き届いていないせいもあったのだろう。頬はこけ、目の下にはクマができていたが、ゆるく弧を描いた眉と垂れた目尻は、磨けば美人になると予感させるものがあった。



(……私に、似ていなくもない)


 

 容姿に並々ならぬ自信を抱いていたシャルムは、このみすぼらしい娘と自分の顔が似ていると、認めたくはなかった。しかし、見れば見るほど、少女の顔は自分に瓜二つだと思えてきてしまうのだ。

 

 料理を待つ間、ずっと少女を目で追っていたシャルムは、他の店員が彼女にちょっかいをかけるところも目撃していた。何かぶつぶつと文句を口にする店員に、掴みかかられた娘の胸元が崩れた。――その、隙間からこぼれ出た“パールのペンダント”に、シャルムは目を奪われた。


(……あれはっ) 


 シャルム――リシャールが、恋人であったエイミーに贈ったものに、違いなかった。自らが魔術を施した品である。見間違える筈もない。



(……私の、子どもなのか?)



 あれほど子の誕生を待ち望んでいたエイミーが、こんな劣悪な環境で娘を働かせているとは思えない。だが、娘があんな色をしているのであれば、“普通に”育てることは、まず無理であっただろう。何か事情があったと考えるのが、自然だ。


 厨房の奥へと少女が移動したため、その姿は見えなくなってしまったが、依然として鞭打ちのような音や怒号は店に響いていた。


(……やりすぎでは、ないか?)


 夕飯にはまだ少し早いが、店内にはそれなりの客の姿があった。見聞きされることを全く厭わないような言動に、シャルムは違和感を覚えた。


(これほどの叱咤、気を悪くする客もいるはず……)


 事実、客の中には罵声が始まると金を置いて席を立つものが、ちらほらいた。しかし、数分後に食事を運んできた少女に対して、シャルムの中に湧き上がってきたのは嗜虐的な感情だった。


『お待たせいたしました』


 感情のこもらない声で呟く娘の手には、幾重もの赤い跡がついていた。湯気を立てる料理の熱に耐えるように、血の滲んだ指がふるふると震えている。うっすらと膜を張るように滲んだ涙をこぼせば、どんなにか無様なことだろうと、シャルムは暗い笑みを浮かべた。


(私から最愛を奪ったのだ。もっと苦しむ姿を見せておくれ)


 少女が厨房へと戻ると、食事を一口進めたシャルムは、はたと我に返った。 


(……なんだ?)

 

 自分の中に渦巻く、愉悦にも似た黒い感情。それは普段表に出ることが無いよう、厳重に注意を払っていたものだった。


(それなのに――)


 あの少女を目前にした途端、理性のタガが外れるように、感情があふれ出してきた。まるで胸の奥底に封印したものを、ずるずると引きずり出されていくような感覚。不気味なことに、シャルムはそれを不快ではなく、壮快だと感じたのだ。


(…………固有魔術か?)


 シャルム自身も魅了の力を持つからか、人の精神に深く作用する固有魔術の使用が真っ先に疑われた。


(だが、特性はなんだ……?)


 自分のように、他者を夢中にさせる、狂わせるような力ではない。むしろ、人の本質を引き出すような……。そこまで考えて、シャルムはある能力に思い至った。


 ブランの初代王が持っていたといわれる、“開心の力”。人の心を自然に開き、本質を引き出すといわれる力。それを、この少女は持っているのかもしれない。厨房で怒り狂っている女将は、彼女によって悪意を引き出されていると考えれば、行き過ぎた言動にも説明がつく。



(……しめた)



 こうしてシャルムは、開心の力を持つ自身の娘を使って、ラーク・ミュセルを取り込む作戦を思いついたのだった。シャルムにとっては、成功する見込みが低くとも、手札に加えられれば僥倖程度のものに過ぎない、二人の出会い。


 ――それが自らを追い詰めることになることを、シャルムはまだ知らない。


  


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