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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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解ける心

 カルムが語るのを止めると、衣擦れの音すら響くような静寂が、部屋を包み込んだ。薄布の向こうにいるカルムが、いったいどんな表情でこの話をしているのか、リタ達の方から見ることは叶わない。


 ――けれど彼が深く後悔していることは、沈んだ声色にあらわれていた。


 

「……あの日私は、あの子に会いに行けなかった」


 

 その口調は、リタに話して聞かせるというよりも、ひとり懺悔をしているかのようだ。


「思い詰めたシャルムは、私ではなく、母上の部屋を訪れた。……そして、強大な魅了の力でもって、母上を――昏倒させてしまったのだ」


 精神に関わる魔術は、被術者に多大な負担をかける。シャルムの母に振り向いてほしい、自分を“1番に”愛してほしいという感情は、尋常でなく強いものだったのだろう。固有魔術として発現した魅了の力は、王妃の気を失わせるほど絶大な威力を発揮した。


 しかし、ブラン王族が代々所有する、精神に作用する固有魔術の中でも、魅了の力は“人の本質を捻じ曲げる”ものとして、忌み嫌われていた。幼いシャルムがうまく力を制御できていない事態に、父王であるサージュは頭を抱えた。魅了そのものが悪いわけではないが、“私欲”の強い者が手にするには、あまりにも危険な力だったからだ。



「そして父上は、シャルムの心に寄り添うのではなく、魅了の力を“封じよう”とした」



 本来は、即位した国王しか目にすることのできない王家の秘宝。そのひとつである封印の腕輪を持ち出すために、シャルムを連れて宝物庫へと足を踏み入れたのだ。シャルムは王命により、左手首に封印の腕輪をはめて生活することを、余儀なくされた。



「……それからあの子が、私のもとを訪れることは、もう数えるほどしかなかった」

   

 

 一連の事件があってからしばらくして、思い出したようにシャルムがカルムの前に顔を出した。しかしカルムはもう、シャルムから以前のような、親密な空気を感じることができなくなってしまっていた。少なからず動揺した兄に、弟は失望したのか、カルムの居室が離れに移されてからは、ついぞ一度も部屋を訪れることはなかった。 



「だから私が話せるのは、子どもの頃のシャルムの――昔話だけなんだよ」

「…………」


「かえって、混乱させてしまったかもしれないね」

  


 その言葉を最後に、もうカルムが口を開く様子はなかった。長話をしてもらったからには、何か言うべきだと思うのに、リタはどう相槌を打ったら良いのか分からず、鏡の中の灰色の瞳を覗き込んだ。



(……全然知らない人の、ずっと昔の話なのに――) 


 

 なぜこうも、胸を締め付けられるのだろうか? リタの左手は、知らず知らずのうちに、首元のチェーンを探っていた。ワンピースに着替えた後も、ずっとつけたままでいた、パールのペンダント。身寄りのない自分に、母が遺してくれた唯一の贈り物。


 

(……そうか)



 チェーンを引き出し、そのつるりとした球体をなぞった瞬間、唐突にリタは理解した。

 


(3番目の王子さまは、きっと――さびしかったんだ)


 

 王子として生まれ、地位や権力に恵まれていても、彼は決して満たされてなどいなかった。両親や兄に囲まれていても、常に兄と比較されるばかりで、母親の愛も関心も献身も、そのすべてが長男に一身に注がれていた。


 

(……そんなの、辛すぎる)



 孤児として育ったリタからすれば、シャルムの生い立ちは、自身よりもかなりまっとうなものであった。それでも、リタがそんな人生に希望を見出してこれたのは、母親が自分を愛してくれていたのだと、確かに信じることができていたからだ。



(……おかしいのかも、しれないけど)

  


 何の根拠もないけれど、胸を満たしてくれるこの絶対的な安心感を、シャルムは知らずに育ったのだ。


 

「……かわい、そう」



 思うより先に、憐みの言葉がリタの口をついて出ていた。王族に対する不敬とも取れる発言に、リタはペンダントから手を離して、慌てて口を覆った。だが、セナやテオドール、ディルの見開かれた目は、彼らにも聞こえていたことを証明していた。



(……どっ、どうしよう)



 いくらカルムが温厚な人間だからと言って、かわいがっていた弟を侮辱されれば、いい気はしないだろう。リタはすうっと血の気が引いていく自分の顔を、鏡を通して呆然と見つめていた。


 ――しかしリタの予想に反し、カルムがすぐさま問いただしてくることはなかった。代わりに部屋の奥から聞こえてきたのは、まるで泣いているかのように、鼻にかかったカルムの声で。



「……君は、そう言ってくれるんだね」

「…………え、えっと――」



 リタは弁解しようとするも、墓穴を掘るのではないかと言い淀んだ。カルム・ブランという人は、真に聖人君子のような心根を持っているのかもしれない。暴君のように憤り罰せられるかと身構えていたリタは、きまりが悪くなってしまった。  


  

(3番目の王子様に、この人の気持ちが伝わればいいのに……)

  


 母である王妃からの“1番の愛情”は受けられなかったのかもしれないが、少なくとも兄であるカルムは、弟の身を心から案じている。こんなにも自分を想ってくれる人がいるなんて、とても幸せなことだ。


 

(……いつか二人が、また会えますように)

 


 ――まさかその願いが数時間後に実現し、自らもその場に立ち会うことになるなど、このときのリタは想像もしていなかった。



◇◇◇ 


 

 グリーズ島の海に面した崖では、魔女が去ったことにより、天候が元に戻りつつあった。雲間から差す茜色の光は、今日がもう終わりに近いことを示している。ミランダとコリンは、決着がついた以上、早々に城へ帰ろうとしていた。

 

 

「どうにかして、魔女よりも早く王城に向かわなきゃ」

「気持ちだけ焦ったってさあ……」 

 

 

 組んだ腕にギリギリと爪をたてるミランダとは対照的に、コリンはあくびをしながら答えた。二人は森近くに避難していたものの、荒れ狂う暴風雨の中で防御魔術を張り続けていたため、それなりに魔力を消耗しており、強い眠気に襲われていたのだ。



「1日休めば、どうにかルブニールを使えるかもしれないわ」


 

 魔女のホウキの移動速度から推定するに、王城へたどり着くのは明日の日の出以降だろう。魔力を回復させて転移魔術を4人で発動すれば、ギリギリ魔女より早く王城へ帰還できるかもしれない。


「え~……、本気? 一人死にかけてるよ?」 

 

 コリンの言う死にかけとは、もちろん魔力を枯渇させたラークのことである。魔力を回復させるには、体力と同じように、良質な睡眠と栄養のある食事をとれば良い。けれどそのためには、野宿ではなく宿を探さなければいけないし、極限状態からの回復に1日は短すぎる。


「それでも、もうそうするしか間に合う方法がないのよ。……中尉も、そう思いませんか?」 


 ラークとの話を終えてから、立ちすくんだまま彼の返答を待っているトーマスに、ミランダが指示を仰いだ。上官であるトーマスが自身の意見に賛成すれば、コリンに逆らう術は残されていない。

 

「そうだな……」 


 トーマスはラークに目線を固定したまま、魔女に敗北した“最強の”魔術師に、判断を委ねた。


「お前は、どうしたい?」

「…………俺、か?」


「他に誰がいるんだよ。……リタちゃん、魔女のいいようにされていいのか?」


 苦笑しながら、トーマスが片手で髪をかき上げた。答えはもう分かっていると言わんばかりの、そのしたり顔に、ラークは無言で首を振った。


「……明日、帰りたい」 

「ははっ、そうこなくちゃな」


 心は決まったと、銀色に輝く据わった目で、ラークはミランダを見据えた。


「……頼めるか?」


 故郷を救ってくれた憧れの魔術師――ラーク・ミュセルが、自分に頭を下げている。ミランダの持つ増幅の力がなければ、4人でルブニールは使えないのだから、当然といえば当然だ。そう分かっていても、頼りにされたことに、ミランダの胸は炎を灯したように熱くなった。


「頼むも何もないわ。――4人でないと、転移魔術は使えないんだから」


 ラークから顔を背けて、ぼそぼそと返事をするミランダ。しかし、その耳は赤く染まっており、すかさずコリンが口を挟んだ。

 

「ミランダって、ほんとに損な性格だよねえ」 

「はあっ!? そういうアンタだって、生意気なことこの上ないわっ」


「おいおい、二人とも落ち着けよ……」  


 仲裁に入ろうとするトーマスに、上官命令ならやめます、と二人が食って掛かった。



 ――やいやいと騒いでいる3人の姿を見つめるラークは、水たまりに映った自身が、微笑んでいることには気が付いていなかった。



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