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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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カルムとシャルム

 シャルム・ブランは、カルムが2歳のときに生まれた末の弟だった。第3王子として生まれた彼は、後継者として有力視こそされていなかったものの、幼い頃から何事も人一倍頑張っていたと、カルムは記憶している。


『シャルム殿下は、本当に飲みこみが早くていらっしゃる。この教本は、もう2、3年してから習うはずのものでございますよ』

『……そうなんだ』


 シャルムの優秀さは、教師の認めるところでもあり、両親や兄達も喜ばしく思っていた。しかし当のシャルムの顔は、いつもどこか暗く、そのことに気付いているのが、自分一人であることに、カルムは危機感を抱いていた。


(父上も母上も、子ども達を構うには――あまりにお忙しい) 


 弟を案じたカルムは、彼が8歳になった冬の日、話があると自室にシャルムを呼び出した。この頃はカルムの病状はまだ軽く、王子達の部屋は隣同士であったにも関わらず、シャルムが兄達の部屋を訪れることは滅多になかった。

 

『兄さま、お話とは何ですか?』


 案の定、シャルムは落ち着かない様子で、扉のすぐそばに立ったまま、近づいてこようとはしなかった。廊下の側は寒いだろうに、部屋の中央の暖炉から距離をとる彼は、凍てついた氷の像のようだ。


『特に用はないよ。シャルムとゆっくり、話したかっただけなんだ』

『…………』  


 パチパチと目をしばたいた後、満更でもないという表情でシャルムが笑みをこぼした。こんなことで喜んでいる姿には、城の中で“彼自身に”向き合おうとする人間が、いかに少ないかが如実に表れていて、カルムの胸が痛んだ。


(良くも悪くも、“僕達”は期待されていない)


 王子は3人とも王妃グレイスの子であり、有事の際のために産み落とされた弟二人は、あくまでクラージュのスペアでしかない。それでも頭の良いカルムは、身体を悪くするまでは、運動神経の良いクラージュと引き合いに出されることも多かった。一部の貴族からは、カルムを王太子にと望む声が上がっていたほどだ。 


(……しかし、シャルムは)


 中性的でほっそりとした体型のシャルムは、成長してもクラージュを力で上回る見込みは低く、座学もカルムには及んでいなかった。どちらもそつなくこなす彼は、カルムからすれば素晴らしい才能を持っていたのだが、悪く言えば――パッとしなかったのだ。


 その日は結局、シャルムが戸口から近づいてくることはなかった。しかしカルムがめげずにお茶に呼び続けると、そのうち呼ばずともシャルムの方からやって来るようになった。忙しいであろうに、時間を見つけては会いに来る弟を、カルムは以前にも増してかわいがるようになっていた。



◇◇◇ 


 

 季節が流れ、厳しい寒さが過ぎ去ると、カルムのベッドの足元にある窓辺が、シャルムのお気に入りの場所になっていた。開け放たれた窓にもたれて、レースのカーテンを揺らす風に目を細める横顔からは、心を許しているのが伝わってくる。カルムは安堵する一方で、いまだ彼が愁いを帯びた瞳をしているのが、気になっていた。


 そしてある夜、辛抱強く待っていると、堰を切ったようにシャルムが悩みを打ち明けてきた。

  

 

『兄さまは、おかしいと思いませんか?』 



 悩みというよりも、絶望に近いそれは、クラージュが王位を継ぐのが絶対という、ブランのしきたりに対するものだった。普段は夕方までに帰るシャルムが、夜になっても部屋に残っている時点で、カルムは何かあったのだろうとは察していた。しかし内容が内容なだけに、安易に同調するわけにもいかない。


 

『兄さまは、王位を継ぎたくはないのですか?』


 

 心が緩んだ拍子に、シャルムの口から飛び出た反逆とも取れる問いかけに、カルムの隣に控えていたセナが、すぐさま止めに入ろうとした。カルムは一時、後継としてクラージュの立場を危うくしたこともある。迂闊なことを言えば、いくら病に侵されているとはいえ、第1王子派に目を付けられかねない。


『セナ、そう慌てないで。……大丈夫、僕は王位には興味はないから』

『……かしこまりました』 

 

『なぜですかっ。兄さまの頭脳があれば、この国はもっと――』  

 

 尚も言いつのろうとするシャルムを、これ以上は誰かに聞かれれば庇いきれないと、カルムは声を低めてくぎを刺した。


『継承権とは、そういうものだ』 

『…………』 


 シャルムはまだ不満そうだったが、大きな声を出したせいで咳き込む兄の姿を見て、口をつぐんだ。カルムの病が良くなる類のものではないことは、幼いシャルムにも何となく分かってきていたのだ。セナが手にした水差しから、口を離したカルムは、夕映えの空のように柔らかく微笑んだ。


『シャルムが私を認めてくれたのは、嬉しいよ。――ありがとう』

『……兄さま“は”、ご立派です』


 不自然に強調された部分には、気づかぬふりをして、カルムは話を続けた。

 

 

『私は、この国の民が幸せでいてくれれば、他に望むものはないんだ』


 

 病に侵されてから、自由に出歩くこともままならなくなり、体調が悪い日は、本を読むことも食事をとることもできなくなってしまった。全ての娯楽が失われ、痛みと苦しみが支配する世界で、唯一カルムに安らぎを与えてくれるのは、セナを始めとする、周りの人間の笑顔だった。


(幸せそうに笑う人を見ると、私も心が温かくなる。民が楽しい毎日を送れていれば、その生活を想像して、私の心も華やぎ、浮き立つ)


 常人であれば精神すら病んでしまうような状況下で、カルムが聖人に等しい精神状態に至ったのは、彼の持つ固有魔術――鎮静の力によるものが大きかった。微笑をたたえたカルムの横顔は、波のない大海原のように静かだ。


 そして、カルムのゆるぎない態度は、本人の意図しないところで、シャルムに強い疎外感を与えてしまっていた。


『冷えるから、今日はもう部屋にお戻り』


 春とはいえ、夜はまだ冷える。セナに窓を閉めるよう伝えると、ベッドに腰かけたまま、カルムは手を振った。

 

『おやすみ、シャルム』

『……おやすみなさい、兄さま』


 小さくなっていく背中に、何か計り知れない大きな闇を抱え込んでいる気がして、カルムは胸騒ぎを抑えるように、ぎゅっと寝巻の胸元を掴んだ。

 


◇◇◇ 

 


 それから1年後、カルムは自身の不安が杞憂ではなかったことを、思い知らされることとなった。


 9歳の誕生日を迎えたシャルムは、両親とクラージュと共に、家来を引き連れて王城の裏の森へ狩りに出ていた。まだ固有魔術を発現していなかったシャルムは、狩りの腕でもって、自身の強さを両親に示そうとしたのだろう。


 体調の優れなかったカルムは、居室で待っていたため、その場には居合わせていなかった。楽しい一日になるとばかり予想していたのに、帰ってきたシャルムが、カルムの居室を訪れることはなかった。


 しびれを切らしたカルムが、セナに様子を見させに行くと、シャルムは狩猟の後から部屋に引きこもったままだという。狩りに同行していた家臣を呼び、一連の話を聞いたカルムは、あまりのことに手で顔を覆った。


 

 ――シャルムは狩猟で、無事に立派な牡鹿を仕留めることができたそうだ。しかし、森で休憩をとっていたところ、突如大きなクマが一行を襲ってきた。家来が応戦したものの、槍が肩に刺さって痛みで我を失ったクマは、並んで座っていたクラージュとシャルムに突進してきたのだという。



『それでシャルムが、ケガをしたのかいっ?』

『……いえ、お二人ともご無事です。ですが、そのとき――』

  


 王子に迫りくるクマを見て、誰よりも早く動いたのは、二人から数歩離れた場所にいた王妃グレイスだった。グレイスは身を挺して“クラージュ”を守り、クマは家臣が押しとどめた。誰もが皆安堵するなか、シャルムだけは青ざめ、震えていたのだという。


 

(……母上が、兄上を庇ったからか) 


 

 9歳になったばかりの弟には、さぞかし耐え難い光景であったに違いない。もともと存在意義が揺らぎかけていた、あの子のことだ。放っておけば大変なことになるだろう。


 事態を重く受け止めたカルムは、早急にシャルムに会おうとしたが、焦りのせいか発熱してしまい、その晩は寝込んでしまう羽目になった。



 ――まさにその晩、王妃の部屋を訪れたシャルムは、母への想いから歪な形で、固有魔術を発現することとなったのだった。



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