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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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兄と弟

 周囲の喧騒が、水中に潜ったかのように遠のいていく。実の弟が――ブランの第3王子であるシャルムが、王家の秘宝を盗んだことも、ノワールに与していることも、その全てがクラージュの理解の範疇を超えていた。



「お前はっ……、自分が何をしているのか分かっているのか!」



 クラージュの体内で、沸騰するかのように沸き立った感情は、結局怒りとして表出した。真っ赤に染まった顔は、位が下の者が見れば、腰を抜かすほど恐ろしいものだ。しかし、5歳下の弟にひるむ様子はなく、寧ろ愉快そうに笑みをたたえている。それを見て、クラージュは剣を手に攻撃の姿勢をとった。

 

「何がおかしい?」

「……いえ、あまりにも動揺しておいでなので」 

 

「私の質問に答えろっ。釈明するなら――今の内だ! 血を分けた弟であっても、我が国に害なす者は排除するっ」


 シャルムの口から笑みが消え、ぞっとするような無表情になった。クラージュは、自らの叱咤が効いたのだと期待したが、なかなか弟に事情を打ち明けてくる様子はない。ようやく口を切ったかと思えば、シャルムはクラージュでも戦場でもなく、青空を振り仰いでこう告白してきた。


「ずっと、納得できなかったんですよ」

「……?」   


 シャルムは外套の上から、左手首をくるくるとさすりだした。痛みに耐えるというよりも、そこに巻いてあった包帯の感触を確かめているかのような仕草に、クラージュは既視感を覚えた。――そう、幼いシャルムは、封印の腕輪を“隠すために”包帯を巻き、よく左手首を撫でていたものだ。


 

「なぜ、兄上が王太子なんでしょうね?」



 呟かれた質問の意図が分からず、クラージュは首を傾げた。


「……どういうことだ?」 


 一番最初に生まれ落ちた者が、王太子として国を継ぐ。ブランが建国されて以来、受け継がれてきた伝統に、何の問題があるというのだろうか? クラージュにとって、自身が後継者であるという事実は、呼吸をしなければ生きていけないのと同義に、当たり前のことだった。

 

「手にしている者は、与えられることを疑いもしないのですよ」


 かつては自らと同じ銀色をしていた弟の瞳が、真っ黒に染まり、クラージュを見つめていた。


「でも、問題ありません。私はブランを滅ぼし――“この島”の王になるのですから」

「……なっ」


 ブランがノワールに敗北すれば、今度こそ属国ではなく統一国家としてノワールに吸収されてしまうだろう。グリーズ島の頂点に立つということは、統一後にノワール王をも、葬り去ることを意味している。

 

(そんなことが、まかり通るとは到底思えん)


 しかし、世迷言を口にする弟を、このまま生かしておくのは危険すぎる。クラージュは大きく息を吸い込むと、迷いを振り払うかのように、連撃を繰り出した。



(……なぜっ、こんなことに――)

 


 年齢差もあり、武術も頭脳も、自身やカルムに届かなかった末の弟――シャルム。それでもひたむきに努力を続けた彼は、やがて魔術で兄二人をも凌駕する才能を発揮した。そしてそんなシャルムを、クラージュは誇りに思っていたというのに……。


 

「兄上、最期に言い残すことはありますか?」

 

 

 剣劇を飄々と避けながら、シャルムが腰から短剣を抜いた。武術よりも魔術での戦いに慣れているシャルムは、護身用の短剣しか持ち合わせていない。


「随分と、舐められたものだな」


 それでどう自分に勝つつもりなのかと、クラージュは唇を嚙み締めた。



 ――それから、片方が命尽きるまで、兄と弟の間に会話が交わされることは、二度と無かった。



◇◇◇ 



 クラージュとシャルムが対峙している頃、ブラン王城でも襲撃に備えて警備が強化されていた。城の主要部では、兵士たちが頻繁に出入りし、ものものしい空気が醸し出されている。しかし、カルムのいる離れを出入りする人はまばらで、少し騒がしいとは感じつつも、リタ達はまだ城内に留まっていた。



「……あの、こんなことまで、して頂くのは――」 



 そして今、リタはテオドールやディルと共に、カルムの居室に招き入れられていた。というのも、リタのボサボサの髪を見咎めたカルムが、侍女であるセナに整えるよう命じたためである。セナはカルムの傍を離れることを了承しなかったため、リタが居室へ移動することとなり、芋づる式に残り二人が付いてくることになってしまった。


「殿下のご意向ですので、そういう訳には参りません」


 椅子に座ったリタは、頭上から降ってくる冷たい断りの言葉に、それ以上抵抗できずに口をつぐんだ。誰かに髪を切られたこと以前に、触られたことすら無かったため、細い指にかき分けられる感触に、背中がぞわぞわしてしまう。

 

「これから切っていきますので、急に頭を動かさないでくださいね」


 髪を切る前に、セナは櫛でとかしてくれていたのだが、その手つきは口調と反して優しく、ひきつれて痛い思いをすることは一度たりともなかった。さすが、王族の侍女だと感心しながらも、リタは自分に対しても礼を尽くすセナに、どう接したらいいのか分からず、冷や汗をかいていた。


「なるべく、長さは残しておきますね。今後、結う機会も多いと思いますので」


(……ゆ、結う?)


 今までもノワールで働いていたときは、後ろで適当にひとつに結んでいたが、あれは結うというよりも束ねただけに近かった。髪を美しく結うのなんて、それこそ金と時間に余裕がある者のすることだ。そんなことを、自分が今後すると思われていることに、喜びよりも恐怖を強く感じてしまう。



(……こんなに良くしてもらって、どうしよう。本当に王族の血を引いているって、分かった訳じゃないのに)



 “本当のこと”が明らかになったら、自分はどうなってしまうのだろう。実はブラン王族とは何の関わりもなくて、灰色の目も髪も、ただの生まれつきだとしたら、ノワール人のリタは殺されてしまうかもしれない。


(……怖い)


 穏やかに接してくれていた人が、手のひらを返したように糾弾してくるのではないかと思うと、リタの肩には無意識に力が入ってしまった。

     

「痛みましたか?」

「……い、いえ」


 こんな考えを人に話すわけにもいかず、リタは黙り込んだ。そんな彼女に声をかけたのは、薄布の向こうに身体を沈めたカルムで。乾いた咳が数回響いてから、しんとした部屋にベルベットのように柔らかい声が染み込んだ。


「……怖がらなくて、いい。君は絶対に、シャルムの血を――引いているから」

「…………」


 そう言われても、リタはシャルムの顔を見たこともない。返事をしなければと思うのに、姿見に映った自分の顔を凝視したまま、固まってしまう。似ているのは、幅の均一な二重の瞼だろうか? それとも、薄い唇?


(……見た目が似てるって、言われても――)

 

 あくまでそれは、カルムの主観に過ぎない。上質な服に身を包み、貴族のように髪を結われている鏡の中のリタは、自分ではない他の誰かみたいで、違和感に気持ち悪くなってきてしまった。


「お加減が、優れませんか?」 


 無意識に膝の上で指をいじりだしてしまったリタは、セナに指摘されたことに赤面し、ぎゅっと両の手を握りしめた。 

 

「……い、いえ。大丈夫、です」 


 見苦しい癖を、テオドールやディルにも気付かれてしまったのではないかと、リタは気が気ではなかった。床に座らされたディルと、その隣に立つテオドールは、特に気にも留めていないようだったので、ほっと胸をなでおろしたものの、セナの声はカルムにも届いていたようだった。

 

「……少し、話をしてもいいかい?」


 穏やかなカルムの声は、静けさを更に深めていくようだ。暖炉に灯された火が部屋を赤く染め、薄布をゆらゆらと舐めるように照らした。


「殿下、本日はもう、お休みになられた方が――」 


 セナが口を挟もうとしたが、それに被せるように、カルムが強い口調で割り込んだ。


「シャルムの話だよ」

「…………」


 押し黙ったセナは、リタでなければカルムの話を止められないと判断したのだろう。けれどリタは、カルムの身体よりも、シャルム・ブランについて知りたいという気持ちの方が強かった。


「……お願いしても、いいですか?」

「……ああ」


 こうしてカルムは、第3王子として生まれ落ちたシャルムが、いかにして闇を抱え込んでいったのかを、語りだしたのだった。  


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