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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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わだかまり

 愛する者を失った人間は、必ずその喪失を“何か”で埋めようとする。代わりの人間を宛がうこともあれば、物で誤魔化すこともあり、趣味や仕事に没頭することで、欠落そのものを、見てみぬ振りをする者も多い。


(父上も、また……) 


 トーマスの父親である、カーシェル公爵もまた、後妻で自らの孤独を紛らわせた一人だ。父の抱える女を失った悲しみを、埋められるのは女だけだった。だが、幼いトーマスには、その選択は酷なものであった。


『母様は母様だけです! 新しい母様なんていりませんっ』

『…………』

『父様はもう、母様のことなど――忘れてしまったのですか?』  


 浮気者と罵ると、父はトーマスに頭を下げた。子である自分に父が頭を下げたのはこれが初めてで、トーマスはギョッとして固まってしまったのを覚えている。


『……すまない、トーマス。私のためなのだ』

『僕が跡継ぎを立派に勤めます! ですから――』


『……すまない』  

 

 父の決意は固く、何を言おうと揺らぐことはなかった。継母が来てからも、受け入れるまでに相当時間がかかったが、そのうちトーマスは悟った。


 

「……人間、そんな強いやつばっかりじゃねえよ」



 父は後妻を取ったけれど、トーマスの実母を愛していなかった訳ではなかった。寧ろ、愛していたからこそ、その重みに耐えることができなかったのだ。



「お前にとって、シエラ・ミュセルは特別大事な存在だろう。けどな――」

 


 ラークもまた、父と同じなのかもしれない。シエラを愛しているが故に、彼女に似たリタを求めてしまっているという点で。


 だが、トーマスの継母とは違い、リタはシエラの代わりであることに苦しんでいる。苦悩をひとりで抱え込むならいざ知らず、誰かを巻き込んでしまっているのなら、どこかで折り合いをつけなければいけない。


 

「それが、リタちゃんが“特別じゃない”って理由になるのか?」

「……っ」



 目を見開いたラークは、トーマスの言葉に衝撃を受けてはいるものの、まだ意味を理解しきれていないようだった。

 


「妹の代わりにしたって、誰でも良かった訳じゃないはずだ。心を失ってから、リタちゃん以外にお前の心を動かしたものがあったのか?」



 強張ったように顎が動かなかったが、ラークは心の中で「無い」と答えた。


 

(……そうだ)


 

 冷え冷えとしたノワールの監獄で、リタの言動から伝わってくる仄かな温もりに、ラークは癒されていたのだ。シエラとリタは、どことなく顔立ちが似ているが、甘え上手で愛嬌のある妹とは違い、リタは儚く健気な雰囲気をまとっていた。


  

(……同じでは、ない)



 魔術のせいでシエラの代償にされているが、リタはシエラではない。そして、自分が何にわだかまっているのか、ラークはようやく気が付いた。



 ――シエラの代わりだから、リタを気にかけているのではない。シエラの代わりにできる程、リタを大事に思い始めているのかもしれない、ということに。

 

 

◇◇◇



 フルーヴ川近郊の平原では、ブランの第1王子クラージュが、援軍を指揮して陣形を組ませていた。クラージュは自らが先達することで、全体の士気を高めたかったのだが、父王の命により、部隊の最後尾に身を潜めることとなってしまったのだ。


 王太子として、自身の身を危険に晒すのは好手ではないと承知していても、こそこそと隠れているのは性に合わない。戦いに加わろうにも、クラージュの前には分厚い歩兵の壁があり、攻撃するには魔術を使わなければ無理だろう。


(……魔術は、あまり得意ではないのだがな)


 弟のカルムやシャルムに比べて、クラージュは魔術を扱うのが苦手で、戦場で使えるような腕は持ち合わせていなかった。ブラン人にしては珍しく、高身長で肉付きも良いクラージュは、魔術よりも武術に精を出していたのだ。武術に秀でたノワールへの対抗意識も手伝い、クラージュの武術は国でも指折りのものになっていた。


 

(……それでも、“黒豹”には遠く及ばないがな)



 体格に恵まれたノワール兵の中でも、特に力と俊敏な動きに長けた者で構成された部隊――黒豹。彼らは剣だけでなく、槍や弓などの複数の武器の扱いに精通し、ブランの魔術兵が魔術を発動させるよりも早く、攻撃を仕掛けてくる非常に厄介な敵であった。彼らを屈服させなければ、ノワールに勝利することはまずできないだろう。


 絶え間なく指示を出しながらも、クラージュは脳を忙しく回転させていた。――そこへ、魔術兵と弓兵で固めた右翼部隊から、偵察に出ていた見張りが戻ってきた。

 

 

「殿下! 前方より騎馬隊が接近してきておりますっ」  



 “騎馬隊”ということは、先陣を駆けてきたのは黒豹の一択だろう。彼らは投てき用の槍を部隊に投げ込んで場所を作り、降り立つと小回りの利く武器で周囲の兵をなぎ倒していく。盾で守りを固めていようと、騎馬隊と降り注ぐ槍の恐怖に打ち勝つのは難しい。崩れた陣形を戻すことができずに、戦時中敗れたことは一度や二度ではなかった。 


 

「弓兵は、弓を構えろっ、魔術兵は杖を持て! 奴らを近づけさせるなっ」



 クラージュは、右翼と同様に魔術兵と弓兵で固めている左翼にも、号令を出した。魔術兵といっても、高位魔術師の数は足りておらず、大した足止めは期待できない。


 ラーク・ミュセルが得意としていた、重力魔術。ああいった範囲攻撃で黒豹の動きを止めることができれば、ブランの勝利への切り口が開ける。だが、今はガイを含む半数の高位魔術師は、ノワール軍にここを突破される事態に備え、王城に残っていた。

 


「殿下っ、ノワール軍が間合いに入りました!」

 

 

 握りしめた拳を見つめていたクラージュは、はっと顔を上げた。弱気になっている場合ではない。己にできることは、自身の持つ鼓舞の力で兵の力を最大限に引き出し、勝利をもぎ取ることだ。


「矢を放て! 追い風を吹かせろっ」


 風魔術は調整の難易度が高いが、矢を遠くまで飛ばせるには、もってこいの手段だ。うまく連携を取れなくても、大まかに自陣から敵陣へ吹かせれば、それなりの風力になる。火魔術で火矢を混ぜれば、相手を怯ませることも可能だ。


 しかし、矢のいくつかはノワール兵に命中したものの、迫りくるノワール軍の数は一向に減っていかない。何か想定外のことが起きている可能性が高かった。前に控える歩兵達の中から、くぐもった悲鳴を拾ったクラージュは、声に魔力を込め、思い切り雄たけびを上げた。


「臆するな! お前達には、私がついているっ。例え最後の一人になろうとも、私は決してあきらめないっ」


 咆哮にこもった鼓舞の力にあてられ、兵達の目に光が宿った。皆の顔に流々とした勢いが戻ったことに安堵したのもつかの間、突然クラージュは肺を潰されたかのように息が苦しくなってきてしまった。あたりを見渡すと、みな同じように胸に手を当て、膝をついている者までいる。


(……なんだっ?)


 上からぐっと、見えない力で押さえつけられたような圧迫感。そう、まるでラークの扱う重力魔術を受けたような調子だ。しかし、彼は今この場にはおらず、そしてこれだけ広範囲に高等魔術をかけられる魔術師はブランにはいない。何より、魔術の影響を受けているのは、ノワール兵ではなくブラン兵だ。 


 あれよあれよという間に、人間とは思えないようなしなやかな動きで、黒豹が部隊へと飛び込んできた。長剣や短槍でブランの歩兵を、目にも留まらぬ速さで、次々と葬り去っていく。



「守りを固めろっ。突破させるな!」

「お逃げください! 殿下っ」



 あっという間に劣勢へと傾いていく戦況の中、クラージュだけは現状を受け入れられずに、呆然と立ち尽くしていた。もはや無意識で攻撃を躱していたクラージュは、気持ちを切り替えられないままに、無我夢中で黒豹へと攻撃を始めた。重力魔術のせいで、思うように身体が動かず、黒豹に切りつけられそうになったとき、何者かが振り下ろされた剣を受け流して止めた。


(……私と、したことが) 


 最後の一人と息を巻いていたにも関わらず、なんと情けない姿をさらしたのだろうか。礼を言おうと目線を上げたクラージュは、目の前に立っていた男の顔を見て絶句した。



「……シャ、シャルム?」


 

 その名を口にしたことに、自らも驚き口に手を当てる。戦後行方知れずとなり、死んだと思われていた実の弟。その弟に瓜二つの“黒髪”の男が、茶会でもしているかのように、穏やかな笑みを浮かべて立っているのだ。



「どなたかと、お間違いではないですか?」



 そのたおやかな声も、記憶している弟のものとそっくりだ。他人の空似とは思えないが、髪だけが白でなく“黒い”。しかし、黒髪の中に、青い石のはまった白銀の耳飾りを見つけた瞬間、クラージュは叫んでいた。 

 

「変色の耳飾りか!?」

「…………」

「なぜ、お前が……。まさかっ――」


 あたりに満ちている、重力魔術。これも、ブラン王族の血を引くシャルムであれば、魔力も技術も申し分なく発動させられる。


「なぜブランに攻撃する! 何を考えているんだっ」

 

 

 男はため息をつくと、左手で結わえた黒い長髪をそっとすいた。


 

「やれやれ、兄上はお変わりありませんね。ラークは魔女のところですか?」


  

 ここに来ていれば、十八番の重力魔術を彼になすり付けることができたのに、と男――シャルムは残念そうに頭を振った。



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