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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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唯一無二

「いい加減、諦めたらどう?」


 グリーズ島海岸部では、魔女ザハラが上空から、ラークに息をつく間もないほど激しい攻撃を浴びせていた。


「このままじゃ、死んじゃうわよ?」 


 既に崖の上はザハラが放った魔術の影響で、地面がボコボコに抉られている。降り注ぐ雨水が穴になだれ込み、池のように大きな水たまりが幾つもできていた。


 ミランダとコリンは、少し離れた森のそばで待機していたが、圧倒的な魔女の力に手の震えが止まらなかった。ラークのそばに残っているトーマスも、自分の身を守るので精いっぱいだ。

 

「おいっ! お前また、魔力切れを起こしかけているだろ?」

「…………」 


 それでもトーマスには、ラークの限界を察知する程度には余裕があった。


 

「これ以上は――命に関わるぞ」 

 

 

 ラークは激しい頭痛に襲われているのか、片手を額に当てて呻いているが、トーマスの忠告に耳を貸す様子はない。さっさと見捨てて逃げれば良いのに、今までになくムキになって戦うラークを、トーマスは何故か放っておくことができなかった。


 

(……本当に、貧乏くじもいいところだ)


 

 予測不能な行動をとるせいで、手に終えないと、並外れたカンを持つ自分のもとに送られてきた、最強の魔術師。凄惨な戦場に立たされようと、酒の場に呼ばれようと、顔色ひとつ変えないこの男が、唯一家族の――妹の話を振られたときだけ、頬を緩めているのに気付いたのは、いつだっただろうか?


 

(……きっと、あのときから――) 


 

 トーマスは、ラークに己を重ねていたのだ。妹だけに心を許した孤高の魔術師と、他の何を投げうってでも、レーヴとウェルデンを守ろうと誓った自らを。


 この男は、徴兵されていたもう一人の自分のようで、御守りとバカにされても、疎ましく思ったことはなかった。――だからこそ、生き延びてほしいと願っているのに、ラークに折れる気配は皆無だ。



「……ダ、……ダメ、だ」



 息も絶え絶えだというのに、銀色の瞳からは光が消えていない。自身が負ければ、リタが殺されるというのだから、当然といえば当然だろう。だが、もう魔力も体力も底をついているのは一目瞭然で、ふらふらと左右に揺れながら立っている彼の周りには、防御魔術すら張られていない。



「困った子ねえ。手荒なことはしたくないのに」

 


 魔女がうんざりしたように肩をすくめ、ラークに向かって杖を構えた。攻撃が来る前に先手を打とうと、ラークは呪文を詠唱しようとしたが、半分ほど口にしたところで、水たまりに倒れこんでしまった。


「……ぐっ」


 口の中に熱いものが溢れてきて、気持ち悪さからラークは吐き出した。血で赤く染まっていく泥水は、限界が近いという事実を、否応なくラークに突き付けてきた。


 身体を2つに折って咳き込むラークに、ザハラは躊躇することなく、追撃をかけようとした。しかし、見兼ねたシュルツが、魔女が魔術を詠唱する前に、慌てて細い腕を掴んで止めた。



「待ってください!」

「なによ? あとちょっとじゃない」


「……もう充分です。ラークを死なせるつもりですか?」

「そんなワケないでしょ。これくらい平気よ」

    


 だが、水たまりに半身を沈めたラークは、泥で茶色く染まったローブが重く、起き上がることすら出来ないようだ。この状況で攻撃すれば、万に一つということもあり得る。


 そう判断したザハラは、ワンピースに杖をしまうと、ラークの目と鼻の先まで、ホウキで下りて行った。

 

 

「認めなさい? あなたの負けよ」



 魔女がそう告げるのと同時に、あたり一面に降り注いでいた雨がピタリと止んだ。勝利を確信したことで、ザハラの心は、幾ばくか明るくなったのだろう。


 近くに寄って見ると、ラークの銀の瞳は、彼女が恋い焦がれたリシャールの瞳によく似ていた。その美しさに惑わされたザハラは、衝動的にラークに声をかけてしまった。


 

「今ならまだ、許してあげるわ。私と一緒に館へ帰りましょう?」

「…………」 

「ずうっと手元に置いて、かわいがってあげる。こんな島にいるより、もっと強くなれるのよ?」 


 

 魔女はラークに、救えなかった妹や家族への想いも、手にかけた数多の命の重みも、すべて捨てて大陸に渡ってしまえばいいと囁いた。――館で更なる魔術の研鑽を積み、戦禍を逃れて心穏やかに暮らす。それは魔術を志す誰もが望んでも、手にすることのできない未来だ。


 ――それなのに、ラークの脳に焼き付いているのは、物置部屋で別れたきりの、ひどく傷ついて揺れていた灰色の瞳だけで。


 

「……嫌です」



 思考するよりも早く、ラークの口から断りの文句がこぼれ出た。ザハラのレンガ色の瞳が燃えるように赤くなり、髪が風でぶわりと巻き上がる。また一雨きてもおかしくない空模様になってしまったが、今度はコントロールできているのか、雷が落ちることはなかった。


「そう。気持ちは変わらないのね。それなら――」

「……?」 


 奇妙に据わった目で、ザハラがシュルツの名を呼んだ。


「この子の未練を消しに行くわ。ついてきて頂戴」

「……ほ、本当にっ――」

   

 魔女は、罪のない少女を手にかけるつもりなのだろうか? しかしシュルツはその問いを、嫉妬に狂った赤い双眸に睨まれ、口に出すこともできなかった。


 ザハラはもう、決めたのだ。そして弟子である彼は、その選択を正すこともできずに、ただついて行くことしかできない。


 

「……分かり、ました」

 

   

 シュルツが自らに言い聞かせるように頷くと、ラークがやっとの思いで身を起こし、我を失ったように二人に叫んだ。


「やめろっ!」


 自身の知るラークとはかけ離れた姿に、ミランダは目を疑った。ラークが女のために、なりふり構わず相手に懇願している。――あんな、みすぼらしい灰色の少女のために。しかし、ミランダを動揺させたラークの言動は、魔女やシュルツには響いていなかった。


「聞くわけないじゃない? 負けた人間に指図されたくないわ」


 取り付く島もないザハラとは違い、シュルツの顔には苦悩の色が透けて見えた。

  

「僕だって、先生に人殺しなんてしてほしくないさ」


 それならば、と口を挟もうとするラークに、その隙を与えず、シュルツが冷たく言い放った。

 

「元はといえば、部外者を巻き込んだのはお前だろ? お前が素直に帰ってきてくれれば、その子は死なずに済んだんだよ」 


 ラークがリタを大切に思うからこそ、ザハラはリタに執着し、消そうとする。


 

「……俺の、せい?」


 

 呆然としているラークにため息をつき、ザハラはすうっと空高く浮かんでいった。


「他の女のことは、すぐに忘れさせてあげるわ。迎えに来るまで、大人しくしていてね?」


 魔女に呼びつけられたシュルツは、ラークに何か言おうと口を開きかけた。けれど、両手を地について微動だにもしない彼の姿に、唇をかんで師の後をついていった。

 

 

「……やめ、ろ」



 地に伏したまま、ラークはかすれた声で懇願するも、2つのホウキは遠ざかっていくばかりだ。


 王城の方角へと飛んでいった魔女達が、もう戻ってこないことを確認すると、トーマスは防御魔術を解いた。自身のローブが水たまりに沈むのも厭わずに、ラークの隣にしゃがみこみ、肩を掴んで強く揺すった。


 

「おいっ、しっかりしろ!」

「……俺が、……俺の、せいで――」 


  

 うわ言のように繰り返すラークに、トーマスが一段階声を大きくし、力ずくで顔を上に向けさせた。


「このままじゃ、リタちゃんが危ない。へばってる暇はないぞっ」

 

 しかし、虚ろな銀の瞳は焦点を結ばずに、宙をさまよっている。そこへようやく、ミランダとコリンが走ってやって来た。ミランダがラークを睨みつけると、冷え冷えとした声で詰問した。


「どういうつもりだったの?」 

「…………」


「ノワールの女を連れてきたり、魔女をけしかけたり……。あの女は、あなたの“何なの”?」

 

 トーマスは二人の会話を間近で聞きながら、ラークは答えられないだろうと踏んでいた。何かと聞かれれば、リタはシエラの代わりなのだが、そう割り切れていないからこそ、この男は彼女の存在を言い表すことができないのだ。


 

「……落ち着か、ないんだ」


 

 しかしトーマスの予想に反し、ラークはぽつぽつと気持ちを語りだした。



「……あの子は、シエラではない。そう、分かっているのに――そばにいないと、気になって仕方がない」


「なに? ……好きなの?」


 

 ミランダが眉をひそめて、顔を隠すように巻き毛を口元に引き寄せた。彼女の問いに答えようとしたラークの脳裏には、リタのどこか影を含んだ笑顔がちらついた。


 ――いつも何かに怯えているような、諦めているような、心からのものではない笑み。

 

 

「……笑っていてほしいんだ。“もう”、傷ついてほしくない」

 


 けれど、妹を失った穴をリタで埋めようとしている自分には、決して彼女を幸せにすることはできない。


 憂いに沈むラークの横顔は、トーマスに実母を失った在りし日の記憶を呼び起こした。温もりに飢えたトーマスの父は、母を愛していたにも関わらず、程なくして後妻をとったのだ。



「この世に、絶対に代わりの利かない存在なんて――いると思うか?」



 気付けば、トーマスは自問するように呟いていた。


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