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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第5章 強襲
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奇襲

 ラークとザハラが戦っている頃、ブラン王城では混乱が広がっていた。皇国メデストロフィの干渉をも跳ねのけ、レドン大陸で超然と独立を貫いてきたロンカイネン一族。何者にも属さない彼らが、魔女の館を離れてグリーズ島へ来たことなど、歴史を振り返ってみても一度もなかったからだ。


「海岸部に、追加で迎撃部隊を送った方が良いのではないか?」

「そんなことをしたところで、魔女相手に適うまいっ」


 大広間に残された軍の上層部は、兵力を魔女の迎撃部隊に割くべきか、王城の守りを固めるべきかで意見が割れていた。サージュ王は無理が祟ったのか、胸を押さえて荒く息をしており、その目は固く閉じられている。


「魔女の目的は、いったい何なのだ?」

「私は領地に戻らねば。領民を守る使命が――」   

「貴様っ、抜け駆けするつもりか!」


 生々しい軍事の話に、傍聴席の貴族達は降りかかる火の粉から逃れようと、バタバタと帰り支度を始める有り様だ。わが身可愛さに、忠誠を取り繕おうともしないその姿に、クラージュは歯噛みし、父王を横目で流し見た。



「父上」

「……ぐっ、……な、なんっだ?」 

 


 返事をするのもやっとなのだろう。こんな調子では、戦場に立つことなどできそうにもない。もうとっくに、“この男”の時代は終わっていたのだと、クラージュの目から温度が消えていった。


 

「この場をどうなさるおつもりですか? ラーク・ミュセルの疲弊状態は、父上もお察しの通りですよね」

「……っ」


「望みをかけるだけ、無駄です。今の内に城に戦力を固め、高位魔術師を揃えるべきでしょう」 

  

 

 最低限の人数で送り込んだため、ミランダとコリンはラークが敗れれば、ここへ転移魔術で帰ってくることはできない。精鋭が欠けているのは惜しいが、あの二人ならルヴニールの迅速さには欠くものの、他の魔術を応用して、何としても城へ戻ってくるだろう。



「そろそろ、“お休み”になられてはいかがですか?」



 落胆を滲ませた息子の声が、ざわめく大広間を縫うように父親の耳に届き、鼓膜を揺らした。


 

「この場で宣言してください。王位を――私に譲ると」

「…………くっ」


 

 サージュ王は、苛烈を極める第1王子へ譲位するのが不安だった。クラージュの完膚なきまでの権威主義は、必ずや大きな反発を生むだろう。この国を導くには、カルムのような民への愛と柔軟性が必要だ。しかし、カルムは明日も危うい身である。



「……まだ――」



 言い終える前から、サージュ王が拒絶すると察したのだろう。クラージュの切れ長の目尻がつり上がっていったが、彼が反論を始めるよりも早く、大広間にまたもや伝令が飛び込んできた。



「し、失礼致しますっ」



 汗だくの伝令の姿に、議論を白熱させていた軍人や貴族も、何事かと水を打ったように静まり返っていった。 



「フルーヴ川周辺で、ノワール軍が奇襲をかけてきたとの報告が入りましたっ」

  


 伝令の口から、ノワールという単語が飛び出すや否や、大広間に衝撃が走った。魔女の襲来を受けているこのときに、示し合わせたかのように進軍してきたノワール。敵はずっと、ブランが隙を見せるのを待っていたのかもしれない。



「どうして今なんだっ。情報が漏れているのか!?」

「急ぎ援軍を送らねば!」

「城の守りはどうする?」



 ノワールとの国境であるフルーヴ川一帯は、8年前にノワールに乗っ取られたままになってしまっている。恐らく、物見塔を拠点にブラン王城へと進軍してくるつもりなのだろう。ラーク奪還の報復として、ブラン制圧に本腰を入れてきたに違いない。


 

(……だが)

 


 サージュ王はこの一大事に、適切な指示を出すことすらできずにいる。父王は賢く、無用な争いを避けて、何とかこの国の形を保ってきた。だが、病に侵された身体では、ノワールに舐めてかかられ、話し合いなど向こうのいいように持っていかれるだけだろう。



(この国を取り戻せるのは――私だけだ)



 クラージュは足をドンと踏み鳴らして、勢い良く席を立ち上がった。視線が集まってくるのを肌で感じながらも、敢えて目線は上に向け、腰に下げていた長剣を抜くと、天に向かって高く掲げた。



「我はこれより、フルーヴ川へと援軍に向かう! 志を同じくする者は、共に戦おうではないかっ」



 パラパラと上がった歓声は、瞬く間に鼓膜が痛む程大きくなっていった。皆陶酔したかのようにクラージュを見つめ、頬は上気して赤く染まっている。


 それもこれも、クラージュの持つ固有魔術――鼓舞の力の影響だ。人々の内に眠る闘争心を呼び起こす力を、クラージュは自らに集結させることで、統率者として惜しみなくその恩恵を享受していた。

 


「我々には、クラージュ殿下が付いている!」 

「ノワール人に、我が国の土をこれ以上、一歩だって踏ませてたまるかっ」 


 

 クラージュは満足げに反応を見渡し、剣を鞘に戻した。そして、沸き立つ彼らに聞こえぬよう腰をかがめて、父王に耳打ちする。


「……私がこの国を、必ず守り切ります。――裏切り者の力を借りずとも」

「…………」

「無事に勝利をおさめましたら、譲位について今一度ご検討ください」

 


 サージュからの返事はなかったが、うなだれた頭が小さく縦に揺れるのを、クラージュは見逃さなかった。ブランは建国以来の危機に見舞われているが、この事態は己にとって“好機”に転ずるかもしれないと、言い知れぬ高揚がクラージュの心を満たしていった。

  

 

◇◇◇



 川の向こうで、白い頭をした兵士達が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。予想では、もう少し高位魔術師あたりが抵抗を見せてくるかと案じていたが、存外彼らは王城に集められていたようで、とんとん拍子にブラン奥地へと踏み入ることに成功してしまった。


 

「……何もかも、そなたの言う通りに進んだな」 



 天幕の外で戦況を確認していたリシャールは、ノワール王ファースに声をかけられて、入り口近くへと数歩戻った。臆病なこの男は、自身の天幕をブラン国内へ張ることを躊躇し、戦場にほど近いノワール国内に残ることを選んだのだ。


 だが、ファースの声色は落ち着いており、リシャールの作戦が段取り通りに進んだことで、安堵しているのが顔を見ずとも伝わってきた。



「魔女が襲来してくるとは、私も驚きでしたがね。――ただ、“好機”というものは、いつか必ず巡ってくるものですから」



 リシャールはファースに悟られないよう、声をかみ殺して微かに笑った。それでも身体は揺れてしまい、左肩の上でゆるく結わえた長髪がたわみ、髪の束に埋もれて白銀の耳飾りがチラチラ光った。


 ――ラーク・ミュセルがブランに奪還されたと知ったときの、ノワール王の慌てぶりと言ったら、今思い出しても笑いがこみあげてきてしまうのだ。  


 

(あの時点で攻め入っていれば、万全を期したブランの高位魔術師に返り討ちにされていただろうね)



 ノワール側が何らかの制裁を加えてくるに違いないと、ブランの警戒は最高潮に達していたはずだ。時間としては、まだ数日しか経過していないが、魔女が襲撃してくれたおかげで、注意も軍事力も分散させられた。このままいけば、王城まで攻め入ることは夢物語ではないだろう。



「では、私もそろそろ参戦してまいります」

「……っ」 


 

 ファースはリシャールを手元に置いておきたいようだったが、諜報員として戦いを見逃すわけにはいかない。リシャールは振り切るように天幕を後にすると、待たせていた馬にひらりと飛び乗った。

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