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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
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真相

『出なくていい』


 父が短く囁き、シエラと母を庇うようにベッドの前に立った。


『でもっ……』

『ついて行ったら、終わりだ。俺が時間を稼ぐから、その間に――』


 まくしたてるような父の早口は、ドンドンと扉をたたく音にかき消されてしまった。


 

『何をしているっ、早くしろ!』

 

 

 身を寄せ合うシエラと母の肩を抱き、父が窓へと目を走らせた。シエラの部屋は2階で、窓から逃走するのは厳しい。父は二人から離れると、手当たり次第にクッションや荷物をベッドの上に置き、それを覆うように布団を被せた。

 

 

『扉のそばに隠れていなさい。隙をついてここを出るんだ』

『……お父さんは?』


『あとから、必ず追いかける』

『…………』 



 胸に広がる嫌な予感を言い表すことができず、シエラは無言で立ち尽くしていた。そんな彼女と母の手を父が引き、扉に近い部屋の隅に二人を座らせると、頭の上から毛布をさっと掛けた。


 その途端、激しいノックが鳴り響き、部屋の扉が外から破壊された。しびれを切らした兵士が魔術を放ったのだろう。



『シエラ・ミュセル。いるのか? 返事をしろっ』


 

 息をのむシエラから数メートルの所に、兵士二人が踏み入ってきた。父は申し訳なさそうな笑みを浮かべると、手のひらでこんもりとしたベッドを指し示した。



『いやあ、申し訳ございません。娘は眠ってしまっておりまして、起こそうとしたのですが……』

 

『くだらん。手間をかけさせるな』



 兵士の一人が顎をしゃくると、もう一人が父の隣をすり抜け、つかつかとベッドへ近づいた。部屋の隅に隠れていたシエラが、様子を伺おうと毛布を持ち上げると、監視している兵士を挟んで、父と目がバチリと合った。父はそのまま一度だけ、ゆっくりとまばたきをすると、すぐにシエラから目を逸らしてしまった。



『……お母さん、行こう』



 父のまばたきを合図と受け取ったシエラは、毛布をかなぐり捨てると、母の手を取って走り出した。しかし、あと少しで戸口に達するというところで、突然くるりと監視の兵士が振り返った。



『お前ら夫婦は、本当にとんだ嘘つきだな。我々が娘の魔力に気付かないとでも思ったのか?』



 どこまでも冷たいその声に、シエラの足は根が生えたように動かなくなってしまった。すがるように見つめた父の顔には、張り付けたような笑みが残ったままだが、こめかみに汗がにじんでいる。


 

『15歳になってから、著しく魔力の増えた娘がいると聞いて、調べてみれば、“あの”ラーク・ミュセルの妹だっていうじゃないか?』

『…………』 


『逃げ出さないと思う方が、無理があるだろう』



 王家からすれば、ミュセル家は一度息子であるラークを、レドン大陸へと逃がした前科者だ。突然魔力量が増えた娘に面会に来ているとあれば、再び逃亡を企てていると睨まれていてもおかしくはなかった。



『動くなよ。拘束するつもりはなかったんだがな』


 

 父の隣にいた兵士が、カバンの中から縄を取り出しながら、シエラの方へと歩み寄っていく。シエラの手に縄をかけようと、兵士が腰をかがめた瞬間、固唾をのんで見守っていた父が後ろから走り込み、兵士に体当たりした。



『逃げろっ』


『このっ、邪魔する気か!?』



 顔を真っ赤にした兵士が振り向きざまに剣を抜き、背後に向かって斜めに振り下ろした。



『お父さん!』



 叫びながら手を伸ばすシエラの目の前で、胸を赤く染めた父が床に崩れ落ちていった。母が這ったまま父に近づこうとするシエラを抑え、腕を引っ張って出口へと導こうとした。その目にも、涙が浮かんでいる。



『シエラ、立って。早く!』

『待って、お母さんっ。……誰かっ! 助けてっ、“お兄ちゃん”!!』


 

 助けを呼ぼうとしたシエラの頭に、真っ先に浮かんだのは義兄の姿で。8歳のときに別離して以来、7年間一度も会っていなくても、いつも“守ってくれた”ラークの存在は彼女の中で少しも薄れてはいなかった。



『妨害は反逆に当たる行為だ。分かったなら、無駄な抵抗はやめろ』

『父親が父親なら、母親も母親だな』



 感情のこもらない平坦な声で、兵士が血に濡れた剣先を母に向けた。いつのまにかその後ろには、もう一人の兵士が戻って来ている。



『母親の方も、二度目の反逆罪です。今回は証拠もありますし、どうしますか?』

『決まっている。反逆は命をもって償ってもらわねば』



 剣を構えた兵士はもう一人の兵士に縄を渡すと、軽く腕を振って刃に付着した血液を払った。パタパタ、と床に赤い斑点模様が散るのを見て、シエラは足の震えが止まらなくなり、うわ言のようにお父さん、“お兄ちゃん”と繰り返していた。



『高位魔術師の命を取りはしない。大人しくしていろ』



 縄を手にした兵士がシエラの手首を取り、シエラはされるがままに手縄をかけられそうになっていたが、鼻先をチラチラとかすめる強い光に意識を引き戻された。



(……まぶ、しい)


 

 光の差す方を見上げたシエラは、母の頭上に剣が振りかざされているのを目の当たりにして、息をつまらせた。先程の光は、切っ先が反射したものだったのだと理解した瞬間、シエラは立ち上がっていた。



『……やめて!』



 無我夢中で、シエラは兵士と母の間に体を滑り込ませた。赤い刃がシエラの首筋を線を引くように切り裂き、薄桃色のワンピースを赤黒く濡らした。



『……シエラ!! 何てことっ。シエラッ、返事をしてっ――お願い!』



 母がシエラの出血を止めようと、首筋や胸元に手を当てるも、血だまりは広がっていく一方だ。荒く息を吐くシエラの意識を失わせてはいけないと、レイラは何度も娘の頬を軽くたたいた。



『……くそっ』



 兵士達はシエラを手にかけてしまったことに、つかの間動揺を見せたものの、彼女の行動もまた反逆であったため、当然の裁きだと顔を引き締めた。



『陛下の命に背き、貴重な高位魔術師の数を減らしたこと。その命では足りぬが――』



 段々と冷たくなっていくシエラの身体をかき抱いたレイラに、兵士の宣告は聞こえていないようだった。――そして、無情な剣はレイラの命をも奪っていった。


 

◇◇◇



 折り重なった母とシエラの姿がすうっと遠のいていき、ぼんやりとした光の玉がラークの脳内をふわふわと漂った。あぶくのようなそれが、パチンと弾けて消えると、ラークは現実に引き戻された。



『大丈夫ですかっ』



 周囲を取り囲んでいる兵士は、ラークが記憶を読んでいる間もずっと彼に呼びかけていた。しかし反応が返ってこないため、男に攻撃を仕掛けた方が良いか悩んでいたのだ。



『…………嘘だ』


『……えっ?』



 ようやく瞼を開いたラークの表情は、魂の抜けた人形のように、覇気のないものになっていた。



『この記憶は、本物なのか? なぜお前は、古代魔術を使える?』


『私はザハラと知り合いでね。――シュルツのクッキーを食べたことはあるかい?』

『…………』



 突飛な方向に話が飛んだが、男に気にする様子は見られなかった。



『あれは絶品だった。シュルツはシナモンが苦手なのに、ザハラが好きだから、シナモンクッキーばかり焼いていたね』



 魔女の館の主であるザハラと弟子のシュルツ。彼らの食の好みなど、実際に関わりがなければ知りようもない。――そして、男の話す内容は全て当たっていた。



『先生の、弟子だったのか?』

『……正式には、分からないかな』



 はぐらかすような男の答えに、ラークの頭の中が沸騰したかのように熱くなってきた。先ほど見たものが偽りのない過去なのだとすれば、ブラン王はラークと交わした『シエラを守る』という約束を、高位魔術師を補填するために破ったことになる。



(……こんな国を、守る必要があるのか?)



 しん、と胸の中に浮かんだ疑問が、ラークの手足を冷たくしていった。もう守るべき妹はこの世にいない。親も家族もいない。いるのは――ラークを裏切った王族や名も顔も知らぬ他人だけだ。



(……許してたまるか)



 王に対して沸き上がった怒りは、しかし氷が解けるように、あっという間に溶けて消えてしまった。確かに、何かに腹を立てていたはずなのに、“その理由”がもう分からない。



(……いや、分かる)



 シエラだ、妹だ。自分には、何に変えても守りたいと思った妹が、いた“はず”だとラークは自分に言い聞かせた。



(……だが、それは本当なのか?)



 妹がいくつで、どんな顔だちをしていたのか? 性格も名前も何もかもが思い出せなくなっていく。もしかしたら、妹の存在自体が魔術か何かで刷り込まれたものではないだろうか? 思考が混とんを極めていく中、ラークは握りしめたリボンの感触にハッと正気を取り戻した。



(……このままでは、まずい)



 自分に起きている変化が、まず間違いなく魔女との契約に基づくものだとラークは思い至った。シエラがこの世を去った今、自らに残されているのは心を失い、殺りく兵器として国に利用される未来のみだ。



『……心を失うのが、怖いかい?』



 そんなラークの心境を見透かしたように、親しみやすい笑みを浮かべた男が、ラークに向かって右の手のひらを差し出した。



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