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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
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開廷

 大広間の中央には、証言台を囲むように開けた円形の空間が広がっていた。その左手には王族用の座席、右手には罪人用の座席が配置され、正面の法壇にはモノクルをかけた初老の裁判官が座っていた。


 暖炉の灯と上空の大きなシャンデリアがあっても、窓の外に垂れ込める黒雲のせいで、室内は薄暗い。様々な用途で用いられる大広間には、もともと華美な装飾は少なく、傍聴席の色鮮やかに着飾った貴族達だけが、この空間で奇妙に浮いていた。


 トーマスとラークが席に着くと、すぐに正午の鐘が鳴り響き、しばらくすると隣室から国王とクラージュが精鋭の3人を引き連れて姿を現した。最後尾を歩いていたミランダは、一目だけラークの様子を伺おうとしていたものの、頭を下げたラークがそれに気づくことはなかった。


 王族が腰かけるのを見届けてから、裁判官が声を上げる。



「それでは、開廷する」



 礼をしていた傍聴席の貴族や軍人が一斉に姿勢を戻し、居住まいを正した。その視線を一身に集めているのは、澪標のように立ったまま微動だにしないラークで。トーマスはラークのローブを下から引っ張って、隣に座るよう催促した。



「しっかりしろっ、引きずっている場合じゃないぞ」

「…………あ、ああ」


 

 心ここにあらずといった返事をするラークに、トーマスは後頭部をがりがりと掻いた。裁判の結果次第では、己の命が危ういことを、この魔術師は本当に理解しているのだろうか? いくら最強と名高いラークでも、精鋭の3人――特にミランダが本気になれば、この場を逃亡できる可能性は非常に低い。早く気持ちを切り替えてもらわなければと焦れるトーマスに、裁判官から声がかかった。



「それでは、これから被告人ラーク・ミュセルに対する、先の戦争での単独投降について審理を始める。まずは、トーマス・カーシェル中尉。被告人を透視にかけた結果について報告しなさい」


「はい」



 背筋を伸ばしたトーマスは、証言台に立つと、ローブのポケットからレーヴの手紙を取り出して広げて見せた。



「被告人はあの日、前線から離れた森の中で、大規模な魔術を行使しておりました。数人の兵士がその場に居合わせ、周辺の警備に当たっておりましたが――」



 トーマスが状況を説明していくにつれて、ラークは薄いもやがかかっていた記憶が、少しずつ呼び起こされていくのを感じた。


 

◇◇◇ 


 

 ブランとノワールの国境には、弓のようにしなった川が流れている。フルーヴ川と呼ばれるその川には、2国間において交流が一切持たれなかったため、橋がなかった。


 しかし3年前、ノワールはブラン侵攻の際に橋を架け、川原の物見塔を奪い取って拠点を築いた。不意を突かれたブランは初期対応が遅れ、自国の領土にノワールが居座ることを許してしまい、いまだ敵軍を川向こうへと追い返すことができていなかったのである。


 ラークが潜んでいるのは、ブラン軍の左翼の更に左に位置する森の中で、川原からはかなり距離が離れていた。以前は探知に割く魔力を減らすために、見晴らしの良い丘の上などを潜伏先に選んでいたのだが、主力であるラークが狙われるようになってきたことを受け、上から身を隠すよう命じられたのだ。


 索敵に長けたラークでなければ、戦況を把握することはおろか、戦場の方向すら分からなくなってしまうところだろう。



(……少し、魔力が戻ってきたな)



 魔力というのは体力に似ていて、無尽蔵に湧いてくるものではなく、休み休み使わなければ力が枯渇してしまう。酷使すれば死に至ることもあるため、こうして限界が近づく度に休憩を入れていた。目を閉じて前方へ魔力を伸ばすと、ブラン兵とノワール兵が戦いに身を投じる最中で、土埃が舞う様子まで手に取るようによく見えた。



(敵の数が多いな……)



 3年にも及ぶ戦争に痺れを切らしたのか、最近のノワールの兵の数は日に日に増してきている。今日はブラン軍の倍はいるかもしれない。魔術兵がいなければ、一溜りもないところだろう。



 ――しかし、使える魔術兵の数はそう多くはない。



 まず、高等魔術を扱える高位魔術師は、国内に数十人しか存在しておらず、大半が休みない長期の戦闘で、魔力切れの寸前まで追い込まれている。並みの魔術兵では高等魔術の発動に術式や魔道具が必要になるが、戦場でそんなものを悠長に準備している暇はない。



(……発動できたところで、緊張に呑まれて失敗することもざらにあるしな)



 乱戦の中で敵にだけ的を絞り、味方に攻撃が当たらないよう魔術を使うには、卓越した技術がいる。結果として、魔術兵は時折一般魔術を交えることこそあるものの、実際は剣や槍などの武術でノワールとやりあっているのが現状だ。


 しかし、頑強な肉体を持つノワールの武人に、ブラン兵が叶うはずもない。数にものを言わせたノワールの猛攻を受け、じりじりと後退しているブラン陣営を見て、ラークは短く呟いた。



『……グラヴィティドロップ』



 それと同時に、数百人のノワール兵がひしゃげたように地面に突っ伏した。つぶれたカエルみたいだな、と何の感慨もなく考えながら、不利な戦況に立たされている場所を選んで同じ術をかけていく。炎や風を使って攻撃すると、多少なりともブラン兵に影響が及んでしまうため、ラーク自身も得意とする重力魔術を使うよう、上から指示されていたのだ。



(……立て直したな)




 なるべく重力魔術を広範囲に弱くかけるようにし、魔力の温存を図っていても、頭の芯に痺れるような痛みが走り出した。一度休んで、魔力を溜めた方が良いだろう。ラークは索敵を解いて目を開くと、遠方へ伸ばしていた魔力が自身の体へと収束していく感覚に身を任せた。


 その過程で、ふと何かが引っかかって。



『……っ』



 木の陰に、何者かが身を潜めている。――隠れている以上、敵であることは間違いないだろう。戦場とは真逆の方向のため、探知に引っ掛からなかったのかもしれないが、この距離までラークに気付かれずに近付いて来られるものなど早々いない。――それこそ、彼の師である魔女ザハラくらいだ。



『どうかしたのか?』



 張り詰めた空気をまとうラークの横顔を見て、周囲の兵が剣を抜こうかと腰に手を伸ばした。彼らには何も見えずとも、ラークの視線を読んで、森の中に目を凝らす。


 その先で、森の中から一人の男がすっと木の影から顔を出した。



『……敵襲っ、警戒しろ!』



 一斉に剣を構える兵達など目に入らないといった様子で、柔和な笑みを浮かべた男は少しずつ全身をあらわした。左肩の上でゆるく結ばれた長い髪は黒く、ノワール人であることを示していたが、そうとは思えない程の魔力量が身体からあふれ出していた。



『私は敵ではない。話を――聞いてくれないかい?』



 小首をかしげると、たわんだ髪の中で白銀の耳飾りがキラリと光った。その仕草は度肝を抜くほど美しく、一時戦意を削がれた兵達の口からは感嘆の声が漏れてしまう程だった。同性の敵兵に護衛が見惚れているという異常事態の中で、動じることなく男の挙動を注視していたのはラークだけで。



(恐らく、魔力量だけなら俺よりも多い)



 魔術師の強さは魔力量だけでは決まらない。だが、問答無用で攻撃するには、少々部の悪い相手であることは確かだ。



(……話だけなら、聞いてみるか)



 ラークは隣で固まっている護衛に、軽くうなずいた。円を描くように包囲網を固めながら、護衛の一人が男に問いかける。



『話とは――何だ?』


『……ふふ。聞いてくれるんだね』



 わが意を得たりとばかりに、男がほほ笑んだ。



『ラーク・ミュセル。君に、“伝えたいこと”があるんだよ』

『…………』


 

 懐柔か何かだろうかと警戒を高めるブラン勢の前で、男が外套のポケットから、ヒモの様な何かを引き出し始めた。紫色をしたそれに、奇妙な既視感を覚えた瞬間――ラークは叫んでいた。



『なぜっ、お前がそれを……!』



 10歳のとき最後に目にしたときよりも、ずっと色褪せているが――間違いない。リボンにかすかに残っているあの魔力は、妹のシエラのものだ。



『答えろ。ただでは置かない』



 静かな怒りをはらんだその声に、護衛の兵士達は戸惑いの色を浮かべて二人を交互に見つめた。これまでラークがこんな風に“感情をあらわにする”ところを、誰一人として見たことはなかったのだ。



『その様子だと、妹さんとご両親に何が起きたか、何も知らないんだね』



 さもラークが哀れでならないというように、男は大げさにため息をついて見せた。



(……ここ数日)



 たまにシエラの顔が、名前がどうしても思い出せないことがあった。そして自分に妹がいたということすら、忘れている瞬間があった。気のせいだと、意識しないようにしてきたが……。



『もし妹が死んだりしたら、彼女への想いも記憶も“全部”私がもらうわ』



 ラークの耳の底に、魔女ザハラの言葉が木霊した。ラークの背中を嫌な汗が伝い、唇がフルフルと震え始めた。


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