表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
43/90

クラージュ・ブラン

「リタちゃんっ、おい!」


 リタの血の気がさあっと引いていき、糸が切れたかのようにソファへ倒れ込んでしまった。トーマスが横倒しになった彼女を軽く揺すっても、もう反応は返ってこない。


  

(……そりゃあ、ショックだよな)



 端から見ていても、この少女がラークに心を開きかけているのは明らかだった。それが、相手には自分が全く見えていなかったというのだから、傷つくのも仕方がない。

 


「……起きそうに、ないな」


 

 トーマスはテオドールにリタの様子を見ておくよう指示すると、後ろで両の掌を見つめたまま固まっているラークの腕を引いた。



「行くぞ。ここにいても、どうしようもないだろ」 


「…………」



 ラークは床にくたりと落ちているリボンを拾うと、それを寝ているリタの頭の隣にそっと置いた。あんな反応が返ってきた以上、リタはこれを受け取らない可能性が高いだろう。それでも、離れなくてはいけないのなら、シエラの形見を――自分にとって大事なものを、彼女のそばに置いていきたかったのだ。



「…………腰抜けが」



 しかし、そんなラークの行動を叱咤するかのように、ディルの冷たい声が部屋に響いた。鷹のように鋭い隻眼は、視線だけで人を射殺してしまいそうで、ラークは前屈みになったまま動きを止めた。



「……なぜお前は、その娘に応えない?」 

「…………」


「魔術がなんだ? どう見てもお前はその娘を――」 



 大事に思っているだろうっ、と勢いよく続けようとしたディルを、テオドールが手縄を引いて黙らせた。もがいて抵抗するディルに手を上げようとしたテオドールを、トーマスが首を横に振って止める。


 

「テオ、いいから。言うだけ言わせてやれ」


 

 ディルに詰め寄られたラークの指は、かじかんでいるかのように小刻みに震え、唇は紫色に染まっていた。血が上って赤くなったディルの顔と見比べると、その色はまるで死人のようで。


 

「俺はお前がしたことを、絶対に許さないっ。妹が死んだ? 俺の妻はお前のせいでっ――」

 

「…………おれ、は」 



 そんなつもりじゃ、とそう言おうとして、では何故自分が投降したのか、ラークは突き詰めていくと自分でも分からなくなってきてしまった。あのときノワールの軍人に言い寄られ、ラークの頭には“己の呪いを解くこと”しか無くなってしまっていた。他の何もかもがどうでも良くなって、ただシエラのことを忘れたくなくて――。

 

 

「その娘は生きてる! それなのに、なぜお前は応えないっ」



 過去に潜りかけていたラークの意識は、ディルの怒声によって現実に引き戻された。そうだ、リタは――生きている。もう届かない妹への想いに捕らわれ、自分は“何の関係もない”彼女を巻き込み、傷つけてしまったのだ。



(……だが、それでも)  

 

 

 シエラのことを忘れたくはないと、彼女を想う気持ちが消えてしまうのが恐ろしいと、ラークは両手を耳に塞ぐように当て、抜けてしまいそうなほど強くこめかみの髪をぎゅっと掴んだ。トーマスが声をかけようとするも、いやいやと何かを振り払うように頭を激しく振りだし、踵を返すと部屋を走り去っていってしまう。 



「おい待て! 一人で行くなっ」



 図星を突かれたから走って逃げだすなんて、子どもかとトーマスは心の中で突っ込みながら、あの男の心は14歳で止まっていたことを思い出す。くそっと舌打ちすると、テオドールに部屋の鍵を投げて渡した。

 


「テオッ、ここは頼んだぞ」

「はっ、お任せください!」 


 

 3人の様子を一度だけ振り返って確認すると、トーマスもラークを追い、部屋を後にしたのだった。



◇◇◇ 



 同刻、ブランの第1王子であるクラージュ・ブランは、父王のサージュと共に、大広間の隣に用意された小部屋で裁判が始まるのを待っていた。臨時で整えられた部屋の中には、向かい合った一人掛けのソファが二つと、軽食が用意されたローテーブルしかなく、簡素な装いだ。先ほど早めの昼食を終えたばかりのため、テーブルの上の菓子や果物に二人が手を付けることはなかった。



「……交代は、まだか?」


 

 クラージュは、壁際に並んで待機しているガイとミランダに、城内の見回りに出ているコリンが戻る頃合いではないかと問いかけた。ガイ達精鋭の3人は、普段はこうして王族の近衛兵として働いていることが多い。戦闘向きの固有魔術と高い忠誠心を持つ彼らは、ラークに対抗できる数少ない戦力として、今日の裁判のために駆り出されたのだ。



「近くに気配はございませんので、もう暫くかかるかと存じます」



 ミランダが平坦な声で答えた。軽く一礼すると、肩の上で揃えられたワカメのような巻き毛がふわふわと揺れる。柔らかい印象は髪だけで、狐を思わせる切れ長の吊り目も、氷のように冷たい声も、他者を寄せ付けない要塞のようだ。


 

(……コリンが、すぐに帰ってこないということは) 



 粛々と裁判の準備が進められるということで、すなわちラーク・ミュセルは生きているのだろう。そして、暗殺を命じたディルとは――昨日の昼から連絡が取れていない。ラークが国内に帰還し次第、直ちに封印の腕輪を用いて片付けるよう指示を出していたのに。

 


(……クーリエのひとつも寄越さないということは)

 


 伝達の魔術を使うことのできない状況下に置かれている、と考えるのが順当だ。返り討ちに遭い捕らえられたか、悪くすれば命を落としているかもしれない。クラージュは腕輪が壊れたなど想像もしておらず、ディルがラークに腕輪を装着し損なったのではないかと考えていた。



「……ラークは、どちらを選ぶと思うか?」



 ふと、真向いの席で茶を飲んでいた父王が、垂れた瞼の下からくすんだ瞳を覗かせて、クラージュに問うた。艶の失われた髪の上では、白銀の王冠が鈍い輝きを放っている。


 どちら、とは聞くまでもない。罪を認めて処刑されるか、一生魔術兵として国に身を捧げるか、ラーク・ミュセルの選択肢は二つに一つだ。

 

 

「私には、あの男が素直に国に従うとは到底思えません」

「……では、死を選ぶと?」


「自ら死を選ぶほど、潔い人間でもないでしょう。望まずとも、死に向かう道しか残されていないというだけで」



 あの無気力で忠誠心の薄いわりに、力だけは強大な魔術師が、戦前からクラージュは嫌いだった。そもそも、徴兵を逃れてレドン大陸へ渡ったこと自体、立派な反逆罪ではなかろうか? その力を買って逃亡を不問にした父王の判断を、クラージュは心の底から軽蔑していた。



(……あのような者の力を借りようと思うこと自体、間違っているのだ)



 たとえ負けたとしても、味方は一枚岩であるべきだ。志を違える者が混ざっていて、どうして戦に勝利できようか? この期に及んで裁判という名の救済措置を取り、彼を生かしておこうとするサージュは、先の戦争から何も学んではいない。


 

「ノワールは必ずや、今回の件で我らに報復しに来るだろう。ラークがいなければ、奴らに勝利するのは愚か、対抗することすら出来ぬやもしれぬ」


「…………」


 

 ラークの力を借りて戦に勝ったとて、それは仮初の勝利に過ぎない。行動原理の読めないあの男を生かしておくのなら、決して裏切らないと制約魔術を刻み込むくらいしなければ。――だが、そんなことを口にするわけにもいかず、室内には重い沈黙が下りた。


 それを破ったのは、素早いノックで。音と共に飛び込んできたのは、刈り上げた横髪にうっすらと汗がにじませたコリンだった。



「失礼致しますっ。ただ今、トーマス・カーシェル中尉とラーク・ミュセルが大広間に到着し、裁判の準備が整いました」



 報告を聞いたクラージュは、顔を歪めそうになるのを、深呼吸しながら抑えようとした。

 

 

(……やはり、生きていたか)


 

 それでも、父王には隠しきれていなかったかもしれない。サージュは、クラージュがラークの存在を良しとしていないことなど、とうに気が付いているだろう。それでも、実際に行動に移すことはない――子が親の意に反することはしないと信じ切っているのだ。

 


「……そうか。では、参るぞ」



 王はティーカップをローテーブルに置くと、ソファに手を付いて立ち上がった。ガイから杖を受け取り、白いガウンを引きずりながら戸口へと向かう。クラージュはサーコートのシワをさっと伸ばすと、その後ろをぐっとこぶしを握り締めてついて行った。

  

 

 ――窓の外に広がる晴天の空に、北西から黒雲がじわじわと近づいてきていることに気づく者は、まだ誰一人として城にはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ