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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
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代償

 カルムの居室を出ると、トーマスはすぐ右隣の部屋へと向かった。案内役をしていたセナは、主に付き添っていたいと、トーマスに鍵を預けて居室に残っている。やはりカルムは無理をしていたようだが、彼の話にはそれ以上の価値があったと、トーマスは後悔はしていなかった。


 

「……それにしても、物が多いな」



 部屋の中にはソファや本棚、テーブルなどの大型家具が雑多に詰め込まれており、中央に5人がやっと立っていられるほどのスペースしか残されていない。カルムから隣室を使うよう言い渡されたときは、不用心にも思えたが、なるほど家具がバリケードのようになっているため、隣の居室へ侵入することはまず無理そうだ。



「殿下の物だけとは――思えませんね」


 

 テオドールが相槌を打ち、城中から不要になった物が放り込まれているのではないかとトーマスがぼやいていた。部屋の有様は物置同然だが、窓の開いたこの部屋の方が、カルムの部屋よりもずっと居心地が良いと、リタはカーテンから差す光に目を細めた。



「……まあ、待機する分には問題ないな。じゃあテオ、この二人を頼んだぞ」


 

 トーマスに促され、リタはすぐ傍にあったロングソファの端に、ちょこんと腰かけた。その隣では、テオドールが問答無用でディルを一人掛けの椅子に縛りつけている。



「それじゃ、僕達も行くか。ただでさえ心証最悪なのに、遅刻したら目も当てられないからな」



 そう言ってトーマスはさっさと戸口へ歩き出したが、ラークはその後ろを追わずに立ち止まっていた。伏せた目が見つめているのは、あのときリタが手放した、右手に巻き付いたままの紫のリボンで――。


 

「おい、遅れるぞ」



 トーマスに急かされたラークは顔を上げたものの、その足が出口へと向かうことはなかった。ようやく動き出した彼は、なぜかリタの前にやって来て。リタの視界を白いローブが覆い、上から掠れた低い声が降ってきた。



「……これを」



 預かっていてくれとも、やるとも言わない。差し出されたリボンを受け取らなければ、ラークは部屋を出ていかないだろうと、リタは直感的に悟った。迫りくる時間に焦っているトーマスのことを思えば、何も考えずにそれを受け取った方が良かったのかもしれない。――けれど、リタの手は硬直したかのように指の一本も動かせなかった。


 

「……どうして、ですか?」



 思っているよりも低い声がリタの口から零れ出て、怯んだようにラークが数歩後ずさった。浅い息遣いからは、動揺しているのが伝わってくる。


 

(……この人は) 



 リタがこのリボンを、嬉々として受け取るとでも思っていたのだろうか? そう思うと、リタは腹の底から何かがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。



「どうして、私に構うんですか?」  



 ずっと、リタにはこの男が何を考えているのか分からなかった。それでも、理由を聞いたら魔術が解けるようにラークが正気に戻って、見捨てられてしまうのではないかと、そんな不安に駆られて、ずっと疑問を心に封じ込めていたのだ。



(……でも、もう耐えられない)

 

 

 妹の名前で呼ばれることも、理由もわからないまま守られ続けることも、有耶無耶にしておくのはもう嫌だった。リボンを受け取ったら、自分は妹として扱われることを受け入れたことになるのではないかと、リタにはただ恐ろしかった。



「……私は、あなたの妹じゃ――ありません」

「……っ」


「あなたは、一度だって――私の“名前”を呼んだことがありましたか?」



 たった一言でいいから、彼が見ているのはシエラではなくリタなのだと、信じさせてほしかった。突然ブランの第3王子が父親だと告げられ、誰かが――生まれて初めて自分に手を差し伸べてくれたラークが、繋ぎ止めてくれなければ、ボロボロに崩れ去ってしまいそうだった。


 

 

「…………すまない」


 


 それなのに、長い間のあとに呟かれたのは謝罪で。呆然と見開かれた灰色の瞳から、一粒の涙が滑り落ちていった。



「…………なん、で」 



 静まり返った物置部屋に、嗚咽交じりのリタの声が響き、ラークの手から紫のリボンがパサリと床に落ちた。立ち尽くすラークをディルは険しい目で見つめ、テオドールは焦れたように手縄に爪を立てていた。


 このままでは埒が明かないと判断したのか、それまで扉の前で傍観していたトーマスがリタへと歩み寄り、場所を代わるようラークの肩を後ろから叩いた。



「……僕から説明するのもどうかと思うけど、時間がないから――いいかい? リタちゃん」



 髪で顔を隠すようにして泣いていたリタは、くしゃくしゃになって頬に張り付いてしまった毛の束を剝がしながら頷いた。


 

「レーヴの透視によるとね、こいつはロンカイネンの魔女に、魔術をかけられていたんだ」


(……ロンカイネンの――魔女?)



 基礎魔術しか習ったことのないリタでも、魔術体系を築いたロンカイネンの名は耳にしたことがあった。そんな由緒ある魔女と、ラークに関わりがあったというのだろうか? 突然始まった魔女の話に首をかしげるリタの前で、トーマスが自身の胸をトンと叩いた。

  

 

「魔女がかけたのは、被術者の心――感情を奪う魔術だった」


「……心を、奪う?」



 その言葉を聞いて、リタの脳裏に真っ先に浮かんだのは、収容所の日誌に記されていた『感情がない』という文言だった。ラークの極端なまでの無気力さや反応の薄さは、魔術によるものだったとでもいうのだろうか?



(……違う)



 リタには、ラークが心を失っているとは思えなかった。感情のない人間が、あんなにも妹を大事に思い、激情することなど出来るはずがない。それに、リタに触れて、気遣ってくれた手は、確かに彼女のことを思って差し伸べられていたはずだ。――納得していないのが顔に現れていたのか、トーマスが人差し指を立てて、リタの注目を引いた。

 

 

「ここからが重要でね? 契約を結ぶ際、こいつは心を丸ごと全ては渡さなかった」

「……?」


「妹――シエラへの想いだけは、残すよう魔女に頼んだんだ」

「……っ」



 ラークが妹に尋常でなく執着しているのには気が付いていたが、それが彼の中に唯一残された感情だったと知り、リタはドクドクと脈が速くなっていくのを感じた。少しずつ確信に近付いている予感に、頬を紅潮させて続きの言葉を待つも、トーマスは一度言葉を切り、もごもごと言い淀んでいる。

 


「この表現が適しているか自信はないけれど、端的に言うとね、――リタちゃんは妹の“代わり”として機能しているんだよ」


「……かわ、り?」



 どうしてそんなことになっているのか見当も付かず、リタはオウム返しに繰り返した。しかしラークの反応は違い、トーマスの指摘に心当たりがあったのか、みるみる顔色が変わっていった。


 

「妹の死によって、術式における唯一の例外は消え去り、この世にラークの心を動かすものは何もなくなった。――いわば、魔女の目論見通りになった訳だ」


「……そんな」

 

 

 最も大切にしている人間の死によって、心が死んでしまうなんて、そんな残酷なことがあっていいのだろうか? 言葉を失うリタに向かって、トーマスがすっと人差し指を突き立てた。

 

 

「だけどね、そんなこいつの前に君が現れた」

「……えっ?」

  

「君こそが魔女の最大の誤算であり、ラークの心を解き放つきっかけになったんだよ。術式というのは繊細でね、“妹を除く”という条件があるのに、肝心の妹がいない場合、正常に発動しなくなる可能性がある」


 

 一拍おいて、トーマスが宣告するように重苦しい声で続けた。

 

 

「妹というターゲットを失った術式が、“代償”として当てはめたのが、――リタちゃん。君なんだよ」


 

 魔術をきちんと作動させるために、術式自ら失った穴を“代用”のもので埋める。単純な魔術ではよく起こる話だが、精神に作用するような複雑な魔術では、非常に珍しいそうだ。


 

「結果的に、リタちゃんはラークの妹じゃないのに、ラークの心を動かしうる唯一の存在になったわけだ」

「……」

 

「つまりこいつにとって、今世界で一番大切なのはリタちゃんってことになる」


 

 数珠の玉を糸に通すように、話が繋がっていく。精鋭部隊の制止を無視してリタを連れてきたのも、死力を尽くしてリタを守ろうとするのも、全部リタを妹と混同していたからだ告げられて。――そこに自分という存在はなかったのだと、リタは目の前が真っ暗になっていった。


 

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