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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
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生き写し

「……そうか。封印の腕輪が壊れたか」


 

 トーマスから昨日の倉庫での出来事を聞き終えると、カルムはそう呟いた。その口調には驚きや嘆きがこもっておらず、単に事実を確認しているかのようだ。


 

「はい。ラークの魔術により、確実に破壊されました」


「なるほど。――“本物”であれば、あり得ない強度だね」 


 

 トーマスが探りを入れるまでもなく、カルムの頭脳は腕輪の偽造を導き出してしまった。穏やかな精神と聡明さを持つ彼は、ブラン国民の間で“賢者”とも称されている。――カルムの発言は、クラージュが何者かに偽物を掴まされた可能性を肯定するもので、ディルは歯ぎしりした。

 


「私は宝物庫に出入りしたことはない。が、腕輪については“思い当たるふし”がある」


 

 本当ですかっ、とトーマスの声が一段と大きくなる。ああ、と答えたカルムは話を続けようとしたものの、咳で言葉が紡げなくなり、薄布に映る影がろうそくの炎のように揺れだした。背中をさするセナの影がカルムに寄り添い、やがて二つの影は重なり合って動きが止まった。


 

「これは一部の者しか知らないことだが、シャルムは昔、あの腕輪を付けていたことがあるんだよ」

「……っ!」

   


 第3王子であるシャルム・ブランが、幼少期に封印の腕輪をはめていた。想像だにしない話に、トーマスは相槌を打つのも忘れて、聞き入ってしまった。


 

「あの子の授かった力を、父上は恐れていた。制御する術を学ばせるよりも、封印することを選ばれたのだ」 

 

 

 シャルム・ブランの固有魔術――“魅了”は人を狂わせ虜にし、意のままに操ることのできる力だという。恐れるに足るものであったことは間違いないが、幼くして力を抑制された弟が抱えていた深い闇を、この場で打ち明けるべきかどうかカルムは決めかねていた。

 

 

「偽物を作ったのがシャルムなのかは、私には分からない。……だが、王家で一番あれについてよく知っているのは、あの子で間違いないね」


「……シャルム殿下は、今も本物の腕輪をお持ちでいらっしゃるのでしょうか?」 

  

「それは定かではない。……あの子は腕輪を鬱陶しがっていたしね」



 シャルムが9歳の誕生日を迎えた日、彼の願いに答えるように魅了の力がその体に宿った。どのような固有魔術を授かるかは、血筋と本人の資質――そして“願い”によって傾向が決まると言われている。あの力は、シャルムの“母に振り向いてほしい”という願いを顕現したものではないかと、カルムは考えていた。 



(……あの日、母上はシャルムに取り返しのつかない傷を負わせてしまった)  



 結果的に、シャルムは母親に“自分を見てほしい”と願うことにより強大な力を手にし、そして父親によってそれを封じられてしまった。弟の中には遺恨の種が芽吹き、日々成長していくそれに気づいていたのは、恐らく家族の中でカルムだけだ。


 

「あの子は、本心を隠すのが上手かった。私の病が重くなると、自然とここへも来なくなってしまって――」


「……殿下、これ以上は」 

 

 

 ヒューヒューと擦れるような息づかいが段々と荒くなっていき、セナが休むよう提案する声が聞こえてきた。カルムはそれを聞き入れているようだが、まだ何か聞きたいことがあるのか、リタ達に下がるよう指示を出してはこない。数回むせながらも息を整えたカルムは、こう問いかけてきた。

 

 

「……トーマス。そこにいるのは、誰だ?」


 

 怒鳴ったわけでもないのに、静かな威圧感を含んだその声に、トーマスが押し黙った。ゆっくりと振り返った彼が、まっすぐに見つめていたのは、ラークやディル、テオドールではなく――リタで。


 

(……わ、わたし?) 


 

 目をしばたいているリタから再び前へ視線を戻し、トーマスが一言一言区切るように答えた。


 

「……ノワール人の、捕虜でございます」

 

 

 リタは唐突に自分へと向けられた話がどこへ向かっているのか分からず、左右へと視線を泳がせた。


 

「……その者を、こちらへ」



 いけませんっ、と小声で制するセナをカルムがなだめている。その間に、トーマスがリタに立ち上がってついてくるよう囁いた。リタはずっと握りしめたままだったリボンを離すと、空いた掌を落ち着けるために、ぎゅっと腹の前で両腕を抱えた。暗がりの中で、前を向いたまま片膝をついているラークの隣を通り、薄布の前にトーマスと並んで立つ。


 

「参りました」

 

「……入ってくれ」



 トーマスが薄布を片手で横にずらし、滑り込むようにして中へ入ると、リタに向かって頷いた。恐る恐る顔を出したリタが目にしたのは、左半身をセナに支えられ、やっとのことでベッドに腰かけているカルムの姿だった。


 

(……この人が、ブランの第2王子)



 ゆったりとした寝間着をまとっていても、浮き出た頬骨を見ればやつれているのは一目瞭然で、くぼんだ瞳はかすかに揺れている。肩の下まで伸ばされた髪は、ゆるく編み込まれていたようだが、動いたせいか崩れかけてしまっていた。


 

「……リタと、申します」


 

 亡霊のようなカルムの出で立ちに怯み、リタはやっとの思いで名乗ることができた。

 

  

「彼女はノワールの収容所で、ラークの監視をしておりました」 



 そんな彼女の隣で、トーマスは顔色ひとつ変えない。自らが浮かべている表情は不敬に当たるのではないかと、リタは必死に平静を取り繕おうとした。その緊張した面差しを眺めていたカルムの銀色の瞳と、何度も瞬きを繰り返す灰色の瞳がぶつかった瞬間、カルムが目をむいて短く悲鳴を上げた。



「……なんという、ことだ」



 失礼な態度に腹を立てたのか、それとも灰色の髪と目に対して何か思うところがあったのかとリタは震え上がった。取り合えず謝っておくに越したことはないと、口を開いた彼女が言葉を発するよりも早く、両手で顔を覆ったカルムが絞り出すようにこう尋ねた。


 

「……トーマス、その子は“何だ”?」



 てっきり怒っているのだと思っていたリタは、あわてて口を閉じると、トーマスを横目で伺い見た。深く息を吸い込んだトーマスが放ったのは、部屋のよどみを払うような凛とした声で。



「彼女は他には類を見ない灰色の目と髪を持ち、殿下もお気づきの通り、膨大な魔力量を有しております。そして――レーヴの透視では開心の力を保持しているとの報告がありました」

 

 開心の力と耳にした途端、カルムの青白い肌から血の気が引いていき、薄暗い室内でも見て取れるほど白くなっていった。その反応に手ごたえを感じたトーマスは、肖像画にも残されていない“幼いシャルムの顔を知る”カルムに、最大の疑問をぶつけた。


 

「彼女は、シャルム殿下と血の繋がりがあるのではないでしょうか?」



 きょときょとと宙をさまよっていた瞳が、リタの顔の前で焦点を結んだ。穴が開くほど彼女の顔を凝視していたカルムは、数秒ののちにだらりと手を膝の上に下ろした。


 

「……リタといったね。君はシャルムの小さい頃に――生き写しだよ」

「……えっ?」


 

 自分が誰かに――第3王子に似ているという突飛な話に、リタは間の抜けた声をあげてしまった。冗談としか思えないのに、トーマスとカルムの表情は険しく、カルムの傍らでセナも信じられないものを見るような目でリタを見ている。



「まっ、待ってください! 私は孤児です。生まれも育ちもノワールで……」 



 焦ったように言い募るリタに向かって、カルムが右手をゆっくりと上げた。一刻も早く誤解を解かなければという強迫観念にも似た感情が、リタの中で日に照らされた氷のようにすうっと溶けていく。カルムの持つ固有魔術――鎮静の力の効果は絶大で、数分もするとリタは落ち着きを取り戻していた。



(……でも、こんな話――信じられない)


 

 もし仮に、リタが本当に第3王子の子どもだとして、母はどうしてブランの王子と関係を持ったのだろう? 孤児院に預けたのには、どんな事情があったのだろうか? 納得のできる説明がなければ、こんな大それた話を受け入れる気にはなれなかった。


  

「リタちゃん、驚かせてごめんね。実際問題、シャルム殿下や君のお母さんに会わなければ、詳しいことは分からない」 

「…………そう、ですよね」


「ただ――そうでない理由を探すのが難しいほど、この話は真実に近いものだよ」

 


 ほの明かりに照らされた横顔は真剣そのもので、リタはそれ以上反論する気にはなれなかった。


 トーマスは壁に掛けられた時計をちらりと確認すると、正午に始まる裁判に遅れてはいけないと、退出の挨拶を述べだした。


 

「殿下、長居をしてしまい申し訳ございませんでした。――最後にひとつだけ、僭越ながらこの者達を裁判が終わるまで匿っていただけないでしょうか?」

 

「……それは、もっともな話だね」

 


 ディルもリタも、城の中をうろつかせるにはリスクが大き過ぎる。隣の部屋を使いなさい、とカルムの許しが出ると、トーマスとリタは一礼して彼の傍から離れ、ラーク達と合流した。 


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