表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
40/90

カルム・ブラン

 中庭へ一歩足を踏み入れると、絨毯のように敷き詰められた淡い黄色の小花が、リタの足元を明るく照らした。


(……きれい)

 

 伏せた目にも映る細々としたそれらは、ノワールでも見かけたことがある。繁殖力の高い野草のため、島全体に生息しているのかもしれない。しかしリタの旧友に会ったようなほっとした気持ちは、城へ近づくにつれて大きくなっていく喧騒に、すぐさま打ち消されてしまった。


「急いどくれ! 今日はただでさえ、大広間に駆り出されて人手が足りてないんだからっ」

「パン窯の薪は足りてるか? 厨房はいいから、とっとと見てこい!」

 

 中庭は使用人達の主な仕事場でもあり、辺りをせわしなく移動する彼らと次々にすれ違っていく。混じって聞こえてきた怒声のひとつが、先日まで働いていた料理店の女将に似ていると感じた瞬間、リタの肩がビクッと震えた。


 

(……大丈夫。私じゃない、私じゃ――ない)

 


 それでもリタの歩みはのろくなり、先頭のトーマスと距離がみるみる開いていってしまう。最後尾のテオドールがリタをせっつこうとすると、トーマスの後ろを歩いていたラークが振り向き、無言で首を横に振った。そのままラークは数歩戻ると、リタの斜め前を歩調を合わせて歩き出した。



「…………」 


 

 手を引いてやれば、幾らか彼女の気持ちを和らげてやることができるかもしれない。ただ、今のリタに直接触れるのはためらわれて、ラークは迷った末にローブの下に手を入れると、シャツのポケットから紫のリボンを取り出した。シエラの形見であるそれを差し出したところで、別人である彼女には届かないと分かっていても――。



(……リボン?)


 

 リタは唐突に伸びてきた手のひらとリボンに、うっかり顔を上げそうになってしまった。女物と思われるそれは、所々破けて色褪せていて、元は紫だったのだろうが、ほぼ黒に近い色をしている。行動の意図は不明だが、受け取ってほしいと解釈して間違いないだろう。


 

(……でも、誰の?) 



 本人のものとは思えないリボンを見つめているうちに、答えは自ずと浮かんできた。彼がこんなに大事にしているものなのだ。持ち主はきっと――妹のシエラだろう。それをどうして自分に手渡そうとしているのかは、謎だが。すっと伸びた長い指を見ていると、初めて彼が自分の手を取ってくれたときのことがリタの脳裏に蘇ってきた。



「……いいんですか?」



 そんな大事なものに触れて良いものか悩み、少しずつ遠のいていた手に向かって問いかける。



「……ああ」


     

 返ってきたのは、ひどく短い返事で。それでも、これ以上なく彼らしい言葉にリタは破顔した。そっとリボンの端を握ると、もう片方の端を指に絡めたラークが歩き出した。


 ――その後ろでは、二人が進むのをじりじりと待っていたテオドールの隣で、ディルが食い入るようにその様を見つめていたのだった。


 

◇◇◇



 中庭を抜けてエントランスホールのタイルを踏んだ途端、建物の中を反響する大勢の話し声にリタはぎゅっと身を縮こまらせた。一気に人の密度が増したのだと、肌の感覚で分かる。


「まだくすみが残っているわよっ。拭き上げも十分にできないの?」

「もう少し出迎えの品があってもいいわね。果物を追加するように言ってきてちょうだい」

 

 使用人達が来賓を迎えるために、ばたばたとエントランスホールの準備を進めているようだ。王城へ入ってもトーマスの歩みが遅くなることはなく、流れるように大階段を上っていった。2階へと上がるにつれて、そばを通る人の数は減っていき、廊下を進んでいく間に気配すら無くなってしまった。



(……どこに、いるんだろう?)


 

 静まりかえった廊下には、鳥のさえずりが時折どこからか降ってくるだけで。床には所々シミのような跡が残り、全体的にうっすらとホコリが積もっていることからも、普段人があまり出入りしていないのは明らかだ。耳を澄ませて考え込んでいたリタは、斜め前を歩いていたラークが急に足を止めると、つんのめってぶつかりそうになってしまった。



「カーシェル中尉。お出迎えが遅くなってしまい、大変申し訳ございません」



 前方から聞こえてきたのは、やわらかい女の声だった。落ち着いているがどこか緊張をはらんだその声に、トーマスが慇懃に答える。


 

「いや、こちらこそ急に呼び立ててすまなかった。ほんの少しでもお目通りできると助かる。――お願いできるかい?」

 

「……ご案内いたします。殿下自ら、お会いすることを望まれておりましたので」

 


 “殿下”と聞いて初めて、リタは彼女がカルム付きの侍女ではないかと思い至った。このうち捨てられたような離れに、王族がいるというのだろうか?


 

「心労をかけてすまない。なるべく早く済ませよう。……それで、後ろの者達も同席させても構わないだろうか?」


「……どちらさまでしょうか?」


 

 硬かった彼女の声に、明確に警戒の色が増している。トーマスはリタに顔を上げるよう声をかけると、前から順に連れを説明していった。侍女は黒いメイド服に白いエプロンをかけており、線の細い顔立ちをしていた。奥ゆかしくも華やかな雰囲気は、ニッチに飾られた無地の花瓶のようだ。


 

「誠に申し訳ございませんが、テオドール様以外はお控え頂けますか?」

 

 

 頭を下げると、ヘッドドレスの下できれいに編んでまとめられた白髪が露わになった。主君の部屋に、祖国を裏切った強力な魔術師とノワール人、過激派の軍人を入れるのは流石に害があると判断したのだろう。


 

「……では、このノワール人の少女だけでもお願いしたい。彼女は見ての通り非力だし、殿下に直接顔を見てほしいんだ」


 

 断る侍女にトーマスがどうしても、と食い下がっていると、廊下の突き当りからチリンとベルの鳴る音が響いてきた。それが耳に届くや否や、侍女はぱっと頭を下げると、詫びの言葉を入れて廊下を駆け出していった。


 

「追おうか」



 そう呟くと、トーマスは廊下を早足で進み、突き当りに位置する部屋の扉の前で立ち止まった。扉の右上には小さなベルが吊るしてあり、ベルと繋がったヒモは部屋の中へと続いているようだ。先ほどのベルはこの部屋の主――恐らくカルム・ブランが呼びつけたのだろう。


  

(ブランの王族なのに、伝達に魔術を使わないのね) 



 リタが不思議に思っていると、数分ののちに部屋の扉が内から開けられた。



「どうぞ、皆様お入りくださいませ」

「いいのかい?」


「……殿下のお望みですので」    



 中で何があったのかは分からないが、カルムから許しが得られたのだろう。侍女に促されるまま部屋に一歩踏み入るや否や、湿気が身体を包み込み、換気の不十分な空気にリタは気持ちが悪くなってきてしまった。窓には目張りがされ、頭上のシャンデリアにも明かりが灯されておらず、光源は侍女が手にしている燭台しかない。


 

「カルム殿下に、ご挨拶申し上げます。トーマス・カーシェルでございます」



 暗がりの中でトーマスが跪き、挨拶の言葉を述べると、部屋の奥で空気がわずかに揺らいだ。天井から吊るされた薄い布が部屋を二分しているため、リタ達のいるところからカルムのいる場所を見ることはできない。薄布は透ける素材で織られているので、かろうじて向こうに天蓋付きのベッドが置いてあると窺い知れる。


 

「急なお目通りをお願いしましたことにお詫びと、お許し頂けましたことに、心よりお礼を申し上げます」

 


 ベッドに横になっているのかカルムらしき人影も見えず、本当にいるのかリタが不安になってきた頃、ようやく声が返ってきた。


 

「…………トーマスか」


 

 ケホケホとせき込んだ後、身体を起そうとしているのかギシリとベッドがきしむ音がした。リタ達のそばに控えていた侍女が矢のように飛んでいき、その拍子に薄布がふわりと揺れて、血管の浮き出た細い腕がちらりと覗いた。

 


「……ありがとう、セナ。悪いが、支えていてくれるか?」

「勿論でございます」


 

 侍女へとゆっくり話しかける様からは、王族の品位が滲みだしている。


 

「……このような形で済まないが、何分融通の利かない身でね。前置きは良いから、手短に話してくれるか」


 

 ごくりとつばを飲み込んだトーマスは、封印の腕輪について話を聞くため、これまでの経緯について話し始めた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ