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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第4章 裁判
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ブラン王城

「――リタちゃん、起きて。もうそろそろだよ」

 

 トーマスに声をかけられたリタは、すぐに意識を取り戻したものの、眠気が覚めずにうつらうつらと馬車の揺れに身を任せていた。


 

(……起きられない)


 

 そんななか、ふいにガタンッという衝撃が馬車を襲い、リタは派手に後頭部をぶつけてしまった。


「……っ」 

 

 頭を抱え、左側の壁にもたれて痛みに耐えていると、カーテンの隙間から差し込む朝日が目にちらついた。靴のつま先を横切る細い線は、くっきりとしていて。


 

(日が昇って、もう結構経つのかしら?)

  


 出発するときは開いていた筈のカーテンは、閉められてしまっている。伺い見ることはできずとも、外からは微かにサラサラと水音が聞こえてきていた。――川か何かの近くを走っているのかもしれない。恐らく、基地からイグリスへ向かったときよりは時間がかかっているだろう。


 

「リタちゃん、大丈夫?」


 

 俯いたままのリタを見て、トーマスが眉尻を下げて心配そうに声をかけた。リタは大したことはないと首を振ると、カーテンとトーマスを交互に見ながら、おずおずと彼に問いかけた。


 

「……あの、どこへ向かっているんですか?」


「言ってなかった?――王城だよ。少し前に王都に入ったんだ」


(……王城!?) 

  

 

 眠気と痛みで散漫としていたリタの頭が、パッと水をかけられたかのように覚醒した。田舎で育ったリタは、ブランは愚かノワールの王城も見たことすらない。裁判があるとは聞いていたが、まさか王城で行われるとは想像もしていなかった。


 

「今日の裁判は陛下たっての願いだし、貴族を始めとした上の人間を沢山集めるとなると、王城の大広間くらいしか入る建物はないからね」


 警備も万全だし、と付け加える彼の前で、リタは相当青ざめた顔をしていたのだろう。彼女を落ち着かせるようにトーマスが穏やかに笑った。


「大丈夫。裁判にかけられるのはラークで、みんな今はそのことしか頭にないさ。僕といれば、君に食って掛かる奴もいないだろう」


 

(…………本当に、そうなのかな?)


 

 今まで出会ったブランの軍人達を思い浮かべると、王城までのこのこやってきたノワール人を見逃してくれるとは到底思えない。目の前に座る隻眼の軍曹――ディルのように深い恨みを抱いている者であれば、尚更。  


 

「ただ念のため、リタちゃんは裁判の間は“別室”で待っていてもらおうと思う」


「……別室、ですか?」


「髪と目の色に加えて、その魔力量は目立ちすぎるからね」  


 

 どことなく不穏な雰囲気を持つその言葉に、リタの声が自然に高くなって震えた。そもそもこの二人がリタを守ってくれる保証などどこにもないのだが、それでもいつの間にか一緒に行動するのが当たり前のようになっていて。



(……ひとりには、なりたくないな)



 イグリスで一人になった途端、過激派に連れ去られてしまった記憶がよぎる。不安に襲われたリタは、つい膝の上で指をいじりだしてしまった。



「……どこへ連れていくつもりだ?」



 リタの手元へと目を落としたラークは、威圧するような声を出し、ほんの少しだけ彼女に身を寄せた。――身体は触れないよう、慎重に。空気をはらんだローブがふわりと膨らみ、たわんだそれが布越しに触れると、リタの手がハッと止まった。


 

「カルム殿下に、お力をお借りするつもりだ」



 トーマスが深呼吸してゆっくりと答えると、突然飛び出した第2王子の名に、ラークがわずかに片方の眉を上げた。そんな彼とは違い、ディルが弾かれたように左隣のトーマスを振り返る。


 

「なっ……中尉は、“穏健派”だったのですか!?」


 

 穏健派――第1王子クラージュ率いる過激派とは対照的に、争いを好まない平和主義者達を指す総称。カルム・ブランは指導者ではないが、尊い王家の血を引き、ただひたすらに“全てのブラン人の幸せ”を願う彼は、密かに信奉の対象とされていた。 



「ああ。公にはしていないけどね」

「……!」


 

 トーマスのように若く力のある軍人は、過激派につかずとも穏健派に属することはまずない。カルムについたところで、生まれつき身体が弱い彼は、王子とはいえ王位を継承する可能性は皆無に等しいからだ。そのため、ディルがトーマスの選択を聞いて、泡をくったように驚いていても何ら不思議ではなかった。

 

 

「なぜっ、あのようなお方に……」



 そんな彼を前に、トーマスは理由を話したところで、理解はしてもらえないだろうと口をつぐんだ。カルムのいう“全てのブラン人”にはレーヴとウェルデンも含まれている。彼が強制徴兵の意義を認めながらも、対象者の人権損害を是とはしていないことを知ったとき、トーマスは彼につくと決めたのだった。



(いつの日か殿下が病から回復し、王座が巡ってくることがあれば――)



 途方もなく気の長い、成功する見込みの限りなく薄い“賭け”だと分かっていても、見過ごすことはできなかった。


 

「悪巧みをしているわけじゃないさ。僕は、純粋にあの方にお仕えしている」 



 その地底湖のようにどこまでも透き通った瞳には、嘘など一滴も混ざっていなくて。

 


「…………」


 

 ディルは何か言いかけたものの、言葉にならなかった。この掴みどころのない魔術師と死にかけの王子には、どこか通ずるところがある。あたりは柔らかいのに、その内には信じられないほど固いものを持っているのだ。



「……まって――さいっ」 

  


 沈黙が下りたのもつかの間、外から男の大きな声が響いてきて、馬車が緩やかに止まった。衛兵か何かだろうか? テオドールが何やらくぐもった声で答えていたが、しばらくして馬車の扉が外から開けられた。


「失礼致します。ご乗車されている方々の確認をさせていただきますね」


 ぬっと中を覗き込んだ日に焼けた男は、トーマスの姿を認めるとさっと頭を下げた。


「カーシェル中尉、お疲れ様です」

「ああ」


「ご同乗されている方は、ラーク・ミュセル、ノワールの捕虜と――ディル・エバンズ軍曹でお間違いないでしょうか?」


 元々一緒に来る予定ではなかったからだろう。許可証に名前のないディルの姿を見て男が首をかしげていたが、トーマスと何やら話し、武器の所持を確認すると、馬車は無事に門を通された。

 

 

「ここからは、歩いて行こうか」



 門をくぐるとすぐ、トーマスが席を立ちあがり、ディルの手縄を引いて馬車を降りて行った。入口に近いラークが続き、リタも馬車を出ようとしたところで、外から見守っていたトーマスが、ふと彼女の頭に目を留めた。 


「フードを外してくれる? 王城では、王族以外は顔を隠してはいけないんだ」 

 

「……は、はい」


 リタは返事をしたものの、なかなか決心がつかずフードをつかんだ左手が震えてしまった。警備のことを考えれば、仕方のないことだと分かっていても、白一色の頭の中に灰色の髪と目を晒せば目立たずにはいられないだろう。ノワール人がここにいると知らせるようなものだ。――右手でペンダントを掴んでも、震えは収まらない。


 

「…………大丈夫だ」


 

 そんな彼女に、馬車の外から躊躇いがちな低い声が投げかけられた。顔を上げなくても、もう誰のものか分かるその声を聴いたとたん、リタの手の震えは止まって。



(……なん、で) 

 

 

「おいで、リタちゃん。今はまだ、そんなに人もいないから」


 

 出会ってまだ間もないのに、どうしてこの二人の声を聴くと、自分はこんなにも安心してしまうのだろう? その答えはわからずとも、左手はゆっくりと後ろにずれていって、フードがはらりと背中に落ちた。暗い馬車の扉をくぐると、胸元で灰色の髪が日光を反射して鈍く光った。


 

(……下を向いちゃ、ダメ) 



 それを視界から消すように顔を上げると、ステップの下で双剣のように佇んでいる長身の二人と目が合った。その後ろには、白亜の壁と青灰の尖塔を持つ城がそびえていて。



(……おとぎ話に出てくる、お城みたい)



 どことなくイグリスに似ているが、四方をぐるりと取り囲む石造りの壁が堅牢な雰囲気を醸し出している。帯のように城を取り囲む壁は2重になっており、リタ達は丁度外庭に足を踏み入れたところだったのだ。芝生のみが敷き詰められ、花などの植栽のない殺風景な外庭の先に、中庭へと続く城門と衛兵が控えていた。



「無駄口はたたかないように。視線も落として、なるべく目も合わせないで」 



 そう忠告すると、トーマスはディルの手縄をテオドールに預け、先に立って歩きだした。

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