シエラの腕輪
トーマスの頭の中で、パズルのピースがはまるように諸々の事柄が意味を持って、つながり始めていた。
(……偽物の腕輪、王子の失踪、ノワールへの潜伏、灰色の髪、彼女の持つ膨大な魔力)
通常、ノワール人とブラン人の混血児は黒髪黒目で生まれてくる。戦前まで相互不干渉を貫いていたブラン王族とノワール王族との間には、婚姻のやり取りがなかったが、王族の血が交わった場合は、子どもは何色で生まれてくるのだろう?
(順当に考えれば、黒一択だ。だがもし王族の血が混ざれば灰色になるのだとしたら……)
ノワールへと渡ったシャルムが、ノワール人の女との間に作った子どもがリタなのではないだろうか? とんでもない方向に飛んでいく思考にトーマスは胸がどっと熱くなったが、ある矛盾に気が付いてふっと冷静に戻った。
(……子どもが、大き過ぎるな)
8年前に始まった戦争で、シャルムがノワールに渡ったのであれば、彼女の年齢とシャルムの潜伏時期が嚙み合わない。黙り込んだトーマスに代わって、今度はラークが口を切った。
「あの腕輪は、シエラから奪ったものではないのか?」
「…………」
何度も同じことを聞かれて、ディルはややうんざりしていたが、一度ラークの逆鱗に触れてしまったこともあり、慎重に言葉を選びながら答えた。
「あれは、確かに殿下から受け取ったものだ。殿下がどうやって手に入れたのかは、悪いが本当に何も知らん」
ラークがローブの下から紫のリボンを出し、そっと握りしめた。嘘を言っているとは思えないディルの様子にラークは諦めたようだったが、そのやり取りにトーマスは何かが引っ掛かった。
「シエラって、お前の妹の名前だったよな? 何でその子から奪ったって話になるんだ?」
王族でもない彼女が、封印の腕輪を所有していたというのは、普通に考えてありえない状況だ。ディルが持っていた腕輪が偽物であったことからして、シエラの腕輪も本物だと断言することはできないが、平民に行きわたるほど偽物を量産できるはずがない。
「似た模様の腕輪ってことはないのか?」
「…………」
沈黙を否定と受け取ったトーマスは、質問の切り口を変えた。
「腕輪が秘宝だってことは、知っていたのか?」
「……いや、母からは伯母の形見だと聞いていた」
「伯母? 母親じゃなくてか?」
トーマスの追及に、大きく息を吸い込んだラークが、吐きだす勢いに任せて告白した。
「シエラと俺は――実の兄妹ではない」
「……えっ?」
「なんだと?」
妹への入れ込みようからして、リタもトーマスも二人は血を分けた家族だと勝手に思い込んでいた。ラークにシエラと重ねて見られているからか、リタにとってシエラはどこか親しみを感じる存在でありながら、ラークの実妹として決して届かない高みに君臨していると感じていたのに。
(……血の繋がりがないのなら)
自分とシエラを明確に分かつものなど、無いのではないのだろうか? このまま彼の妹になりたいと願えば、ラークは兄に――家族になってくれるのではないかと、そんな考えに危うく行きつきそうになったリタは、トーマスが質問する声で正気に返った。
「親戚の子どもか?」
「……ああ、伯母の娘だ」
関係性でいえば、シエラはラークにとって母方の従妹に該当する。トーマスが髪をくしゃくしゃとかき回しながら、ラークに再度確認した。
「父親は誰なんだ?」
「…………分からない。だが、伯母は王城で侍女をしていた」
「侍女か……」
侍女であれば、王城の大抵の場所には出入り可能だが、宝物庫までは入れなかっただろう。だが、王族の誰かから寵愛を受けていれば、その限りではない。
(……分からないことばかりで、どれも確証はないが)
何か大きな渦に巻き込まれていくような、自分たちは悪意で黒く染まった掌の上で転がされているような嫌な感触があった。更に深く思考の海へと潜っていくトーマスに、リタが小さな声で投げかけた。
「……あの、シエラさんの腕輪の行方は、分からないんですか?」
リタはただ、シエラの腕輪が本物かどうか、ラークの妹であるならば会って確認すれば良いと考えたまでだった。しかし、彼女の発言で部屋の空気は一気に重苦しくなり、トーマスはちらりとラークに目を走らせた後、言い辛そうにゆっくりと切り出した。
「僕も詳しくは知らないけど、シエラ・ミュセルは王城の“事故”で亡くなったと聞いている」
「……事故だと?」
事故、という単語が飛び出した途端、ラークの身体からうねるように魔力が流れ出し、長い白髪がぐるぐると螺旋を描いていく。
「事故ではないっ。シエラは――“殺された”んだ」
すさまじい圧迫感にリタは息が詰まり、ディルは床に伏せたまま、疾走したあとのように浅く息をしていた。トーマスだけがたじろぐこともなく、ラークに向かってなだめるように語りかけた。
「知っていることを話しただけだ。……間違いがあるなら、教えてくれよ」
手掛かりになるはずだ、と力を込めて話すトーマスの目には真摯な光が宿っていた。ラークの身体から発せられる魔力が収束するのと共に、風が緩やかに収まっていき、舞っていた長髪が肩にストンと落ちた。
「……戦前、俺は王城にシエラを預けた」
「ああ」
「王は守ると約束した」
「初耳だな」
情報統制の影響なのか、トーマスはそんな話を聞いたことがなかった。
「だが、シエラは徴兵された」
「……なんでだ?」
「固有魔術を、発現したからだ」
強制徴兵か、とトーマスが低い声で独り言つ。あの制度にわだかまりを抱えているのは、トーマスも同じだ。
「抵抗したシエラは――」
その先を言おうとするも、ラークの唇はぶるぶると震えていて言葉にならなかった。トーマスがもういいと静かに声をかけると、ラークはうなだれたまま窓辺へと移動し、窓枠にもたれかかって外へと視線を逃がした。
「ひとつだけ、いいか?」
窓の外に広がる闇を見つめたまま、白い後頭部が縦にこくんと動いた。吹き込む風が、バラバラの長さの髪をそよそよと揺らして、リタの頬をひんやりと撫でる。
「妹が固有魔術を発現したのは、何歳のときだ?」
「……15だ」
15歳。今のリタと変わらない年齢で、ラークの妹であるシエラは殺されたのだと、急にリタは彼女の死が生々しく感じられてきた。
「ずいぶん遅いな。普通は10歳までに発現するだろ?」
そう口にしたトーマスは、自分で言って気が付いたというように、はっと目を見開いた。
「……待てよ。もし妹が封印の腕輪をつけていたのなら――」
その腕輪が本物にしろ偽物にしろ、外すか破壊でもしない限り、その効力が失われることは無かっただろう。固有魔術は、年齢とともに高まる魔力量に触発されて発現する。それを腕輪で押さえつけていたとすれば、外した瞬間に発現したとしても不思議ではない。
(……むしろ、辻褄が合う)
トーマスはラークから更に情報を引き出したかったが、窓枠にぐったりとのしかかったラークは、足に力が入らなくなったのか、ずるずると床に崩れ落ちてしまった。
叔母から伯母に、誤字を訂正しました。シエラの母セイラは、ラークの伯母(ラークの母レイラの姉)にあたります。




