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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第3章 過激派
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疑惑

 森を出て町へ入る頃には、既に日が落ちてあたりは暗くなっていた。イグリスや軍の基地へ戻るには時間が遅いため、適当な宿を借りることになったものの、どこも満室のようで空きが見つからない。


「申し訳ございませんが、本日は1部屋しか空きが無くて――」


 4軒目にしてようやく見つけた宿の空室は1つだけで、受付に立っていた若い娘が頭を下げた。後ろで結わえた長い髪は、整える時間もないのか所々後れ毛が飛び出している。


「構わないよ、1室でも。すぐに入れる?」


 断られると思っていたのか、トーマスの返事に面食らった娘は、受付の後ろの壁にずらりと並んだ客室のカギのひとつを、あたふたとフックから外した。カウンターの端の板をパタンと上に持ち上げると、受付の中から出てきて横の階段を駆け上っていく。


「たっ、ただ今確認して参りますっ」


 トーマスの後ろで、ディルを担いだラークの隣に立っていたリタは、娘のいない隙にキョロキョロと辺りを見回した。彼女がいる間にあまりじろじろ見るのは、何となく無礼な気がしたからだ。一般的な木造の家屋とそう変わらない見た目の宿は、看板が出ているからかろうじてそうだと分かっただけで、中も受付のカウンター以外には装飾や調度は何もなかった。


(……ノワールの宿も、こんな感じなのかな?)


 泊まったことのないリタには想像することしかできないが、廊下の方へと首を伸ばしたところで、鍵を握りしめた娘が2階から息をきらせて戻ってきた。


「大変お待たせ致しましたっ。すぐにご案内致します」


 トーマスが鍵を受けとりながら、娘の手に数枚の銀貨を握らせた。支払いは既に済ませていたから、心付けを渡しているのだと、リタはまじまじと彼の顔を見てしまった。


「助かったよ。急がせて悪かったね」


 娘は大きく目を見開いて、渡された額の大きさに固まっていたが、すぐに我に返って深々と頭を下げた。


「あっ、ありがとうございますっ」

 

「じゃ、借りるよ」

 

 何でもないという様子で、トーマスが娘の肩をポンポンと叩いて階段を上っていった。その後ろをディルを担いだラークとリタがついていき、タンタンと階段を踏み鳴らす音が辺りに木霊した。

 


(……お部屋も、何にもない) 

 


 宿に泊まったことのないリタは違和感に気づきようも無かったが、部屋の中にはベッドが2台しかなく、ソファやテーブルなどの家具は一切無かった。鏡やクローゼットに手洗いや水場もなく、集会所などの他の用途にあてられていた部屋を客室として貸し出しているに過ぎない。


「ベッドはリタちゃんと僕で使おうか? 野郎は床で十分だろ」


 トーマスが入り口に近いベッドにドスンと腰かけ、奥のベッドをリタに指し示した。

 

「あ、ありがとうございます……」


 リタは言葉に甘えて、奥のベッドの端にちょこんと浅く腰かけた。くたびれた寝具だが、よく手入れが行き届いている。カビ臭かったテヌール収容所の布団とは違い、日干しされた布団のよい臭いがした。ラークは入口の近くにディルを下ろすと、部屋の奥へと足を進めて窓の下に腰を下ろした。


「……そろそろ起きてきそうだな」


 トーマスが立ち上がり、ディルの手を縄で厳重に縛りだした。たくましい体躯が、狩られた獣のように動きを封じられていく姿は、少なからず憐憫を誘った。


「……あの、その人はどうなるんですか?」


 聞いてはいけないような気もしたが、ついリタの口から質問がポロリと零れた。トーマスは目を上げることなく、手を動かしながら答えた。


「陛下の命に背いたからね。良くて終身刑、悪くて極刑かな」

「……そうですか」


「頼みの綱のクラージュ殿下も、今回の件が明るみに出れば、陛下からのお叱りは免れないだろう。庇い立てするとは思えない」  


 何となく予想はついていたものの、胸が痛んだ。リタの表情が優れないのを見て、トーマスは首をかしげた。


「リタちゃんは、こいつを恨んでいないの? 罰を受ければいいと思わない?」


 そう言われて初めて、リタは彼のことを恐ろしいと感じてはいても、怒りや憎しみといった感情を抱いていないことに気付かされた。やり返したいとか、報いを受けてほしいとか、そんな衝動は心のどこにも見付からない。胸から突き上げてくるのはもっと、あばら骨が軋むような鋭い痛みで。

 

(……どうしてかは、分からないけど)


 無意識に指をいじりながら、リタはぽつりと自分の気持ちを吐き出していった。


 

「この人を見ていると、すごく“苦しい”気持ちになるんです」


「苦しい、か……」

 

 

 トーマスがぎゅっと縄をきつく縛ると、ディルがううっとうめき声をあげて薄目を開けた。生気の失われた瞳は焦点を結ぶこともなく、あてどなく部屋の中をさまよう。何かを探すようなその視線に、トーマスが何も言われずとも問いに答えた。


「助かったのは、お前だけだ」


 ディルがぐっとつばを飲み込み、自らに罰を与えるように何度も額を床に打ち付けだし、額から血が噴き出すまで止めることはなかった。床に突っ伏し、死んだように動かなくなってしまった彼の肩を、トーマスが強く揺さぶった。


「お前には、まだ聞きたいことがある」

「…………」 


 仲間を裏切るつもりは絶対にないのか、ディルは返事もしない。彼だけは死を免れたものの、兵士達と運命を共にする覚悟は決まっていたのだろう。――だが、そんな態度はトーマスの次の言葉で打ち破られた。


「これは僕のただのカンだ。……だけどな、あの封印の腕輪は“本当に”王家の秘宝だったのか?」


 本当に、という部分を念押しする聞き方に、ディルがゆらりと顔を上げた。振り乱した白い髪の下から鮮烈な赤が頬に筋を作り、ぎらぎらと光る隻眼は一つ目の鬼のようだ。


「……どういう意味ですか?」

「言葉通りさ。あの腕輪が紛れもなく、本物であるという証拠は?」

 

「殿下が私に、偽物を渡したと言うのですかっ」

 

 ディルは手首に縄が食い込むのも意に介さず、ぐっと固くこぶしを握りしめた。 


「殿下が私を裏切ることなど、絶対にありません! 殿下は――」 

「ああ、違う違う」


 更に言いつのろうとするディルに向かって手をひらひらと振りながら、トーマスが声をかぶせて強引に発言を止めた。


「そんなことをしても、殿下は過激派の人員に加えて、陛下やお前からの信用も失うだけで、何の得もないだろ?」

「…………」 


 足を縛り終えたトーマスが、ディルから離れてベッドに腰掛け、上から彼を見下ろした。ふうふうと息をするディルが、彼の話を聞こうという姿勢になるのを待ってから再開する。


「僕が言いたかったのは、王家が保管していた腕輪そのものが、もしかしたら偽物だったんじゃないかっていうことだよ」

 

「……殿下が、何者かに嵌められたと?」


 複雑に絡み合っていく話に、ディルだけでなくラークまでもが聞き耳を立て、窓の下からすっくと立ちあがって歩み寄ってきた。


「さっき倉庫で、腕輪が壊れただろう? 確かにラークの魔術師としての力量は誰よりも優れているし、王族には及ばないが魔力量も多い」


 トーマスは近づいてきたラークを見やると、ディルに視線を戻した。

 

「でもな、それで封印の腕輪が壊れると思うか? この世の魔術体系を指南した、ロンカイネン家の魔女が作り出した代物だぞ?」

「…………」 

 

 深い海に潜るように、様々な事象を奥底まで見通して推理を進めていくトーマスの話に、事情をよく知らないリタでさえ彼の仮説が正しいのではないかと思えてきてしまう。しかし、猜疑心に囚われたディルは、信じてたまるかというように首を横に振った。


「そもそも、偽物を作ることなど可能なのですか?」

 

「……そうだな。古代魔術を用いて作られた秘宝なんて、偽物であってもそうそう作れるものじゃあない」

 

 今話している内容のすべてが憶測だしな、とトーマスが肩をすくめる。

 

「仮にその話が真実だとして、誰が偽物の腕輪を仕込んだというのですか?」   


 

 ディルの質問に、トーマスが人差し指をすっと立てた。


 

「一人だけいるじゃないか? 行方知れずの王族が」


  

 その言葉に、ディルがはっと息を吞んだ。


 

「……シャルム殿下を、お疑いなのですか?」


 

 魅了の力を持つ、第3王子シャルム・ブラン。王家の血を引く彼であれば、王城の宝物庫で保管されている本物の封印の腕輪を持ち出すことも可能であろう。


 

「ですが、シャルム殿下は戦場で命を落としたと――」



 戦後行方知れずになっていたシャルムは、死んでしまったのではないかと、まことしやかに噂されていた。膨大な魔力量を持つ王族が“見つからない”というのは異常事態で、それこそ死んで魔力が消えでもしない限り、ブランにいれば必ず見つけることができる。


(そう。だから裏を返せば――) 


 封印の腕輪を装着して魔力を消すことができれば、探知されずに行方をくらますことは可能だ。そして、もしシャルムが他の秘宝にまで手を出していたらどうだろう? 変色の耳飾りを使えば、髪や目の色を変えて隣国や大陸へ渡ることだってできてしまう。


 

(待てよ、もし潜伏先がノワールであったなら) 


 

 その可能性に気付いたトーマスは、隣のベッドで耳を傾けている少女をばっと振り返った。


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