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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第3章 過激派
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脱出

 最後にそう呼ばれたのはいつだっただろうか? もう思い出すことすらできないのに、『お兄ちゃん』と呼ばれた瞬間、ラークの腕にさざめくように鳥肌が立った。


 

「……お願い」



 腕の中で震えている少女の髪は、妹とは似ても似つかない灰色で、瞳の色だって星をたたえたような銀ではなく曇り空のような灰色だ。それなのに、この娘がシエラではないと分かっていても、ラークはリタの言葉を無視することができなかった。 

 

 見つめあう二人の真正面から、決闘を挑むように躍りかかってきたディルに向かって、ラークが右手をかざす。


「……スリープ」 


 リタが攫われるときにかけられた魔術であり、相手を強制的に眠らせてしまう効果がある。ラークの右手から噴き出す霧のような銀色の粒を吸い込んだとたん、ディルは足元にバタリと崩れ落ちてしまった。


 

「倒したかっ!?」

 


 暴走状態のラークを遠巻きに見守り、自分の周囲を水魔術で守っていたトーマスが、こちらを振り返って問いかけた。リタが無言でうなずくと、ほっとしたような顔で再度脱出するよう催促する。


「そろそろ逃げないと、本当にまずいぞ」  

 

 倉庫はオーブンのように熱くなってきて、息をするたびに喉が焼けるように痛い。ラークは粉々になった腕輪にちらりと目をやると、思いを振り切るように顔を上げた。


「……トーマス」

「ん? なんだ?」


「水魔術で、火を消化できないか?」


 ラークの提案にトーマスは目を見開き、申し訳なさそうに頭を横に振った。  

 

「ここにいるのは過激派とはいえ、同じブランの軍人だ。僕もそうしたいのは山々だけど……」


 その先は、言われずとも明らかだった。トーマスとラークでは同じ高位魔術師でも力量に差があり過ぎる。ラークが腕輪を破壊するほどの魔力を込めて出した炎を、いくらトーマスが水魔術を得意としているとはいえ、一人で消すことなど不可能だった。


「お前はリタちゃんを頼む。僕は道を作るから」


 トーマスが両の手の平を重ね合わせたあと、ひらひらと指を動かしながら手を開いていき、呪文を唱えた。


「……ストリーム」

 

 掌からあふれ出した水流が、出口まであふれ出るように流れていく。炎と接触した部分が、ジュワっと音を立てて蒸発した。


「先に行ってくれ」


 ラークはトーマスに促されるまま水の道に分け入ろうとしたが、抱き上げていたリタにローブの襟をつかんで止められた。


「……待って」 


 彼女の視線の先にあるのは、意識を失い突っ伏したままピクリとも動かなくなってしまったディルだった。


「…………」


 上目遣いに見上げたリタと目が合うも、彼女は口を開いては閉じ、何か言い出すのを躊躇っているようだった。

 

「急いでくれっ、そう長くはもたない!」

 

 トーマスに急かされると、意を決したようにリタが口を開いた。


「……この人も、連れていけませんか?」

「…………」


「私は自分で歩けます。この人を、代わりにお願いできませんか?」


 ラークには、息が触れるほど近くにいる少女が何を考えているのかさっぱり分からなかった。彼女を拉致して縛り付け、暴力をふるい泣かせた人間をどうして助ける必要があるのだろうか? 自ら手を下しはしなかったものの、助けるつもりは毛頭なかった。


 

「……なぜだ?」


 

 リタに会う前のラークであれば、理由など聞かずに即断でディルを見捨てていただろう。それが今は、彼女の願いであれば叶えてやりたいと望む自分がいた。



◇◇◇ 

 


 ラークにディルを助ける意図を問われたリタは、何と答えれば彼を説得できるのか分からず、言葉に詰まってしまっていた。


(……何て言ったらいいの?)


 リタ自身、何故ディルを見捨てることができないのか分からないというのに。ただ、この男が恐ろしい人間で、自分を殺そうとまでしたのだと分かっていても、彼の形相が目に焼き付いたように離れなかった。


 

『あいつのせいで、ミナがどんな思いをしたか……』



 ぐるぐると考え込んでいると、ふとリタの頭に詰問の最中、彼がこぼした涙と言葉が蘇ってきた。


 

(……ずっと、苦しそうだった)



 料理店でリタに暴力をふるっていた女将とは違う。この人はリタをいたぶることに快楽を感じてもいなかったし、兵士にリタを袋たたきにもさせなかった。彼の中にあるのはラークへの深い憎しみだけで、――その正体をリタは“知りたい”と思ったのだ。



「……どうしてこんなことをしたのか、聞いてみたいんです」

 

 

 結局口をついて出たのは、飾らないそのままの言葉だった。こんな理由でラークが動いてくれるはずもないと、もっと言葉を重ねようとしたところで、リタはすっと地面に下ろされてしまった。


(……えっ?)


 目を白黒とさせる彼女の前で、ラークがディルの傍らにしゃがみ込み、上半身をつかんで引きずるようにして連れてきた。

 

(……連れてきて、くれた)


 ずた袋のような扱いだが、リタの力では引きずることもままならなかっただろう。


「これでいいか?」


 水流に足を踏み入れたラークが、リタがついてきているか確認するように振り返った。


「……はっ、はい」 

 

 慌てて彼の後を追いかけて走り出したリタは、すぐに前へ向き直ったラークに、伝えそびれたお礼を心の中でつぶやいた。


 

(……ありがとう) 

 

 

 くるぶしまで浸かる高さでドウドウと流れる水は、浅い小川のようで火照った体に冷たい水の感触が心地良い。リタのすぐ後ろにはトーマスが続き、落下物や燃えカスに注意を払っていた。


 倉庫を出ると、辺りはもう夕日に包まれており、同じ色でごうごうと燃える倉庫を、リタは不謹慎にも美しいと思ってしまった。


 

(助かったんだ……)


 

 ようやく実感がわいてくるとともに、リタは全身の力が抜けて芝生にへたり込んでしまった。ディルから手をさっと離したラークが肩を支えてくれたが、反射的にビクッと肩を震わせてしまう。


(……あんな姿を、見てしまったから)


 リタの反応を拒絶と受け取ったラークはすぐに手を離し、二人の間には気まずい空気が流れた。そんな二人の前にトーマスが馬を引いて現れ、地面に横たえられているディルを見てため息をついた。


「人を助けるのはいいことだ。違いない」 

「…………」


 彼の言わんとしていることが分からず、困惑しているリタに向かって、トーマスが問いかけた。

 

「リタちゃん、馬は何頭いるかな?」

「……に、2頭です」


「正解」 


 ここまで来て、ようやくリタにもトーマスが何を問題視しているのか理解できた。

 

「……4人は、の、乗れないですよね?」

 

 恐る恐る聞くと、トーマスが笑顔でうなずいた。笑っているのに、怒っているのが伝わってきてリタはおろおろした。リタ一人なら、ラークかトーマスと同じ馬に乗れるが、意識を失った成人男性となれば話は別だ。


(ど、どうしよう……)

 

 わたわたとするリタを尻目に、ラークがディルの腹を下にして、荷物のようにこげ茶色の馬の上に乗せた。次は何のためらいもなくリタの手を引き、もう一頭の栗色の馬の横で抱え上げる。ラークが何をするつもりなのか思い至るやいなや、リタはじたばたと動いて抵抗を始めた。


「ま、待って!」

「……?」

 

「わたしっ、馬に乗ったことありません。乗れませんっ」


 リタが本気で怖がっていると察したラークは、すぐに地面に下ろしてくれたが、心の準備もないままに乗せられそうになったリタは、ぜいぜいと息をついた。


(一人で乗るなんて、絶対無理) 

 

 馬の背は下から見ているよりずっと高く、持ち上げられただけで目が回ってしまいそうだった。無理やり乗せられては堪らないとラークから距離をとるリタを見て、さっきとは打って変わって楽しそうな表情に変わったトーマスがひらりと栗毛の馬に飛び乗った。


「リタちゃん、おいで。一緒に乗ろうか」


 予想もしない提案に固まってしまったリタに代わって、差し伸べられた手を取ったのはラークだった。手をつかんだままトーマスを引きずり下ろし、有無を言わさぬ態度で素早く馬にまたがった。


(……結局、自分が乗るんだ)


 横暴だと思いながらリタがぼうっと見ていると、目の前にすっと白い手が伸びてきた。


 

「つかまれ」


 

 馬に乗るのはやはり怖かったが、この流れで断ればトーマスと乗る組み合わせしか残っていないのは明白だ。


(どっちかと乗らなきゃいけないのなら……)


 リタは逡巡した後、ラークの手を握った。勢いよく持ち上げられ、ラークの前に座らされると、ほんのりと触れた背中から体温が伝わってきた。


 

(……あたたかい)


 

 燃え盛る炎の中で凍てついた目をしていたラークの顔がふっとよぎり、目頭がかっと熱くなった。目をしばしばと何度も瞬きするリタの後ろで、ラークが手綱を緩めて馬を発進させた。


「ほんと、仕方ねえな……」


 その隣でディルを乗せた馬の手綱をトーマスが引き、一行は燃え落ちる倉庫を後にしたのだった。

 


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