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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第3章 過激派
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封印の腕輪

 トーマスもまた、信じられないと底光りする目をディルに向けていた。

 

「そりゃあブラン王家の秘宝だろっ。……なんでお前が持ってやがる」

  

 封印の腕輪とは、ブラン王家が所有する3つの秘宝のひとつである。「封印の腕輪」、「変色の耳飾り」、「姿隠しの指輪」からなる王家の秘宝は、その存在こそブラン国民に知れ渡っていても、実際に目にすることは王家の血を引く者しか許されていない。――トーマスの焦りに、この場の主導権は自分が握ったとばかりに悦に入ったディルが説明を始めた。


 

「“クラージュ殿下から”託されたのです。それで裏切り者の魔力を封じるようにと」


 

 第1王子であるクラージュであれば、秘宝を持ち出すことも可能であろう。ラークの腕にはまっている腕輪が本物の封印の腕輪なのか、トーマスに確かめる手立てはない。――しかし、ラークが反撃を仕掛けない様子から察するに、魔力が封じられてしまっている可能性が高かった。


 

「いったん引くぞっ」



 魔術が使えないのであれば分が悪いと退却を促しても、ラークはリタを抱きかかえたままその場を動こうとしない。放心したかのように腕輪を繰り返し撫でている姿に、リタだけでも先に逃がそうと、トーマスがローブの下からナイフを取り出して手の拘束を解きにかかった。


「……トッ、トーマスさんっ」


 リタが引きつった声を上げると、トーマスは力なく微笑んだ。 


「ごめん、リタちゃん。何か罠があるかもしれないとは思っていたけど、まさか王家の秘宝を出されるとはね……。君を守り切れるか分からない」

 

「……うっ、うしろっ――」  


 彼の背後で、ラークの重力魔術の効果が切れたのか、兵士達がよろよろと起き上がり始めていた。


「……くそっ、魔力が封じられたっていうのは、本当みたいだな。――リタちゃん、立てる?」 


 手縄の次に足縄をブチリと千切るように切ったトーマスが、先に立ってリタに手を差し伸べる。その手を取って立ち上がろうとしたリタを、行くなとばかりにラークが強く抱きすくめた。

 

 

「はっ、離し――」 


 

 抜け出そうとするリタの声など耳に届かないかのように、ラークが離すまいと更に腕に力を込めた。ゆらりと視線を上げたラークは、光の消えた闇のような目でディルを見据えた。


 

「……この腕輪を、どうやって“シエラから奪った”?」


(……シエラ?)


 ラークにとって誰よりも大切な存在であろう妹の名に、にじにじと腕をくぐろうとしていたリタは動きを止めた。

 

 

「……シエラだと?」 

 

 

 シエラの名に違和感を覚えたのはディルも同じのようで、眉をひそめた彼はラークが追い詰められておかしくなったのではないかと、突き放すように冷たく言い放った。


 

「……そんな女は知らん」

 

「……っ」 


 

 そんな女、とディルが口にした瞬間、ドクンと脈打つようにラークの体から魔力があふれ出してくるのをリタは感じ取った。ディルも気づいていたようだが、魔術を使えるわけがないと高をくくっているのか、追い打ちをかけるようにこう畳みかけた。

 

 

「自分の置かれた状況を理解しろ。もうお前に勝ち目はない」


 

 彼の言葉通り、兵士達が3人を逃がすまいと包囲網を固め始めていた。しかし、ディルの答えに心を閉ざしたラークにそんな牽制は何の意味もなく、ひたすら彼に対するふつふつとした感情が身の内から湧き上がってきていた。



(……これは、“怒り”か?)



 ノワールの収容所でリタが男に襲われたとき、同じように目の前が真っ赤になって、気付いた時には鉄格子を木っ端みじんにしていた。あのときと同じか、更に強い感情の波がラークの胸にどっと押し寄せてきていた。押しとどめるように圧縮された“怒り”は、体の中で破裂しそうなほどに膨らみ、息が詰まってしまいそうなほどだ。



(……話す気が、ないのなら)

 

 

 その気を起こさせるまでだと、赤く染まった世界で、ラークは熱い感情をぶつけるように呪文を唱えた。



「……グラヴィティドロップ」 



 倉庫へ侵入する際にも使った、ラークが最も得意とする重力を利用した魔術。――しかし、呪文を詠唱したところで封印の腕輪を装着しているため、魔術が発動することはなかった。そんな彼の行動を悪あがきのように捉えたのか、ディルが苛立ったように短剣を引き抜いてラークに突き付けた。



「魔術は使えないと言ったはずだ!……いい加減あきらめろ」 

「…………」


「……罪を償え。地獄で詫びるんだな」  



 とどめを刺そうと、ディルがラークの喉元めがけて短剣を突き出した。そのギラギラと輝く刃先に映った自らのたぎるような瞳を見て、ラークは思った。


 

(……そうか、魔術の得手不得手に囚われてはいけない)


 

 燃え上がるようなこの“怒り”を乗せるなら、唱えるべき呪文はひとつしかない。

 

 

「……バーンダウン」 

 

 

 業火でその場を焼き尽くす火の魔術。加減が難しく敵味方関係なく焼き払い、あとには焦土しか残らないため、戦場での使用を禁じられていた禁断の呪文を、ラークは躊躇いなく口にした。


 

「無駄だと言っているだろうっ」



 短剣の切っ先がラークの喉仏をつんと突いたその瞬間、油でも撒いたかのように、倉庫の床が一瞬にして火の海に変わった。波のように兵士たちを飲み込んでいく炎の中で、施術者の近くだけは魔術が発動しないため、リタ達の足元だけ白い床がぽっかりと島のように浮かび上がっていた。


「……なっ!、なぜ魔術がっ」 

 

 ラークの近くにいたディルも炎にまかれずに済んでいたが、腕輪に全幅の信頼を寄せていた彼は、慌てふためいてラークの腕を確認しようと手を伸ばした。しかしその手が届く前に、ラークの右手にはまった封印の腕輪にピシリとヒビが入る。


「……う、腕輪がっ――。殿下からお預かりした腕輪があ!」 


 そのまま腕輪はパキンと真っ二つに割れ、床に落ちた衝撃で砂のようにボロボロと壊れてしまった。ディルの絶叫に重なるように、四方からは兵士達の喚き声が上がりだす。

 

「ぎゃああああっ、熱いっ、熱いっ」

「助けてくれ! ゲホッゴホッ……」

 

 我に返って辺りを見渡したディルの目に飛び込んできたのは、部下達が必死で炎から逃げまどう姿だった。ある者は窓を割って脱出を試み、ある者は火だるまになり、ある者は煙を吸いこんで息を吸う間もないほど咳き込んでいた。


 あちこちから上がる叫び声に、ディルの顔がみるみる醜く歪んでいく。


 

「……ラーク・ミュセル!! この裏切り者があっ」

 

 

 ラークの長い白髪が熱風に煽られてぶわりと膨らみ、悲鳴と怒号が行き交う空間で、彼だけが死神のように静けさを保っていた。


 

(……同じブラン人を相手に、こんな――) 


 

 血も涙もない非道な手段に、リタは被害者でありながら胸を痛めずにはいられなかった。これまでリタはラークが物を壊すところを見たことはあっても、人に危害を加えるところは見たことが無かったからか、彼に対してどこか“人道的な”印象を抱きかけていたのかもしれない。


(……これが、戦争の悪魔の所業)


 あまりにも一方的で、そこに情けや手加減は一切感じられなかった。燃え盛る炎が巻き起こす熱風は凄まじく、息をするのもやっとだ。煙を吸ったせいで倒れる兵士も出てきている。地獄のような光景に、リタは思わず呟いていた。

 

「……やめて」


 耳をつんざくような断末魔も、鼻を突く肉が焦げるようなひどい匂いも、痛い程目に染みる煙も、もう沢山だ。


「……もう、やめて」


 二人の目的は、リタを助け出すことでは無かったのだろうか? この場にいる人間を殲滅することが本当の目的で、リタの救出はそのついでだったのかもしれない。――それでも、こんなに苦しい思いをさせる必要があるのだろうか?

 

 

(……絶対、ない)


 

 例え相手が自分を傷つけようとした敵であったとしても、リタは彼らがこれ以上苦しむ姿を見ていたくなかった。


(……どうしたら)


 どうしたら、ラークを止められるのだろうか? リタが手立てを考える傍らで、部下を助けに向かおうとしていたディルが炎の壁に阻まれて断念し、復讐を果たすべく、主を失い床に落ちていた兵士の剣を拾って戻ってきた。覚悟の決まった彼の表情からは、ラークを殺すまで諦めないという強い意志が透けて見える。


(このままじゃ、あの人まで死んでしまう)

 

 封印の腕輪が壊れてしまったため、ディルがラークに勝てる見込みなどゼロに等しい。リタがされたことを思えば、彼を助ける義理など無いのかもしれないが、自分を助ける過程で誰かが殺されるのは、寝覚めが悪かった。


「……もうやめて。ラ、ラーク」 


 腕の中で勇気を振り絞って声を上げても、ラークはリタの方をちらりと見もしなかった。

 

(……私の言葉じゃ、届かない)

 

 いくらラークに守られてきたといっても、彼にとって特別なのはリタではなく妹なのだと思い出した刹那、頭の中で閃光が弾けた。生まれて初めて口にする単語に、緊張でひくひくと頬を震わせながら、リタは唇を開いた。


「やめて…………“お兄ちゃん”」

 

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