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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第3章 過激派
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奪還

 ついに、ディルの剣劇がラークのパーフェクトプロテクションを破り、倉庫の中で成り行きを見守っていた兵士からは歓声が上がった。

 

「……やった! 保護魔術が消えたぞっ」 

 

 反撃の術を持たない小さな少女が絶望する姿に、猛々しい男達が沸く様子は、見ていて胸が悪くなるものがあった。しかし、彼等からリタへの暴言や暴力は、彼女が“ノワール人である”というだけで正当化されてしまうのだ。


「エバンズ軍曹が裏切り者に勝ったんだ!」 


 兵士の一人がこぶしを突き上げ、それに同調するように次々と固く握りしめられたこぶしが天井に向かって突き上げられた。――男達の熱はどんどん加速していき、狂気にも似た熱狂が倉庫を埋め尽くしていく。そんな中、ディルがぐるりと辺りを見回して、倉庫全体に行き届くような荒々しい声を放った。


「静まれっ!」


 水を打ったように静まり返った倉庫に、先ほどよりも声量を抑えた、しかし淀みのないはっきりとした声が響き渡った。

  

「勝利は我々の手の中にあるっ、気を緩めるな」

「……はっ」

 

「必ず成功させるぞ――クラージュ殿下の名に懸けて」  


 その言葉に、おおっと地を揺らすようなどよめきがあがり、倉庫の窓がビリビリと震えだした。士気を上げるように頭上で振られているディルの左手には、青い石のはまった白銀の腕輪が握られている。――それを見たリタは言いようもない不安に襲われてしまった。


(……何だろう? 何だか、嫌な予感がする)


 喧噪の中心で息を殺していたリタは、ディルの視線が再び自分に向くのを察知して、慌てて目を伏せた。


 

(……次に攻撃されたら、もう――)   



 縛られた状態で保護魔術も消えてしまった。――ラークが来るまで命は取られないと信じたいが、相当ひどい目に合わされるに違いない。ごくりと生唾を飲み込んだ瞬間、突然隣からバタンッと何かが倒れるような激しい打撃音がした。


(……な、なにっ?)


 ビクビクしながら顔を上げたリタの目に飛び込んできたのは、ブラン兵達がまるで見えない巨人の手で押さえつけられているかのように、一人また一人と地面に付していく様子だった。手足を動かしてもがいていても、まったく体が上がらない姿は、飛べないひな鳥が闇雲に翼を動かす姿にそっくりだ。 


「……くそっ! この重力魔術はっ――」

 

 芋虫のように累々と転がっている男達とは違い、ディルは地面に手と膝こそついているもののかろうじてまだ倒れずにいる。そしてリタもまた、地面に転がされていたのは最初からで、それに加えて何か身体に異変が生じてはいなかった。


「おのれ! ラーク・ミュセルッ」 


(……ラーク・ミュセル?)

 

 ディルの口から発せられた名前にはっとし、リタが反射的に倉庫の出入り口へと目をやると、いつの間にか開いていた戸口には、白いローブを着た二つの人影があった。

 

「おおっ、流石だねえラーク。過激派の隠れ家を一網打尽だ」

   

(……この、声は――)

 

 緊迫した場に似合わないどこか茶化したような口調に、リタは泣きそうになってしまった。ディルが歯ぎしりをしながら、歩み寄ってくる眼鏡に七三の魔術師――トーマスを睨みつける。


「……カーシェル中尉、ご一緒でしたか」

「ああ、悪いね。……まさかお前がこんな事をしでかす愚か者だとは思わなかったよ」

「……っ」

「ラークへの危害は、陛下の意向を無視するってことだぞ。自覚はあるのか?」


 軍曹を守ろうと足掻く兵士達には目もくれず、トーマスがローブをはためかせながら近づいてきた。切れ者の上官に応戦しようと、ディルが足にぐっと力を入れて重力魔術に抗い立ち上がろうとする。

 

 

「……私が仕える主君はただ一人、クラージュ殿下です」  


 

 絞り出すようにそう口にし、ディルは左足を引きずるようにして何とか立ち上がった。距離を詰めようとするトーマスを牽制するかのように、だらりと下げていた長剣の切っ先を持ち上げ、リタの首筋にぴたりと当てる。


「それ以上近づけば、この娘の安全は保障しません。我々の目的はただ一つ、ラーク・ミュセルを討ち取ることですっ」

 

 リタを人質に取られてトーマスは足を止めたが、その顔に焦りは見られず、なぜか憐れむような眼でディルを見ていた。 

 

「……やっちまったな、お前」


「どういう――」


 意味だ、と続けようとしたディルの言葉は、ぶわりと長髪を巻き上がらせた白い獣の突進によってブツリと途切れた。ラークの目の前で「リタを傷つける」という地雷を自ら踏みぬいたディルは、風魔術を利用した俊足での接近に対応することができず、瞬く間に間合いへ踏み入ることを許してしまったのだ。


「……ブラストッ」


 ディルのひざ下に素早くかがみこんだラークが、かざした右手から一陣の風を出してリタに突き付けられていた長剣を吹っ飛ばした。


「……なっ!」


 そのまま攻撃されるかと、咄嗟に受け身を取ろうとしたディルには見向きもせず、ラークは縛られているリタに寄り添い、そっと上半身を抱き起した。


 

「……無事か?」


 

 リタが見上げると、魔術を行使した影響でキラキラと輝いている銀色の瞳と目が合った。あまりにも綺麗で、思わず見いってしまいながらも、ふと物悲しい思いが込み上げてきて、リタの目尻に涙が浮かんだ。


(……一度だけで、いいから)


 助けに来てくれたのは「シエラ」ではなく正真正銘自分のためなのだと、ただ一度名前を呼んでもらえれば、そんな憂いは吹き飛んでしまうのにと、リタはラークから目をそらした。ぎゅっと唇をかんで涙がこぼれない様に耐えていても、あふれ出した涙がツルツルと頬を伝って零れ落ちていった。


 

「……どうした?」



 ラークが眉を下げて不安そうにリタの顔へ手を伸ばし、つかの間ためらうように手を止めた後、リタの頬にできた涙の跡を壊れ物に触れるようになぞった。 


 

「……何でも、ありません」

 

 

 リタが頭を動かしてラークの手を避けようとし、彼の右手は伸ばすことも引っ込めることもできずにその場に取り残されてしまった。その一瞬の隙を見逃さずに、獲物を狙う肉食獣のようにラークの動きを注視していたディルが、ひったくるようにラークの右手をつかむと、白銀の腕輪をぐいっと手首の根元まで一息に通した。


「……これはっ」 

 

 

 抵抗する間を与えない鮮やかな動きに驚いたのか、目を見開いたラークが確かめるように腕輪に触れる様子を見て、ディルが不適な笑みを浮かべた。白銀の腕輪は吸い付くようにキュッと縮んで、もう外すことなどできない。



「装着したものの魔力を封じる“封印の腕輪”だっ、これでもう魔術は使えまい!」


 

 ディルがそう声高に言い放った瞬間、魔術に疎いリタでも感じ取れるほど、明らかにラークのまとう空気が一変した。


 

「……なぜ、“お前が”――」 



 ぽつりと呟かれたラークの言葉は抑揚がなく、叫んでいるわけでもないのにすさまじい威圧感を放っていて、抱きかかえられているリタの喉がヒュッと鳴った。

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