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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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レーヴとトーマス

 トーマスは全速力でレーヴの前に取って返すと、彼の前に跪いた。行き場のない手が中途半端に宙を漂い、ぎゅっとこぶしを握った。


「……ごめんな、レーヴ。……約束したのにな」

「そうだよ! 遊んでっ」


 腕いっぱいにトランプやすごろくを抱えた幼い少年が、今か今かと話が終わるのを待っていたのかと思うと、トーマスは締め付けられるように胸が痛んだ。


 

「本当に、ごめんな。……でも、聞こえていただろう? 一緒にいた女の子がいなくなっちゃったんだ。探しに行かなくちゃいけない」


「やだ! 遊んでくれるって約束したもんっ」


 

 レーヴが激しく地団太を踏むと、腕からトランプがバラバラと飛び出して床にまき散らされた。案内役が代わりに遊ぼうかと名乗り出ても、癇癪は増していくばかりだ。


「やだやだっ! トーマスじゃなきゃやだ!」


 トーマスは一刻も早くラークのあとを追いかけたいのをぐっと堪え、レーヴの右手に向かって慎重に手を伸ばした。


 

(……この手はなるべく使いたくなかったが、手段を選んでいられないな)


 

 狼狽して止めに入ろうとする案内役を左手で制し、トーマスは自分の小指とレーヴの小指を絡ませた。その途端、指先から全身に冷水をかけたようなヒヤリとした感触が広がっていき、悪寒が止まらなくなった。それでも、トーマスは努めて明るい表情を心掛けながら、レーヴに優しく言い聞かせた。


「……近い内に、また必ず来る。そのときに遊ぼう。――な?」


 レーヴが、こぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。トーマスがこんな行動に出るとは、思っても見なかったのだろう。引っ叩くように手を振りほどき、大粒の涙を流しながら頷いた。


「トーマスのバカ! 僕に触れたらどうなるか分かってるくせにっ」

 

「……ああ、よく知ってるさ。だからちゃんと伝わっただろ――僕の覚悟」

 

 小刻みに震える頭を撫でてやりたくても、そんな些細な触れあいさえ孤独な少年には許されていない。


「必ず来るから。……今日は本当に助かった、ありがとう」


「ラークのこと、いつ話せばいい?」

「……そうだな」


 またいつ来られるか定かではないため、明日の裁判に間に合わせるには手紙にしてもらうのが良いが、この流れで頼めば気を損ねてしまうとトーマスは口を濁した。そんな彼の胸の内を見透かしたように、レーヴがしょんぼりとした声で呟いた。


「……手紙だよね、分かってる」


「……何でもお見通しか」

 

 ほんの一瞬触れ合っただけでそこまで読まれたのかとトーマスは目を見開き、頼むと頷いた。案内役に軽く頭を下げて戸口へと向かうと、トーマスは一度だけ振り返ってレーヴに手を振り部屋を出ていった。



 ◇◇◇

 

 

 どれくらい時間が経ったのかも分からない。ただ、縛られているだけで激しく体力を消耗してしまったリタは、袋の中でぐったりと虚空を見つめていた。時折どこからか男の会話する声が聞こえてくるが、振動音に負けて何と言っているのかまでは聞き取れない。


 

(……これから、どうなっちゃうんだろう)


 

 売り飛ばされるのか、悪くすれば殺されてしまうかもしれない。膨らんでいく恐ろしい想像を振り切るように頭を振ると、突然馬車の揺れが止まって鼻を床にぶつけてしまった。ガチャリと荷台を開けるような音に、咄嗟に気絶した振りをしようとしたが、意識があるとどうしても身体に力が入ってしまった。

 

「……起きてそうだな」

「ああ、そろそろ効き目が切れる頃だ」


 案の定男たちには担ぎ上げた感覚ですぐに起きているとバレてしまったようで、数歩揺られた後にドスンという衝撃と共に床へ下ろされてしまった。バサバサと頭上の袋の口が開かれて一気に足元まで下げられると、唐突に明るい空間に引きずり出されたリタは、目を開けていられずに何度も瞬きを繰り返した。


「灰色の髪。こいつで間違いないな?」

「ああ」


 少しずつ目が慣れてくると、リタは自らを取り囲む兵士の姿に戦慄した。二十、いや三十を超えているかもしれない。しかし、所々朽ちかけた倉庫の中には、乱雑に置かれた麻袋や箱に座った兵士がいるだけで、リタの他には攫われてきた人間はいないようだった。


(……人攫いじゃなくて、ブラン兵? ……なら私は、ノワール人だから狙われたの?)


 今朝の一件を思い出してリタはそう考えたが、彼女の予想に反し男達の口からはラークの名が出てきた。

 

「本当に、ラークは来るのか?」

「こんな小娘ひとりのために、あいつが動くとは思えねえ」


(……ラークを、動かす?) 


 つまり、リタはラークをおびき寄せるために連れてこられたのだと気が付いた。


(……人質として、価値があるなら)

 

 すぐには殺されないはずだと、リタは淡い希望を抱いた。しかし、兵士達がリタを見る目はどこまでも暗く淀んでいた。


「もしラークがこいつを見捨てたら、そのときはこいつを殺ればいいだけだ」

「……来るまでに、死んでなきゃいいんだろ?」

 

 刃のように光る銀の瞳に四方から睨まれ、リタはただ身を縮こまらせることしかできなかった。そんな彼女をあざけるように、兵士の一人がリタの腹めがけて足を振り上げた。


「何見てやがるっ!」 


 しかし、その足がリタに届くことはなかった。銀色の光がリタと兵士の間に壁のように現れ、バチィンッという音と共に男の身体を弾いて後ろに吹っ飛ばしたからだ。

 

「……なっ!」


 兵士の体が派手な音を立てて倉庫の壁にめりこみ、あまりの惨事に一時辺りは水を打ったように静まり返ったが、すぐにどよめきが広がった。


「あの銀の光っ、ラークの魔術か!?」

「保護魔術がかかってるって、ハッタリじゃねーのかよ!」


 ラークがリタにパーフェクトプロテクションを使ったという噂は、既にブラン軍の中に知れ渡っていたが、実際に目にしていない者の多くはその真偽を疑っていた。そしてリタもまた、保護魔術の効果を理解していなかったため、自身の身が離れていてもラークに守られていたことに驚きを隠せなかった。


(……何が、起きたの? 保護魔術って――あのときの?) 


 呆然と床に伏しているリタには目もくれず、数人の兵士が壁に激突したまま死んだように動かなくなった男に駆け寄っていった。

 

「おい、大丈夫かっ。しっかりしろ!」

「何なんだよっ。何でノワール人がブランの高等魔術で守られてるんだよっ」


 安否を確認する彼らの目に涙が浮かび、リタは自分へ向けられる視線に一気に憎しみが増していくのを感じた。


「おかしいだろっ、魔術兵は俺達のことを守ってくれるんじゃねえのかよっ」

「許さねえっ、ラーク・ミュセル! ブラン軍をコケにしやがって」


 怒りに染まった彼らには、もうリタに保護魔術がかかっていようと怯む気配はなかった。


(……どうしよう、このままじゃ)


 闘牛のようにいきり立った兵士に、逃げることもできずに殺されてしまうと、リタはごくりとつばを飲み込んだ。男達がリタに襲い掛かろうとしたその瞬間、ギイイと戸がきしむ音が倉庫に木霊して、正面奥の出入り口から数人の軍人が入ってきた。

 


「……待たせたな。計画は順調か?」



 決して大きくはない、しかしよく通る低い声が倉庫にしんと響き渡った。4、5人の兵士を従えて中央を歩いてきたのは、左目に傷のあるがっしりとした体格の良い男で、軍服の胸には階級章が縫い付けられていた。兵士達は我に返ったかのように、一斉に道を開けて整列し、ビシリと敬礼した。


 

「お疲れ様ですっ、エバンズ軍曹」


 

 ディル・エバンズ軍曹――そう呼ばれた男からは、トーマスのような柔和な雰囲気は一切感じられず、全身から触れれば切れてしまいそうな緊張感が放たれていた。鷹のような鋭い右目に射すくめられ、リタは背筋の震えが止まらなくなってしまった。 


 

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