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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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透視

 青ざめた顔でうつ向いたままのリタを置いて、トーマスは案内役へと近付いていった。


「レーヴとラークの二人だけを残してほしいんだけど……できるかな?」

「我々も同席できないということですか?」

 

「……ああ。レーヴには可能な限り集中して、多くの情報を引き出してもらいたいんだ」


 トーマスの言葉に案内役は不安そうな顔をしたが、責任は自分が取ると彼に迫られると、渋々折れていた。案内役が先にレーヴの部屋を後にし、続いて戸口をくぐろうとしたトーマスとリタは、後ろから呼び止める低い声に足を止めた。

 

「……待て」


 振り返ると、ほんの少し焦燥を滲ませた銀色の相貌が、リタをまっすぐに見つめていた。


「その子を、連れていくのか?」

「……ああ。余計な情報は少ない方がいい」

 

「…………」


 リタに代わってトーマスが答えたが、ラークは納得したようには見えず、幼子を送り出す親のような目でリタを見ていた。返事をしないラークに、トーマスは髪をくしゃくしゃとかき回すと、リタの肩に腕を回して軽く抱き寄せた。


(……わっ)

 

「そんなに心配するな。お前がいない間、僕がリタちゃんを見ておくから」

「…………」

「明日には“王城で裁判”が開かれる。レーヴに見てもらわないと、真偽不明のまま断罪されかねないぞ?」 


 そこまで言ったトーマスは、見下ろしたリタが人形のように身体を硬直させているのに気付くと、慌てて手を離した。怖がらせるつもりはなかったと謝るトーマスに、少し驚いてしまっただけだと、リタは胸の前で手を振って許した。そんな二人をじっと眺めていたラークが、おもむろに口を開いた。


 

「……頼んだぞ、トーマス」


 

 彼の祈るような声に、トーマスの瞳が一瞬見開かれたが、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた表情に戻った。


 

「……はいはい、心配するなって。それじゃ、僕達は終わる頃にまた戻るから」 

 

 

 レーヴの部屋を出たリタは、案内役が閉める扉の隙間からラークの姿が見えなくなると、無性に落ち着かない気持ちになってしまった。


 

『……約束する。必ず守る』


 

 リタの耳に広間で囁かれたラークの言葉が蘇り、何度も助けてくれた記憶が走馬灯のように浮かんできた。

 

(……まだ、信じきることはできないけど) 


 ラークの隣が安心だと思い始めていることに、リタは薄々気づきだしていた。周りをブラン軍に囲まれ、見知らぬ場所を連れまわされても、“ラークが傍にいてくれたから”リタは平静を保っていられたのだ。


 

(……でも、大丈夫。私には“お守り”があるから――)

 

 

 小刻みに打つ心臓の鼓動を鎮めるように、リタは胸元で揺れるパールのペンダントをぎゅっと握りしめた。



◇◇◇ 



 レーヴの部屋では、ラークが自身の胸元までしかない身長の少年を見下ろしていた。トーマスが扉の向こうへ姿を消すのと同時に、レーヴは見るからに退屈そうな表情になり、ひとりで部屋の中央までスタスタと戻っていった。


「こっち来て、座って」


 丸いクッションを抱えて絨毯の上にどっかりと座ると、ラークに向かって手で座るよう正面の床をトントンと叩いた。歩み寄ったラークが、手を伸ばしても届かない場所で胡坐をかいて座ると、レーヴがその身体を舐めるように目で追い始めた。


「……すごいことになってるね。クモの巣みたいに術式が張り付いてる」


 ひどい怪我を見たようにレーヴが顔をしかめても、それは魔女ザハラが施したものだろうと、ラークはさして驚きもしなかった。レーヴの目がラークの左肩から右腰へ、右耳から胸元へ、首から足の先へと線を引くように動く様が、彼の目に術式が鮮明に映っていることを証明していた。


「……これ、結構複雑だね。術式に負荷をかけたせいて――綻んできてる」


 レーヴがすっと右手を前に伸ばして、ラークの左の脇腹を指差した。


「気付いてた?」

「……いや」


 リタと出会ってから何か異変が起きていることは察知していたが、レーヴのようにはっきりと“見える”訳ではないため、ラークは術式の綻びを疑いはしても、確証を持つことはなかった。


「……条件付加のせいかなあ? あ~っ、め、ん、ど、く、さ、い!」


 目を皿のようにしてラークを見つめていたレーヴは、数分もすると手で顔を覆って床に突っ伏してしまった。魔女ザハラが書き換えた術式を読み解くのは、ただでさえ難しいというのに、綻んできているせいで何が起きているのか特定するのは困難を極めた。――しばらくそのまま呻いていたレーヴが諦めたように頭を起こすと、おでこが赤くなってしまっていた。 

   

「トーマスのお願いだからなあ。はあ……、ちゃんと見なきゃ」


 天井をぐるんと振り仰いだレーヴは、一気に膝が触れあうくらいまで距離を詰めてくると、どこか焦点の合わない目をラークに向けて瞬きもせずに見つめ始めた。突然の接近にラークは息を吞んだが、逃げることはしなかった。


(……今触れられれば、正気を保ってはいられないだろうな)


 ラークの背中を冷たい汗が流れたが、それでも彼は魅入られたように銀の瞳から目を反らすことができなかった。――刹那、チリリとした鋭い痛みが眼球に走り、頭を左右からげんこつでねじり上げるような鈍痛がラークを襲った。


「……くっ」


 トーマスや案内役の言動から、レーヴに“触れる”ことが禁忌であるとラークは察していたが、接触がなくともここまでの苦痛を伴うとは予測していなかった。レーヴの目が次第にじんわりと充血して赤く染まりだし、長いまつげと瞼が底なし沼のような瞳を覆ったとき、ようやくラークは視線から解放された。


「はあ……、疲れた」


 レーヴは両手で目を抑えたまま、後ろにゴロンと倒れこんで大の字になってしまった。   


「ちょっと休憩。まだ残ってるけど――これ以上は無理」

 

 ラークは一刻も早く終わらせてリタのもとへ行きたかったが、この小さな少年がすでに相当無理をしていることは、真っ赤になった目や消耗の仕方からも明らかだった。透視によって負荷がかかっている間は、リタの安否を確認しようにも探知を使う余裕がなかったため、じりじりと焦る気持ちをラークはじっと堪えていた。


  

◇◇◇



 その頃、1階の応接室では案内役のひとりが、リタとトーマスの前に紅茶を淹れたティーカップを置いていた。応接室の壁紙は花柄で、木目調の家具やワインレッドの絨毯が、いかにも来客用といった落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「……お待たせ致しました」


 扉を開けて応接室にはいってきたのは、菓子を乗せた皿を手にした、もう一人の案内役だった。

 

「カルム殿下より賜った物にございます。どうぞお召し上がり下さい」


 香ばしい匂いを漂わせてくる、こんがりと焼けた薄くて小さな菓子をリタはノワールでも何度か目にしたことがあった。


(クッキーだ……)

 

 戦勝国であるノワールでも、菓子や酒などの嗜好品は値が高く、平民ですら口にする機会は早々ない。もちろん、孤児であるリタも食べたことはなかった。

 

(……美味しそう)

 

 一生味わうことの出来ないと思っていた菓子を前に、トーマスに出されたものだと分かっていても、腹を炙るような空腹もあって、リタは目を離すことが出来なかった。物欲しそうにしていても決して手を伸ばそうとはしないリタに、トーマスがクッキーをひとつ手に取って差し出した。


「食べてごらん」

「……っ! いいんですか?」 


 リタはそっと両手で受けとると、恐る恐る指の先でつまんで少しだけかじってみた。パンよりも固いが、歯を立てるとサクリと崩れて口の中で溶けていく。


「……おっ、おいしい! ありがとうございますっ」

「お礼ならカルム殿下にね。レーヴが甘いものに目がないから、こうして色々とお気遣いを頂いているんだ」


(……王族から、差し入れが来るなんて)

 

 あの少年の持つ力が、それほど高く王家に買われているということなのかもしれない。カルムの名をリタは耳にしたことはなかったが、第1王子がクラージュで第3王子がシャルムなら、彼は第2王子か何かなのだろうと聞くことはしなかった。


 あっという間にクッキーを食べ終えると、未練がましくお皿を見つめているリタに、トーマスが笑みをこらえながらクッキーを皿ごと差し出した。


「……君は、本当にかわいいね」


(……か、かわいいっ?)


 小さな子どもにかけるような口調だったが、リタは初めてもらった誉め言葉に、耳がじんわりと熱くなってくるのを感じた。父親ほどは年が離れてはいないが、兄がいたらこんな感じなのかもしれないとリタは何故か泣きそうになってしまった。


「……カーシェルち、中尉は――」 

「トーマスでいいよ」

 

「……ト、トーマスさんは――“優しい”ですね」


 リタがそう口にすると、トーマスがはっと目を見開いた。どこか自嘲するような笑みを浮かべた彼が、消え入りそうな声で独り言のようにつぶやくのをリタは聞き逃さなかった。


「……僕は、優しくなんてないさ」


(君に優しくするのも、ラークの御守りをしているのも、全部僕の役に立つと感じているからに過ぎない……)    


 それでも、トーマスはリタのことを必要以上に気にかけている自覚はあった。彼女は妹でもない敵国の少女であるのに、まるでレーヴを前にしたかのように、暖かい気持ちが沸き上がってくるのだ。



 ――それがリタの持つ開心の力の影響であるとトーマスが知るのは、もう少し先になるのであった。



 

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