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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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レーヴ

 しばらくすると馬車の速度は緩やかになり、ついにガタンという振動と共に停車した。御者が回ってくるよりも早くトーマスが扉を開けると、馬車の中にふわりと白い光が舞い込んできた。


「行こうか」


 トーマスが先に出ていくと、リタとラークも続いてステップを踏んで馬車を降りた。行きとは違い転ばなかったことに安堵したリタは、目の前にそびえる大きな建物を見て思わず声をあげてしまった。

 

「……きれい」


 イグリスの外観は教会に似ており、白一色で塗り固められた壁と柱には、細かいギザギザの模様が装飾されていた。とんがり帽子のような形をした尖塔は、見上げる首が痛くなってしまうほど高く、真っ青な空に浮かんだ雲を突き刺してしまいそうだ。周囲をぐるりと取り囲む森の雰囲気も相まって、聖域のような雰囲気が醸し出されていた。


 

「早くおいで」



 建物の入口へは、つやつやとした石を敷き詰めたなだらかな階段が続いていた。1段目に足をかけたトーマスが半身だけ振り返ると、立ち尽くしているリタと、その後ろにピッタリと寄り添っているラークを催促した。リタとラークが早足で階段を上りきると、出入り口の脇には守衛の姿があった。


「お疲れ様ですっ、カーシェル中尉」

「……お疲れ様」


 トーマスはピシリと敬礼する守衛に軽く笑って挨拶すると、観音扉を自分で押して中へ入った。彼の顔を見るや否や、左手のカウンターから飛び出すように顔を出したのは、鼻にそばかすのある若い兵士だった。


「カーシェル中尉っ、お疲れ様です! レーヴとウェルデンに会いに来られたんですか?」

「……いや、今日は正式な面会で来たんだ」

  

「失礼しましたっ。“許可書”はお持ちですか?」


 トーマスがローブのポケットから手紙を出して渡し、そばかすの兵士が中を改めている間に、カウンターの後ろの扉から真っ白いキャソックを着た男が二人現れた。


「お疲れ様です、カーシェル中尉」


「お疲れ様。……案内かい?」

「……はい。正式なご訪問ですと、決まり上致し方なく――」  


「構わないよ。よろしく頼む」 


 トーマスが了承すると、そばかすの兵士から鍵を受け取った二人組の案内役が、カウンターの脇から出てきて3人の先頭に立った。イグリスの1階は円形の開けた空間になっており、リタはてっきりそちらに進むのかと思ったが、案内役が手で示したのは受付向かいにある薄暗い階段だった。


「こちらです。足元にお気を付けください」


 長い螺旋階段にリタはたちまち息切れし、ふくらはぎが限界を迎えた頃にようやく、案内役が階段から続く廊下へと足を踏み入れた。上りながら階数を数えていたから分かるが、ここは5階だ。

 

(……つ、疲れた) 


 縦に長い建物だとは思っていたが、こんなに上まで登ることになるとは思っていなかった。5階の奥行きは突きあたりが見えるほど短く、廊下を挟むように4つの部屋が向かい合わせに並んでいた。

 


「こちらの部屋です。」


 

 案内役のひとりが、手で向かって右手前の部屋を示した。扉には上からずらりと5つもの鍵穴が縦に並んでおり、案内役の二人がかりでガチャガチャと鍵を差し込んで次々に開錠していくと、3人が通るまで手で扉を押さえて待ってくれていた。立ち止まった途端にどっと疲れが押し寄せてきていたリタは、じんじんと痺れる足を引きずるようにして中へ入った。



◇◇◇

   


 一歩足を踏み入れると、リタは室内の異様な内装に目を見張った。天井に壁や床は言うまでもなく、カーテンや机などの調度に至るまで全てのものが、白一色で統一されていたのだ。その白すぎる空間の中に、魔術師のローブを着た小さな人間が横向きに寝転んでいた。


 

「……レーヴ、起きてください。面会依頼ですよ」


 

 案内役が呼びかけると、レーヴと呼ばれた人影がこちらに背を向けたまま、むっくりと起き上がった。フードからこぼれていた長い白髪が頭に引っ張られて動き出し、床に波紋のような模様が広がった。


「……面会? めんどくさいなあ」

  

 よいしょっと立ち上がったレーヴの背丈は随分と低く、子どものようだ。高い声と女のように長い髪を持っているが、投げやりな口調は少年を思わせる。ずるずると足を引きずりながら近づいてきたレーヴは、トーマスの姿を認めた途端に甲高い声ではしゃぎだした。


「トーマス!? 久し振りだねっ」

「ああ、レーヴ。元気そうだな」

 

「嬉しいっ! 何して遊ぶ?」


 トーマスへと駆け寄ってくる勢いでフードが後ろに脱げ、花が咲いたような満面の笑みがさらけ出された。案内役が彼を止めようと手を広げて近づいても気に留めることはなく、レーヴはトーマスを部屋の中心まで招き入れようと彼の手を取ろうとした。――その瞬間、厳しい声が部屋に響き渡った。


「レーヴッ! 不用意に人に触れてはいけません」

 

「ええ~っ……。 折角来てくれたのに」

「……安全のためです」

「いつもそれじゃんっ。つ、ま、ん、な、い!」


 レーヴは渋々手を引っ込めたものの、地団駄を踏むと絹のような髪がふわふわと空を舞った。想像していたレーヴの人物像とはかけ離れている彼に、リタは驚きを隠せなかった。


(この子が“レーヴ”なの? この子に会うことに……何の意味があるんだろう?)


 高位魔術師のローブを着ているけれど、発音も舌足らずでまだ10歳にも届いていないのではないだろうか。つまらないと繰り返しながら駄々をこねるレーヴに、案内役も手を焼いているようで、すかさずトーマスが助け舟を出していた。


「悪い悪い。……今日はレーヴに頼みたいことがあってな。終わってから遊ぼうぜ」

「……レーヴに、お願い?」


「ああ。ひとり“見て”ほしい人がいるんだ」

「……どっち?」


 レーヴがあまり興味なさそうにラークとリタを順番に見た後、トーマスへと戻した視線をもう一度リタへと向けてきた。その目がみるみる見開かれ、リタは反射的に彼から目をそらしていた。


 

「……初代の、力?」 


 

 小さく口にしたレーヴの呟きがリタや他の者の耳に届くことはなく、トーマスは話を進めようとラークの腕をぐいと引っ張ってレーヴの前に連れてきた。


「見てほしいのは、こっちだ。ラーク・ミュセルだよ」

「……こっちなんだ。どこまで“見たら”いいの?」


 床へ目を伏せていたリタは、ラーク越しにレーヴからの視線をなんとなく感じていたが、もう一度彼と目を合わせる気にはなれなかった。 

 

「可能な限り、情報を探り出してほしい」

「……ラーク、壊れちゃうかもよ?」

「そこまではしなくていい。……ごめんな、無理を言って」 

  

「ううん。 終わったら、絶対一緒に遊んでくれるならいいよ!」


 ピョンピョンと跳び跳ねるレーヴはかわいらしい子どもそのものだが、部屋にはどこかひり付くような空気が流れていた。案内役は常に彼から一定の距離を保った場所に立ち、触れられる距離までは決して近付くことはない。――余程不思議そうな顔をしていたのか、トーマスがリタにこそっと耳打ちしてきた。


「あの子が僕の従弟なんだ。リタちゃんが今着てるローブの持ち主だよ」

「……っ!」


 リタはまさか自分が今着ている服がレーヴのものだとは思ってもみなかったが、子どものものを借りているのであれば、袖や丈が短いことにも納得がいった。まじまじと自分のローブとレーヴの服を見比べているリタに、トーマスが低い声でこう忠告してきた。



「くれぐれも、レーヴに“触れないように”ね」

「……は、はい?」

 

 

 理由もわからず中途半端に頷くリタに、トーマスが更に説明を重ねた。

 

 

「……レーヴの固有魔術は“透視”で、人の思念や記憶なんかを“見る”だけで読み取ることができるんだ」

「……すごい」

「ああ。だけどうっかり触っただけで強力な術が発動して、相手の精神を壊したこともある」  

「……っ」 


 トーマスの目に浮かんでいたのは怖れというよりも深い苦悩で、リタはなんと声をかければ良いのか分からなかった。


「ここにいるのは、力の制御を覚えるためでもあるんだ。危険なんだよ。……わかってくれたかい?」

「……はい」 


 先ほどの昆虫のように感情の見えないレーヴの視線を思い出し、リタの背筋にぞくぞくと悪寒が走った。



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