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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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トーマス・カーシェル

 トーマスの持つ“カン”の威力にリタは圧倒され、魔術のこともブランのことも自分は何も知らないのだと打ちひしがれてしまった。ノワールの孤児院で他の子ども達が歴史や算術を教わっている間、リタだけは教室の外で、生きていくのに必要な家事炊事を叩き込まれていた。


 

(……差別意識が、あんまり無いのは――) 

 

 

 そもそもリタがノワールとブランの歴史を知らないからだ。彼女はブラン人がグリーズ島への“侵略者”であると耳にしたことはあっても、約150年前にブラン人が島へやって来て国を築いた経緯を教わっていなかった。――けれど、自分より一回りも年上に見える敵国の軍人に、いくら物腰が柔らかいからと言って、根掘り葉掘り質問できるほどリタは図太くなかった。


(……世間知らずだって、思われたくない)

 

 実際そうだったとしても、自分から恥をさらすことはない。リタは代わりに、ずっと心の片隅で不安に思っていたことをトーマスに問いかけた。


「……あの」

「……なんだい?」

 

「ブランには――“魅了”の力をもつ魔術師もいるんですか?」


 ちらりと白いローブに覆われた隣の長身に目を走らせながら、リタはさり気なさを装って口にした。テヌール収容所で看守長から、魅了とは“被術者の思考を奪い施術者の虜にする魔術”で、ラークがその使い手かもしれないと聞かされていたのだ。魅了が固有魔術で魔力だけで発動するのであれば、リタはラークにとっくに魅了されてしまっているのかもしれない。

 

 

「……怖い?」


 

 そんな心中を見透かしたように、トーマスが意味深な笑みを浮かべた。


「安心して、そいつの固有魔術は魅了じゃないよ。人の精神に関わる力は――主にブラン王族しか保有していない」

「…………王族だけ?」

 

「ああ。魅了は第3王子――シャルム殿下の能力だ」  

  

(……ラークじゃ、なかった)


 ほっと息をつくリタの反応を注意深く見つめながら、トーマスは更に言葉を重ねた。

 

「ブラン王家の血を継ぐ者は、“必ず”固有魔術を発現するんだ。膨大な魔力量を持っているからね」


 そこでトーマスは一度口をつぐみ、何故かリタに探るような目を向けてきた。密室で見つめあったまま二人の間に奇妙な空気が流れ、リタは気まずさに視線を泳がせ続けるしかなかった。


「……あ、あの――」


 ひたすらこの時間が終わることを祈るリタの様子に、ようやく何かに納得したのか、うんうんと頷いたトーマスが口を開いた。


「その様子だと、気付いてないみたいだね」


(……気付くって、何に?) 


「リタちゃんからも、“王族に匹敵する”魔力量が溢れ出しているんだよ」 


「…………えっ?」


 思いもよらない話題に、リタはぽかんと口を開けてしまった。突然話題を自分に振られ、話がどこに向かっているのか見当もつかない。頭が真っ白になり、助けを求めるようにトーマスを見つめると、彼はリタの髪と目を順番に指さしながらこう言ってのけた。


「君のその髪と目の色。純粋なノワール人だってする方が無理があるんじゃないかな?」

「……わっ、わたしは――」 


「……君には、絶対に何かある」


 僕のカンがそう告げている、とトーマスが被せるように強い声で言い放った。何か――つまりは“リタがブラン王族と関係がある”ということだ。漠然と自分にはブラン人の血が流れていると考えたことは何度もあったが、王族の存在など頭をかすめたこともなく、リタは激しく首を左右に振った。


「…………な、何かの間違いじゃっ」


 必死に否定しようとして、うっかりリタは舌を噛んでしまった。痛みに顔をゆがめて彼女が黙ったのをいいことに、トーマスが質問を始めた。

 

「ノワールでは、誰にも気付かれなかったのかい?」


 ビリビリと舌が痺れて話すのは難しかったため、リタが無言で首を縦に振ると、トーマスは顎に手を当てて「ふうん」と呟いた。


「まあ、ノワール人は魔術にてんで疎いからな。――それじゃ、次はリタちゃんのお父さんとお母さんについて教えてくれる?」


 今度は首を横に振って否定すると、トーマスが意図を読み取ろうとするかのように、すっと細めた目をリタに向けた。リタは隠し立てしているわけではないと、眉尻を下げて精一杯申し訳なさそうな表情を作って訴えた。

 

 

「……話さないんじゃなくて、知らないんだね。合ってる?」


 

 リタが首がもげそうなほど激しく縦に頷くと、トーマスは目を伏せて何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

 


「……混血児、膨大な魔力、灰色の髪と目、ラークが入れ込んでいる――」

 

 

 向かいの席からはよく聞こえないが、何となく邪魔をしてはいけないような気がしてリタは息を殺して見ていた。だが、ふいにお腹から「ぐうう」と小さな音が鳴ってしまった。



(……そっ、そういえばっ、昨日の夜から何も食べてない)  

 

 

 食事を抜かれたことは何度もあるが、決して身体が慣れることはなく、毎食毎食呪いのように空腹は襲ってくる。ぎゅっとフードを握りしめて熱くなる頬を必死で隠し、誰にも聞かれていませんようにとリタは心の中で何度も念じた。――そんな彼女の膝の上に、向かいから伸びてきた白い手が、パンをひとつポンと乗せてすぐに戻っていった。


「食べて」 

「……っ」


 聞こえていたのだと羞恥で潤んだ目を上に向けると、からかわれるかと思っていたリタの予想に反して、トーマスは何かを堪えているような切なげな顔をしていた。

 

(……なんで、そんな顔を――) 


 束の間恥じらっていたことを忘れて見入っていたリタは、馬車が揺れてパンが落ちそうになると、慌てて下を向いて手で押さえた。彼の表情は、少なくとも敵国の捕虜に向けるようなものでは絶対になかった。


  

◇◇◇



 目の前に座る灰色の少女を、トーマスはいたたまれない気持ちで見ていた。ブランを属国として支配するノワールは、我が国に重税をかけて巻き上げた食糧で肥え太り、搾り上げた財で経済を潤わせていた。――しかし、そんな豊かな国から拉致されてきたはずの少女は瘦せっぽちで、その手も痛々しくて見ていられないほど荒れていた。彼女を見ていると、トーマスは胸の奥がしんと冷えてくるのを感じた。


 

(……僕は“恵まれている”)



 貴族として生まれたトーマスは、早くに実母を亡くしたものの、父であるカーシェル公爵と後妻に大事に育てられてきた。カーシェル家は王族の嫁ぎ先として選ばれることも多く、潤沢な魔力量を持ち高位魔術師となる一族の例に漏れず、トーマスも幼少期に固有魔術を発現することとなった。――しかし、大多数の高位魔術師とは異なり、トーマスが軍に強制徴兵されることはなかった。


 

『……その力は、随分と有耶無耶なものだな』



 当時トーマスを視察に来たブラン軍の男は、幼い彼が力を使うのを見て思案顔になってしまった。トーマスの“カン”は理屈や道理に適ったものではなく、他人に説明するのは容易ではない。――10歳にも満たない子どもの言葉であれば、尚のことだった。


『君には、実戦よりも戦術や交渉が向いていそうだね』


 ラークが保有する“探知”のように、手っ取り早く戦力に活用できる能力であれば、トーマスも兵士として駆り出されていたに違いない。だが、彼の力は指揮官として役立つと判断され、士官学校への進学を推奨されたのだ。



(……僕だけが、手を汚さずに自由を謳歌し、権力まで手にしてしまった) 

 


 亡き母の妹が嫁ぎ先で産んだ双子の従弟は、固有魔術の発現後すぐに親元から引き離されて国の監視下に置かれてしまった。まだ10歳の子どもであるのに、血の繋がった彼らが当然のように自由と未来を奪われるのを、トーマスは理不尽だと思わずにはいられなかった。



(……絶対に、僕がイグリスから出してやる)

 

  

 イグリスとは、魔術師が力をコントロール出来るようになるために、修練を行う施設のことだ。双子の従弟を国の支配から解放することこそが、トーマスの悲願であり目標であった。


 結局のところ彼がラークに甘いのも、強制徴兵によって大きく人生をゆがめられたラークに引け目を感じてしまっている部分が大きい。

 

(……あわよくば、味方に引き入れたいとは思っているけどな) 


 最強の魔術師の力を借りることができれば、そんなに心強いことはない。

 

 

 ――物思いにふけるトーマスに、運転席の小窓を開けて、御者がもうすぐ到着すると声をかけた。  



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