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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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固有魔術

 ブラン基地の建物の中は静かで、幸い誰にも絡まれずにリタ達は裏口までたどり着いた。日頃あまり使用されていないのか、簡素な木戸に見張りの姿はない。トーマスがローブのポケットから鍵の束を取り出すと、古びた鍵で戸を開けた。


「ここから外に出る。無駄口は利かないように」

「…………」 


 執務室を出てからこの3人の間に会話など無かったが、うっかり口を開くことがないようにリタは唇を真一文字に結んだ。木戸の隙間から差し込むまばゆい日光に徐々に目が慣れてくると、リタは待機していた馬車を見て感嘆の声を漏らしてしまった。


「……わあっ」


 ベージュの馬が1頭でひく馬車の箱は、白く塗られてピカピカに輝いていた。リタが普段目にしていた荷馬車や幌馬車とは、見るからに格が違う。ぽかんと口を開けて見とれているリタの方に、栗色の目をした馬がフルンフルンと鼻を鳴らして首を向けた。 


(……きれいな毛並み)


 つやつやと輝くあのベージュの頬を撫でたらどんな心地かと熱くなったリタの胸は、御者席からの冷たい視線ですぐさま鎮火されてしまった。トーマスが御者に声をかけて箱の扉を開けさせると、リタとラークに向かって手をヒラヒラと前後に振り、先に乗るよう合図した。


「さあ、早く乗って。――乗ったらすぐに出してください」


 扉の前に備え付けられた小さなステップを、ラークがタンタンと踏んで、身軽に乗り込んでいった。そのあとに続こうとしたリタは、馬車に近づくと緊張して足がもつれ、ラークが華麗に飛んだステップに1段目から躓いてしまった。


「……わっ」


 眼前に迫るステップと扉の段差に、リタはせめて受け身を取ろうと両手を前に突き出してぎゅっと目を閉じたが、数秒たっても彼女の頭や身体に衝撃が走ることはなかった。

 

(…………あれ?) 


 目を閉じていて何も見えないが、感覚が鋭敏になったリタの両肩を誰かがしっかりと掴んでいた。――まるで、支えるように。リタがおっかなびっくり瞼を開くと、至近距離から銀色の瞳が瞬きもせずに彼女を見つめていた。実はリタの後ろには、トーマスの手も伸ばされていたのだが、慌てふためく彼女に気づく余裕はなかった。


 

「……あっ、ありがとうっ」


 

 みるみる顔が熱くなっていくのは、きっと恥ずかしい思いをしたからに違いないと自身に言い聞かせながら、リタはさっとラークの腕を解いて距離をとった。ステップの前にもう一度立ち、ラークが座席に戻って扉の前が開くや否や、リタはほぼ四つん這いのような姿勢で馬車に乗り込んでいった。


 

「……あらら」


 

 そんな二人の様子を、腕を組んだトーマスがおもちゃでも発見したかのような顔で見物していた。彼が隣り合うリタとラークの正面に座ると、すぐさま馬車がガタゴトと動き出した。窓は日除けが下げられており、外の様子を伺うことはできないが、トーマス以外にブランの人間がついて来ている気配はない。

 

 

(……監視はこの人“ひとりだけ”なのかしら?)


 

 ノワールでのラークの扱いに慣れていたリタは、もっと物々しい体制で移動するのかと予想していたが、そもそもブランに来てから、この軽妙な銀縁メガネの男以外とは接触すらしていない。



(相当腕がたつ人なのかな? ――でも、“最強の魔術師”と言われるラークを押さえられるとは思えない)


 リタはこっそりと伺い見ていたつもりだったが、トーマスには完全にばれていたようだ。七三に分けた前髪がひと房はらりと鼻にかかり、その奥から胡乱げな目を向けられた。


「なあに?」

「……あっ、えっと」


 目を反らしてみても、トーマスに諦めてくれる気はなさそうだった。落ちた前髪を耳に向かって撫でつけながら、リタから視線を外さずに返答を待っている。仕方なくリタは何度も瞬きしながら、つっかえつっかえ口を開いた。


「……他に監視は――いないんですか?」

 

「なんだ、そんなことか」


 拍子抜けしたのか、トーマスがふっと息を漏らして口元を緩めた。長い足を組んで前屈みになると、彼は顎に手を当ててリタにぐっと顔を寄せてきた。


「リタちゃんは、どう思う?」

「……えっ、えっと――」

 

 距離に戸惑いリタが反射的に身を引くと、なぜかトーマスはリタではなく左隣を注視していた。楽しそうにリタに近づいたり離れたりした後、彼は満足したようにクスクスと笑いながら姿勢を戻した。


「……ククッ、そんなに睨まなくてもいいだろ」


(……ラークが、睨む?)


 そんなことあるのだろうかとリタはバッと隣を見たが、別段彼の表情が変わったようには思えなかった。腑に落ちない気持ちで見つめ続けていると、フードをぐいと引っ張って顔を隠したラークは、リタとは反対の方へそっぽを向いてしまった。

 

「まあまあリタちゃん、その辺にしておいてあげて」

「…………」


 リタがトーマスに視線を戻すと、彼はすっと笑みを消した。いたずら好きな子どものように目をきらめかせながら、自信に満ち溢れた表情で彼はこう打ち明けた。

 

 

「僕はね、“カン”が鋭いんだ」


(……カン?)

 

 

 納得していないのが顔に出ていたのか、リタが質問をする前にトーマスが更に続けた。


「まあ、ただのカンじゃない。理屈はないけど“ほぼ100%”当たる。――例えば、君に敵意がないこと」

「……っ」

「ラークに逃亡の意思がないこと――この辺りはすぐに分かった」

 

 突拍子もない話で俄かには信じられなかったが、冗談を言っているような雰囲気でもない。ピンとこない表情のリタに思い当たる節があったのか、トーマスがこう問いかけてきた。


「リタちゃんは、“固有魔術”を知ってる?」

 

「…………すみません、知らない、です」


 小さくなるリタにトーマスが左右に首を振って、気にしないでと微笑みかけた。

 

「謝らなくていいよ。固有魔術っていうのは――限られたブラン人が生まれつき持っている特殊能力みたいなものさ」

「……学ぶわけじゃ、ないんですか?」

 

「そう。固有魔術が他の基礎、一般、高等魔術と大きく違うのはそこなんだ。先天的なものだから、修練で身に付けることはできない」 


 少し寄り目になりながら熱心に聞いているリタの前に、トーマスが人差し指を立てて教官のように質問した。


「通常、魔術を発動させるのに必要なものは何でしょう? 4つ答えて」

 

「えっと……術式の記述と魔力――それから魔力を伝達する魔道具ですか?」

「3つ正解。あとひとつは?」

 

「……呪文の詠唱?」


「大正解」


 トーマスが指をパチンと鳴らすと、リタの隣で窓にもたれていたラークの肩がビクリと動いた。フードに隠れていてよく見えないが、もしかしたら眠っていたのかもしれない。 


「固有魔術の発動に必要なものは、魔術師の持つ“魔力のみ”だ。術式も魔道具も詠唱もいらない」

「…………魔力、だけ?」

「そう。だから僕は今こうして向かい合っているだけで、リタちゃんが無害な存在であると分かる」

「…………」 

「僕を警戒はしているけれど、危害を加えようとかそういうのはないね。それに君からは、他のノワール人みたいにブラン人への強い差別意識を感じない」


 そんなことまで分かるのかとリタは驚愕し、水面下で自分のことを探られていることに若干気味が悪くなってきてしまった。黙っていれば、相手に魔術を使っていることがバレることもない。


 ――この抜きんでた“カン”こそが、士官学校卒のトーマスを齢27にして中尉にならしめた最大の要因であった。

 

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