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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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夜明け

 ブラン軍の基地では、トーマスから“呪い”について尋ねられたラークの答えを、皆が身じろぎもせずに待っていた。ラークは頭を押さえたまま長いこと黙り込んでいたが、その手が下にだらりと垂れるのと同時に、しんと静まり返った広間にぽつりと呟くような声が響いた。



「……俺は昔、魔女ザハラと“ある契約”を交わした」


 

 魔女ザハラの名に、驚きを隠せない兵士達がざわざわと騒ぎ出した。


「魔女ザハラって――大陸の“魔女の館”に住む魔女か!?」

「ああ、間違いない! ロンカイネン家の魔女だっ」 

 

 ラークが10歳のときに強制徴兵を逃れて大陸へと渡ったことは、ブランでは周知の事実だ。だが、4年間彼が大陸のどこに滞在し何をしていたかを知るものは、上層部の限られた者しかいない。だから、兵士達が動揺するのも無理はなかった。――ドーム状の天井に低い声がわんわんと響き渡る中、広間にひしめく男達の中心にすっと指先の揃えられた右手が上がった。


 

「――っ!」


 

 一輪の花のように確かな存在感を放つトーマスの手に、気付いた兵士が順々に口をつぐんでいった。彼を中心にして波紋が広がるように静けさが戻ると、トーマスは小首をかしげて眼鏡の位置を直し、キラリと光るレンズの奥から鋭い視線をラークに投げかけた。

 

 

「……それで? 契約の内容は?」

 

「…………話すことは――できない」


 

 ラークの返事にトーマスは不服そうな顔をしたが、それ以上追及することはなかった。魔術の中には人の心や行動を縛るものもあり、破れば被術者は厳しい罰を受けることとなる。罰の程度を決めるのは施術者の力量だが、契約の相手がロンカイネン家の魔女であればただでは済まないだろう。――最悪人に話すだけで死に至ってもおかしくない。


 

「……まあいい。どのみちレーヴに“見て”もらえば分かる話だ」


 

 ため息交じりにそう口にしたトーマスは、リタとラークに背を向けると、波のように引いていく兵士達の間を通って来た道を戻って行った。事の成り行きを壁にもたれかかって見ていた精鋭の3人は、トーマスが廊下に向かってくるのを認めると、慌てて壁から背を離して頭を下げた。

 

「お疲れ様ですっ、カーシェル中尉」

「……ガイにミランダ――コリンもお疲れ様。陛下の命で、あとは僕が引き継ぐことになった」

「また、ラークの御守りですか?」


 ガイの問いかけに、トーマスが顔をしかめた。

 

「……他に適任がいないんだから仕方ないだろ。――すぐにイグリスへ発つ予定だから、君達には王城への連絡を頼んでいいかい?」

「――承知致しましたっ」


 声を揃えて返事をした3人は、さっと敬礼すると振り返らずに廊下を歩き去っていった。彼らの後ろ姿を見送りつつ、トーマスは広間に向かってラークを呼ぼうと大きく手招きした。


「早く来いっ」


 呼びかけられると、ラークは素直に兵士達の間の道へと一、二歩足を進めた。しかし後ろをついてくるリタの気配がないことに気付くと、足を止めて半身だけ振り返った。冷めた目でこちらを見下ろしている無表情なラークの顔に、リタはハッと両手を握りしめた。


(……置いていかれちゃうっ) 


 ついさっき守ると囁かれたばかりだが、感情の読めないこの男にいつ切り捨てられるか知れたものではない。ブラン兵の中にひとり取り残されては敵わないと、リタは震える足にぐっと力を入れて立ち上がり、急いで彼の後を追いかけた。



(…………怖い) 

 

 

 肌が切れてしまいそうなピリピリとした雰囲気に包まれ、顔を上げることもできない。小走りで広間を出ていくリタの背中を、天窓から差し込む朝日が柔らかく照らしていた。



◇◇◇



 広間を抜けて細長い廊下に出ると、右側には縦に細長い人ひとり通れそうなほど大きな飾り窓が整然と並んでいた。窓から見える中庭には金色の光が差し込み、木々や芝についた朝露が風に揺れていた。


 

(……きれい)


 

 ノワールで地上に出た時は真っ暗で、外の景色を見る余裕もなかった。数日ぶりに目にする緑に、いまだ広間から突き刺すような視線が追いかけてくるが、リタは少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。彼女が歩く速度を緩めるとラークも歩調を合わせ、亀のように歩みがのろくなった二人に痺れを切らしたのか、廊下の突き当りまで進んでいたトーマスが口に手を当てて催促した。


「早くしろ~っ、こっちは忙しいんだよ」

「…………」 


 返事はなくとも、前を行くラークのペースが目に見えて早くなった。成人男性に大股で早歩きされてしまえば、リタは完全に走らなければ追いつけない。


「……はあっ……はあっ」


 息も絶え絶えなリタを見て、突き当りの扉の前で待っていたトーマスが顔をしかめた。


「おいっ、彼女辛そうだぞ? 待っててやればいいのに……。お前、彼女にも冷たいのかよ」

「…………」


 トーマスがリタを“彼女”と呼ぶのに深い意味はないのかもしれないが、“ラークの彼女”と言われているようでリタは落ち着かない気持ちになってしまった。だが、自らしゃしゃり出て名乗り出る勇気などリタにはとても無かったので、黙って彼女呼びを受け入れるしかない。


「お前も彼女もその服装じゃ目立ちすぎる。取り合えず中に入ってくれ」  


 リタとラークを自身の執務室だという部屋の中へ招き入れると、トーマスはすぐに扉を閉めて鍵をかけた。昨日までは外から鍵をかける側だったのに、今は内に閉じ込められて鍵をかけられている現実に、リタは無意識にストレスを感じて指をいじりだしていた。


 

「適当にかけて」 

 

 

 部屋の手前には4人掛けのローテーブルと、テーブルを挟んでソファが2脚向かい合わせに置かれていた。左手のソファの後ろには、書類や小物が置かれた棚と、手洗い用の小さな水場が用意されている。奥の窓のカーテンは閉められており、執務用の机に積まれた大量の書類のせいか、どんよりとした空気が漂っていた。


「茶ぐらいは淹れてやるよ。5年ぶりのシャバだろ?」 


 トーマスが手馴れた様子で棚から茶器を取り出し、水場に置いてあったポットを手に取った。座れと言われたもののラークは扉を背に立ったままなので、自分だけ座るわけにもいかず、リタはその隣で所在なく小さくなっていた。――ちらちらと様子を窺うように動く灰色の頭に気が散ったのか、首だけこちらに向けたトーマスとリタの目が合った。


 

「……っ」

 

「おいで――こっち」 


 

 短いけれど、優しい言葉。ノワールでリタに、こんな風に声をかけてくれる人間はいなかった。彼女は立っているのが当たり前で、座るときだって厳しい口調で命令されてばかりだったのに。


「……あのっ、えっと――」


 戸惑い、言葉が出てこない。リタは助けを求めるように右隣の長髪を見上げたが、軽く頷かれただけだった。おどおどするリタにトーマスがつかつかと近づき、腕を引っ張ってそのままソファにボスンと座らせ、同様にラークもその隣に無理矢理座らせていた。


「……あっ」


 驚きのあまり声も出ないリタの前に、トーマスが湯気を立てるティーカップを置いた。いつの間に魔術で温めたのだろうか? リタがノワールの常識では考えられない洗練された魔術に息をのんでいると、向かいのソファにトーマスが腰を沈めた。彼はリタが紅茶に口をつけていないのを見て、右の手のひらを上に向けて軽く振った。


「どうぞ」

「……は、はい」


 普段コップやマグカップを使っていたリタは、ティーカップでお茶を飲んだことなんてなく、トーマスの持ち方を見よう見まねで細い持ち手に恐る恐る手を伸ばした。――緊張で液体の表面がプルプル震えてしまう。


「……ありがとう、ございます」

「どういたしまして」


「……いただき、ます」  

 

 カップから指にほんのり温もりが伝わり、顔を近づけるとふわっと花のような良い匂いが立ち上った。のどが渇いていたのもあり、もう一口、もう一口とリタは続けて飲んでしまった。――トーマスは二口三口茶をふくむと、ティーカップをテーブルに置いて執務用の机に手を伸ばした。指の先で山から飛び出した紙を1枚引き抜くと、ローブの下から取り出したペンを片手にリタへと向き直った。


 

「……それで、君は一体誰なんだい?」


 

 ラークと同じ銀色の瞳が、油断なくリタを見つめていた。

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