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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第2章 ブラン
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ブラン到着

 時は少し戻り、リタはブランの精鋭達やラークと共に、転移魔術が発する光に包まれていた。銀の光は真っ白に見えるほど強く、ぎゅっと閉じられたリタの瞼の裏を赤く照らしていた。


(……目が、つぶれそう) 


 それでも1分も経たないうちに光は少しずつ弱まっていき、リタがほっと息をつこうとした途端、割れんばかりの拍手と大きな歓声が彼女の鼓膜を激しく揺らした。


「おおっ! 帰ってきたぞっ」

「やった、作戦は成功だ!」


 まだショボショボする目を薄く開けると、目の前に立ちはだかる“白い軍服”にリタは息を詰まらせた。肩に担がれたままでは腰のあたりしか見えないが、ノワールの軍服にはあり得ない“白色”に、リタは戦慄した。


(……ほ、本当にっ――)


 ブランに着いてしまったのだろうか? 逆さまの世界ではよく分からず、ともかく状況を確認しようとリタはラークの肩の上でもぞもぞと動き出した。その動きに気付いていても、ラークは降ろす気はないようで横抱きにされてしまったが、先程よりは周囲をよく見渡すことができるようになった。


 

(すごい数……) 

 

 

 リタ達をぐるりと取り囲むように、円形の広間には4、50人の軍人がひしめきあっていた。2階へと続く壁を縁取るように配置された階段にも、手すりから身を乗り出す兵士の姿が上までずっと続いている。吹き抜けの天井には、怪物の歯列のように窓が整然と並び、星の消えた暗い夜空を切り取っていた。がやがやと上からも男たちの声が響く中で、先頭に立っていたガイが声を張り上げた。


 

「ラーク・ミュセルは無事に奪還した! 速やかに道を開けろっ」

「……はっ」 


 

 興奮に沸き立っていた兵士達が、教官に叱られたかのように静まり返っていく。周りの男達が押し合いへし合いしながら身を寄せていくなか、憧れに満ちた目でガイを見つめていた一人の兵士が、よく通る声で不思議そうにつぶやいた。


 

「…………黒い――軍服?」


 

 その言葉が耳に届いた瞬間、軍人達が一斉に動きを止めて一行に注目した。ラークが抱えている人間が“黒い軍服らしきもの”を着ていることに気づくや否や、彼らの目が跳ね橋のように吊り上がった。


「ノワールの人間かっ!?」

「……何でここにっ、転移に割り込んだのかっ!」


 闘牛のように群がってくる軍人達を前に、リタは無意識にラークの首に回した手に力を入れていた。妹に似ているというだけで、彼が自分をブラン軍を敵に回してまで守ってくれるとは思えないが、今リタが頼れる人間はラークしかいなかった。――そんな二人を置いて、精鋭達は一足先に広間を抜け出そうと、兵の間を縫うように歩き出した。


「……ありゃりゃ、見つかっちゃったね」

「ノワールの女なんか連れてくるからよ」

「……嫉妬か、ミランダ?」


 彼らにとってリタの生死などどうでもよいことで、ノワール人を庇うラークに手を貸す気などさらさら無い。雪崩のように押し寄せてくる人波から伸びる何本もの腕が、リタをラークから引き離そうと爪を立ててギリギリと引っ張った。 


(……いやっ)

 

 必死にしがみつこうとしたが、そんな抵抗もむなしくリタは床に引きずり降ろされた。慌てて顔をあげても、頭上は殺気立ったいくつもの顔に埋め尽くされ、ラークがどこにいるのかも分からない。手で頭を覆い縮こまるリタに向かって、兵士の一人が剣を鞘から抜いて振りかざした。

 

「死ねっ!」 

 

 ギラリと光る剣が彗星のようにリタを襲った瞬間、ラークの低い声が呪文を唱えた。それと同時に、まばゆい銀色の閃光が広間に走る。


 

「――パーフェクトプロテクションッ!」


 

 振り下ろされた刃が銀色の盾に弾かれて空を舞った。広間にはカランカランと剣が落下する音だけが反響し、攻撃を仕掛けようとしていた兵士だけでなく精鋭まで、誰もかれもが信じられないというように呆気に取られてラークを見つめていた。


(……?)


 あまりの静けさにリタが恐る恐る目を開けると、いまだ至近距離でブラン軍が睨みを利かせていたものの、襲ってくる気配はもう無かった。何が起きたのか理解できていないのはリタだけのようで、一人の兵士が口を開くのと同時に、さざ波のようにざわめきが広がっていった。


「……パーフェクトプロテクションだと?」

「嘘だろ? 聞き間違いだ!」

 

「……でも、確かにそう聞こえたよな?」


 パーフェクトプロテクションとは、対象への如何なる攻撃、危害も無効化する最高位の保護魔術で、“一生に一度しか使えない”ことから究極の保護魔術と称されている。本来は伴侶や親子を守るために編み出された魔術であり、赤の他人、ましてや敵国の人間に使うなど、前代未聞だ。――この状況と照らし合わせると、ラークがリタに使用したとしか考えられず、ブラン軍に動揺が走ったのも無理はない。


 

「……血迷ったの!?」


 

 ミランダの悲鳴のような高い声に触発され、男達も勢いを取り戻して糾弾を始めた。


「どういうことだよ! どうしてノワールのやつなんか助けるっ?」

「自分が何したか分かってるのか!?」


 飛び交う怒号に臆することなく、ラークが口を開いた。


 

「…………ああ」


 

 いきり立っていたブラン軍が、一時冷水をかけられたように静かになった。この感情の起伏の乏しい魔術師が、“自らの意思で”動くところを誰も見たことがなかったのだ。――てっきり火に油かと思っていたリタは、拍子抜けすると同時に困惑した。 

 

 

(……な、なんで?)


 

 先ほどの魔術がラークによって放たれたものであり、また彼が自分を守ってくれたということは何となく分かっていた。それでも基礎魔術の知識しかないリタにはラークの覚悟が伝わっておらず、周囲の反応もどこか恐ろしく感じていた。座りこんだままのリタの隣にラークがしゃがみ、リタだけに聞こえるよう小さな声で耳打ちした。


 

「……約束する。必ず守る」

「……っ」

 

(…………きっとまた、“シエラを”でしょう?) 


 

 ブランに連れてきたことといい、一体どういうつもりなのかリタにはもう訳が分からなかった。耳に手を当てて震えながら、優しい言葉に振り回されるのはもう懲り懲りだと、リタはせめてもの抵抗を込めてラークを睨みつけた。――ところがラークは、リタの視線など痛くも痒くもないといった様子で、広間から通じる廊下に神経を集中させていた。


 

「……おや? 見付かっちゃったなあ」



 軽薄な声とともにラーク達を取り巻く兵士の向こうから歩いてきたのは、白いローブをまとった長身の男だった。ローブの下に除く軍服の胸元には、階級賞が縫い付けられており、出で立ちからして高位の軍人が持つ風格がにじみ出ている。


「盛り上がっているみたいだから、もう少ししてから出迎えにいこうと思ったんだけど……」


 にこやかな笑みを浮かべているが、四角い眼鏡の奥の銀の瞳は全く笑っていない。左目の上で七三に分けた前髪が右目にかかって影を作っていた。


「……久し振りだね、ラーク」


「…………トーマスか」  


 異様な雰囲気におののくリタを隠すように、ラークが立ち上がって男とリタの間に入った。その様子を見て、トーマスと呼ばれた男が愉快そうに肩を揺らした。


「随分その子に入れ込んでるみたいだねえ。……なに、彼女?」

「……いや」


 ラークが否定するとトーマスは苦笑いして、両手を上に向けてひらひらと降ったあと、リタをすっと指さした。


「あはは。嘘が下手だなあ。……お前、さっきその子にパーフェクトプロテクション使っただろ?」

「……ああ」

 

「あの魔術――どうでも良い奴に使う人間なんて、この世にひとりも存在しないよ」

「…………」


 口調は終始軽いが、ごまかすことを許さない強い圧力を彼は放っていた。ラークの返答次第では、保護魔術がかかっているとしても、リタを手にかけようとする意志さえ透けて見える。

 

「それで? その子はお前の何?」

「…………」 


 トーマスの問いに、リタだけでなく兵士も精鋭も場に居合わせた者全てが耳を澄ませていた。自分にとってリタが何なのか、自分でも分からなかったラークは、質問に答える代わりに重い唇をゆっくりと開いた。

 

「…………先の戦争で俺は――ノワールに単独投降した」

「ああ、もちろん知ってるよ」


 ラークの裏切りのせいでブランが負けたようなものなのに、トーマスやブラン人がその事実を忘れるわけがなかった。話をすり替えられたトーマスが再度口を開く前に、ラークが続けて告白した。


「……ノワールの軍人から――ある“取引”を持ち掛けられたんだ」

「……なんだと?」


 ブランの軍人達が固唾をのんで見守る中、トーマスが息を呑み探るようにラークを見つめた。話がどこに向かっているのかは不明だが、核心に近づいている予感があったのだ。


「……俺の投降と引き換えに、“呪いを解く方法”を教えると」

「呪い? ――何のことだ?」

 

 厳密には、呪いではなく“契約”だ。9年前、14歳のときに魔女と交わした契約を、他人に話すことはできない。ただ、自分がリタに執着する原因はこの契約が絡んでいるに違いないと、ラークは手掛かりを求めて記憶の糸を手繰りだした。



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