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魔術師ラークと灰色の混血姫  作者: 古都見
第1章 出会い
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プロローグ

「……大丈夫。お母さんが、守ってあげるからね」


 パチパチと燃える暖炉のそばで、黒髪の女が揺り椅子に腰かけていた。振動が心地よいのか、腕に抱かれた赤子はすやすやと眠ったままだ。母親のエイミーは赤子の髪へと手をやり、小さくため息をついた。


(……どうして、こんな“色”で生まれてきてしまったのかしら)


 先月生まれた、待望の我が子。だが、その髪と目の色は、父母のどちらとも似ても似つかない“灰色”をしていた。


『ブラン人の子を孕んだに違いない』


 閉鎖的なこの国、ノワールの民は皆黒髪黒目をしている。灰色の子どもを産んだエイミーは、たちまち後ろ指をさされることとなってしまった。

 彼女の両親も失望し、孫が生まれてからは、この家に近づきもしなくなった。商いを生業にしている両親にとって、娘の醜聞など悪い影響にしかならない。


『エイミーっ、その子は一体誰の子なの!?』


 赤子の姿を見せた途端、血相を変えて詰め寄ってきた母の姿を思い出す。母と父には、恋人のリシャールのことを話していた。結婚を考えている相手がいると。リシャールは、黒髪黒目、正真正銘のノワール人だ。


(一体どこで、何をしているの……)


 窓の外では雪が降りしきっていた。何もかも捨ててもよいと思えるほど愛していたのに、エイミーはリシャールの出身も仕事もよく知らなかった。


『……子どもができたの。私はあなたと――結婚したいと思ってる』


 マルグリットの存在に気づき、関係をハッキリさせたいと迫ったあの夜、リシャールの顔はエイミーの予想に反して暗かった。それでも説得を続けるエイミーに、リシャールはパールのペンダントを手渡した。


『僕の首にそれをかけて、君の愛を証明してくれ』


 自作の魔道具だというそれは、たった一度だけ相手に噓偽りのない愛を伝えることができるのだという。


『……私の気持ちを疑うの?』

『…………』


 結局そのあと喧嘩になり、ペンダントはテーブルの上に置いたままになっていた。リシャールとは、あれから一度も顔を合わせていない。


(私ひとりで、どうしたらいいの……)


 普通の子どもでも、母親1人で育てるのは大変なことだ。しかもこの子は、こんな容姿をしている。――もしかしたら、何か病気にかかっているのかもしれない。不安な気持ちを押し込めるように、エイミーは腕にぎゅっと力を入れて娘を抱きしめた。


「大丈夫よ、マルグリット。ずっと一緒だからね」


 ふにゃふにゃと、眠ったまま口を動かす仕草が愛らしい。ふふっと自然に笑みがこぼれた。


 ――コンコン


 ドアをノックする音に、エイミーはハッと身を強張らせた。父と母だろうか? 恐る恐る扉を開けると、気まずそうに手をもむ2人が立っていた。父の帽子と母のショールの上には、うっすらと雪が積もっている。


「……どうしたの?」


 会うのは、マルグリットが生まれて以来だ。期待と緊張が入り混じり、声が震えた。


「エイミー……、お父さんとお母さんで話し合ったんだけどね……」

「…………?」


「やっぱりその子は、――施設に預けたほうがいいと思うの」


 母の言葉に、娘を抱く腕に力が入った。


「あなたはまだ若いし……その子がいなければ、またやり直せるわ」

「そんなっ……、お母さんだって、孫を楽しみにしてたじゃないっ」


「……それは、その子がノワール人だと思っていたからよ」


 ノワール人は皆一様に黒髪黒目。例外はない。そんなことはエイミーだって百も承知だ。


(……この子がブランとの“混血児”だと、まだ疑っているの?) 


 白い髪と銀の瞳をもつ、隣国ブランの民。ノワール人はブラン人に対する根強い敵対意識を持っており、差別といってもいい程だ。母親ですら信じてくれない状況に、エイミーは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。


「この子はノワール人よ! 多分、何かの病気だと思うのっ」

「…………」

「……リシャールに会えば、お母さんだって分かるはずよ」 


 部屋の中に入ってくる両親から距離を取ろうと、エイミーは壁際に後ずさった。開いたままの玄関から雪風が舞い込み、背後のカーテンがバタバタと揺れた。感情的になるエイミーに、母が静かに語りかけた。


「ええ……でもこの1か月、彼は会いに来てくれたの?」

「……っ」


「…………エイミー。あなたのことを、心配してるのよ」


 ――心配。母の心配の中に、マルグリットは含まれていないのだ。父と母とエイミーの輪に、マルグリットは入れてもらえない。ただ、灰色の髪と目を持つというだけで。


「……この子は私のすべてよっ。誰が何と言ったって、……この子は手放さない!」

「……エイミー」


 母が父に無言で目配せすると、父がつかつかと歩み寄ってきてマルグリットへと手を伸ばした。激しさを増す風に、暖炉の火が吹き消されてしまいそうだ。


「……やめて! お願いっ、お父さん!」

「……すまない、エイミー」


 暗がりの中で、うつむいた父の顔は見えない。だが、謝る声には涙が混じっていた。


「……ふにゃ、んぎゃあ!」


 ぐいぐいと引っ張られ、ついに赤子が目を覚ました。動揺するエイミーの手が緩んだすきに、ぬくもりがするりと抜き取られてしまった。


「ダメっ!……待って、連れて行かないでっ」


 マルグリットを抱いた父に駆け寄ろうとしたものの、エイミーは腹痛でよろめいてしまった。ぶつかった拍子に、ダイニングテーブルからコツンと何かが落ち、闇の中で白銀のペンダントがキラリと光った。


(……これはっ)


 リシャールから渡されたパールのペンダント。一度きりしか使えないというそれを、まさか娘に使うなんて思ってもみなかったけれど……。エイミーはひっつかむようにペンダントを拾い、父へと駆け寄った。

 

「待ってお父さんっ! ……お願いっ、これを――」

「……エイミーっ!」


 死に物狂いでしがみつくエイミーから逃れようと、父がもがいた。産後の身体を労わってくれているのか、突き飛ばすようなことはしない。


「この子のことは――忘れるんだっ!」


 父が大きく体を左右に振った。布にまかれていて顔は見えなかったが、エイミーはその上からマルグリットにペンダントをかけた。



「……愛してるわ、マルグリット」



 絞り出すように口にすると、ズクズクと強くなる腹痛に耐え切れなくなり、エイミーは床に崩れ落ちてしまった。父が母を連れて戸口をまたぎ、ゆっくりと扉が閉じてられていく。エイミーはそのわずかな隙間に向かって、両手を握りしめ必死に願った。



(忘れないでっ! 愛しているわ……この世で一番)



 雪を含んだ隙間風がピタリと止まり、バタンと戸の閉まる音が部屋に響いた。エイミーは閉ざされた扉を、放心したようにずっと見つめていた。



「……マルグリット」



 待っていて、必ずあなたを探し出すから。消えゆく意識の中で、エイミーはそう固く誓った。


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