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天恵の門  作者: 夕凪沖見
第1章 ローラン・ユイマース
8/29

第8話

  ★


 国の重鎮に囲まれた座談会から三年後――――

 私はラサ教区長が離任するのと合わせてユイマース男爵の書記官に採用され、領都に向かう荷馬車の中にいた。

 母さまは旧カミロ領の人たちに出会った時に石でも投げられるのではと心配していたけれど、それならばとミケラおじさんが護身術の稽古と実践を付けてくれたから大丈夫と思う。たぶん。

 荷馬車の御者はイオだ。相変わらずサラとコンビで行商をやっている。

 さっきからイオが色々話しかけてくれるけど、私は馬車の中で積み荷の整理をしながらサラと溜まりに溜まったお互いの報告をやっていて全く聞いていない。

 だからといって御者が馬を放置して荷車に来るのは、生きた心地しないのでやめて欲しい。

 ちなみにセムはもう一年修行して来いと言われてしまい。私たち三人を恨めしそうに見送ってくれた。


 そのまま教会領に先に寄るという二人と別れ、ユイマース男爵の住む館に向かう。

ここが父さまの故郷と思うとワクワクが止まらない。

 ドアを叩くと家令の人が対応してくれた。ユイマース男爵と去年会ったおじい様に挨拶し、私の部屋まで案内してくれる。

 書記官として採用してくれたのは伯父様だという。

 父さまとは昔色々あって、父さまが亡くなる前に手紙では和解していると聞いていたけど、やっぱりまだ緊張する。

 仕事は明日からでいいという言葉に甘え、おじい様に早速領内の見どころを聞いて中心街に繰り出す。

 というかもしかしておじい様一緒に出掛けたかったのかなと思い、一度引き返しておじいさまの所に行ったら、ちょっと所在無げにしょぼんとしていた。

 道案内をお願いすると嬉しそうに立ち上がる。その笑顔が父さまにそっくりで、ああ親子なんだなと感心してしまった。


 夕方まで街中や周辺のあれこれを案内してもらい、最後にとっておきの場所という古い祠の残る高台に連れて来てくれた。

 夕焼けに染まる眼下の集落と畑が一望出来て、思わず嘆声を上げる。

 景色に見惚れる私をおじい様が満足そうに眺めている。

 おじい様は父さまみたいにニコニコしながら無遠慮な視線を寄越してくれるので、やっぱり私の方が照れてしまう。

 ほんと、親子なんだなと思えた。まあ私も、他の人にはおじい様や父さまみたいな感じなのかもと思ったりしたけれど……


 三年前に母さまが自分の身分を明かしたことで、私がその娘という事もユイマース男爵家の皆さんはもちろん知っていて、書記官を雇ったというより親戚の子が一緒に暮らすようになったという方がしっくり来る。

 これ嫁扱いされてないだろうかと疑問に思うこともあり、セムが実家で何言っているかちょっと問い詰めたい気分だ。

 そして私はカミロ男爵家の遺児であることは別に隠すことなくここにやって来た。

 この町にはカミロ男爵領の出身者もいる。災害後にやって来た人もいるけど、十七年前に避難したまま定住した人も少なくない。

 母さまを未だに悪者扱いする人がいるのは知っていたし、そこまでではなくても思う所がある人もいて当たり前と思う。


 実際、新しい書記官が『カミロの吸血鬼』の娘ということで休日街中をぶらついていたら絡まれた事もある。

 当時のカミロ領でひどい目にあった人に言われるのならまだわかるが、絡んできたのはその子供や又聞きの話で冷やかしにきたような連中で、私が女で大人数で囲めば何言っても許されると勘違いしていたみたいだった。

 言いがかりに淡々と理詰めで反論したらキレてナイフを出してきたので、容赦なく反撃した。

 こちとら護身術叩きこまれて港の荒くれ者相手に実践訓練やらされて来てるんだ。場数の足りない山猿どもに後れを取ることなんてない。

 逆恨みした連中は後日闇討ちまでしてくれたので、さすがに看過できずぶちのめした後に捕獲して伯父様に突き出した。

 以来一人で夜で歩くのを禁止される。……どうして?


 その後身辺は静かになる。ここに来る前、教会の人たちからカミロ領で母さまが諸悪の根源という誤解や嘘を丁寧に説いて回ったと聞いている。

 真実を知らされて納得した人が多かったらしいが、それでも頑なな人はいる。襲ってきたのはそんな頑固者一家の子供だ。

 犯人は一家もろとも追放処分になった。私より伯父様がおかんむりで、全員首を刎ねると息巻いていたのを何とかやめさせた。人死にが出たわけでもないのに斬首は寝覚めが悪すぎる。

 ただまあ、男爵お抱えの書記官襲ってお咎め無しと思っていたのがどうかしている。何故にああも私に怨嗟をぶつけ、喚き散らしながら去っていくのか理解できない。


 母さまはまだ男爵令嬢のころは結構お淑やかでレース編みが得意なまさに箱入り娘だったそうだ。

「私もこの人が義姉になると思うと、兄上が羨ましいと思ったものだが……」

 翌週一連の出来事を報告書にまとめて提出したとき、伯父様は私を見て少し残念そうな顔になる。

 その娘はどうしてこんな血の気が多いのかと仰りたいのですねきっと。

 すみませんね、粗暴な女に育ってしまいまして……でも息子さんのセムさんはそんな私に何故か惚れているんですよね……重ねて申し訳ないです。


  ★


 現地に来なければ判らないことは確かにある。

 例えば旧カミロ男爵領を任された教会。

 世間では災害と悪徳商会によってボロボロにされたカミロ領を救済し、神の威光を国内外に示す地とすべく教会『預かり』領地となった。

 けれど教会の領地運営も数年でうまく回らなくなり、今やすっかりお手上げ状態になった。

 当初は教会も殆どなかった国内北部の山村すべてに聖堂を建てると息巻いて、カミロ領内に拠点の教会を建て、併設した修道院から修道士や司祭、果ては修道女まで一帯に送り込んだ。そこまでは良かった。

 けれど数年で王都の教会すらも資金や資材が枯渇し、今は毎年多額の赤字を垂れ流すお荷物と化している。

 何とかしようと焦った教会は、あれこれ理由を付けて頻繁な寄付の要請を繰り返すものだから、ここの所国中から総スカンを受ける事態になっている。


 ほとんど更地になった土地を再建するなんて、布教の片手間に出来るものではない。

 教会がなぜそんなわかり切った罠に嵌ったのか不思議に思っていたけれど、ここにきて時折耳にする噂がその理由と知った。

「ローランがこっそり私に会いに来た時言っていたんだ。カミロ男爵は生前大きな儲けになる何かとんでもない発見をしていたのではないかと」

「その噂の出どころ、父さまですか……」

「恐らくそうだろうな」

 その何かとはどうも鉱物資源ではないかと踏んで、おじい様も時折教会領をこっそり探索させているらしいけれど、未だに『それ』が何か判らないと言う。

 話を辿って行きついたのが、国と教会が交わした教会『預かり』領地に関する協定書の存在だった。

 そこには教会が五十年間旧カミロ領を統治し、領地の再建を達成後に国に土地を返還するというもの。

 条文の前半を目にしたとき、ずいぶんと国に都合のいい話と思っていたが、後半の内容を見て、なるほどこれに釣られたかと思った。

 そこには『五十年間この地は無税とする』事と、『生産・産出されるものの売買には教会に特権を付与し、国も権利を侵さない』というもの。

 この条文と災害前の領主の噂話を皮算用して、五十年間の間に金でも出てくればお釣りがくると踏んでいた気がする。

 結果はこの体たらく。教会も山師を雇ったりしているらしいが、砂鉄すら採れない北部山地に何が出るというのかと山師に嘲笑されながら必死に探し続けているそうだ。

 この辺りまでが一年コツコツ調べ続けて分かったこと。そして話のカギを握る一人がおじい様ということに辿り着いて、答え合わせをしに来たのだ。


「まあ多分、これローランの張った罠だと思うよ」

「父さまの?」

「うん。私の知る限り、教会と国にこの話を流していたのは確かだろう。教会には『間違いなく何かある』くらいの話を。国にはきっと『何かあるかもしれない』くらいの話を」

 父さま、もしそうなら策士だな……かっこいい。

「そこに当時実績を欲しがっていたジンガー侯爵と、利益に聡いフーシェ商会が動いていたからね。みんなまんまと乗せられたわけだ。まあそれ、私も含めてなんだけど」

 おじい様はなんだか愉快そうに私に父さまのやったことを教えてくれた。

 ミケラおじさんも田舎の男爵領に押し込んでおくのは勿体ないといつも言っていたユイマース前男爵は、まだまだ健在な気がする。

「おじい様、この条文の最後に、ちょっと気になる事書いてあったんだけど」

「ほう、そこに気づいたか」

 おじい様の目にゆらりと剣呑な光が宿る。

「『ただし、国と教会が認定する正統な後継者が存する場合、教会統治期間中であっても、関係者の同意がある場合、後継者にカミロ領は返還されるものとする。なお、返還後の権利はその者が引き継ぐものとする』って書いてあって……当時は母さまも行方知れずだし、遠い親戚も遠すぎて無理があったって聞くし……この条文入れた人って……」

「エラン、ちなみにその権利を持つのは?」

「一番は母さまで、……二番目は私……です」

「奇跡認定局のお墨付き、貰ったもんねえ」

 いたずらっぽく笑うおじい様を、私は恨めしそうに睨む。

 父さま、用意周到過ぎませんか?ちょっと怖いです。


「ところでエラン、先月ラサ教区長からお手紙をもらってね、なんでも教会預かりの旧カミロ領をユイマース領に併合しないかというご提案があったんだ」

「その心は?」

「セムとエランはいつ式を挙げるんだい?」

 お互い満更でもないのはそうですが、あのヘタレはまだ私を好きとも言ってくれないのですが!


  ★


 おじい様は人使い荒い上に無茶な事を言ってくる。

 人生経験足りない十六歳の書記官に教会『預かり』領とユイマース領併合の草案を作れと言ってきた。雇い主の伯父様はおじい様の指示を後で追認。少し位抵抗してくれても良かったんじゃないかと思います。

 大急ぎでミケラおじさんに資料お願いしますの手紙を出したら、資料と一緒に母さまとおじさん本人がやって来た。

「あんた孫娘に何てこと押し付けてんだ!」

「御義父様、エランはまだ十六ですよ?無茶が過ぎます!」

 そうだ二人とももっと言ってほしい。伯父様全然頼りにならないから頑張って。

 取り敢えずミケラおじさんが持ってきてくれた資料の目録に目を通し、目についた本から開いて読み込み始める。

 一冊目を半分くらい行ってふと顔を上げると、ミケラおじさんが私に探してきた『護身術』の先生が近接格闘術の偉い人で、年頃の娘に何教え込んでいるんだとおじい様と母さまに説教されていた。

 一冊読み込んで伸びをする頃には、父さまが母さまに渡しそびれていたという結婚指輪が出てきたからと言いながら、おじい様が母さまに手渡す所だった。

 ハテルマに来た時持ってくれば済んだ話なのに、今このタイミングで渡すあたりおじい様やっぱり曲者。

 結果最初の勢いはどこへやら、ミケラおじさんもお母さまも併合草案作成に付き合わされる事となる。


 とはいえ皆様頭いい人ばかりなので、私は三人の意見や議論をまとめたり確認したり整理したりする事になり、その合間に資料を読み込んで付箋を挟み、夜には草案の書き起こしや修正に追われる事となった。

「それにしてもレナ、あなたは権利の一切放棄で本当に良いのか?故郷に名を残す事も出来なくなるが……」

 方針がまとまったと三人だけで酒盛りをはじめ、納得いかないという感じでミケラおじさんが母さまに問う。

「誰が何を言っても、故郷を捨てた事には変わりありませんから。未だに恨む人たちの無念や憎しみも、私が引き受けてエランに渡すのが親の責任かと……」

「エレナが故郷を誰よりも愛しているのは、お前さんを知っている人なら誰でも知っている筈なのだがなあ……あの土石流が起きた時も、家族の制止を聞かずに避難の呼びかけに行ったから、エレナだけ生き残ったのだろう?」

「その話……誰から聞かれました?」

「生前ローランが寄越した手紙に書いてあったよ。生き延びてカミロ領を離れた人たちの殆どと会って、カミロ領で何があったか聞き取りをしていたようだ」

 父さますごい。その記録はどこ……ラサ教区長様かな、やっぱり。きっと教会『預かり』領の中での母さまの汚名返上をしていたときに、その辺の証言を使ったに違いない。


 旧カミロ領を身近に感じてつくづく思う。

 父さまの行動原理は徹底していて、すべては母さまの名誉回復と後悔と懺悔の種を消し去る事に向かっている。

 そのためにはまず生き延び、被害を最小限に食い止め、少しずつ傷を癒す間に周囲を巻き込んでこちらの有利な状況を構築する。

 その間に欲を出した人たちは利用され使い捨てられる。

 父さま自身は無私無欲で、自分の事すら顧みない。だからこそミケラおじさんやおじい様たちのような曲者も一目置いているのだろう。

 よし、あとは伯父様の許可出たら清書して署名貰って発送だ。

「終わったよー」

 伸びをしながら三人の集まるソファに近づき、母さまの横に腰かけると膝枕を要求する。

「頑張ったわねエラン。良い子良い子」

 うん、久々の母さまのなでなでは最高だ。

 明日準備が終わったら時間そこそこ取れるはずだから母さまとお散歩行こう。行きつけのお店でご飯も食べたいし、昔の話もたくさん聞きたい。父さまのダメダメなエピソードなんか最高だと思う。

 安心しきってしまったからか、私はそのまま寝てしまい、そんな私を肴に三人はまたお酒が進んだのだそうだ。

 私もそろそろ飲みたいけど、みんなまだ早いって許してくれないんだよなあ……


 二週間後、教会『預かり』領にあるカミロ修道院から代表者がやって来て、ジンガー侯爵とミケラおじさんの立会いの下、教会『預かり』領のエラン・カミロ・ユイマース女男爵への領地返還と、返還されたカミロ領の権限等のユイマース領への一切の譲渡に関する仮調印が行われた。


 あとは教会側は教皇の、ユイマース側は国王の裁可を以って正式決定になる事となった――――

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