第四話 西浦秋穂 編
翌日の授業終わり。ホームルームの時間になった。
クラスメイトの全員が席に着いたのとほぼ同時に、担任の松本陽子先生が教室に入ってきた。彼女の手には沢山の本とプリントが握られている。
何か大事なお知らせでもあるのだろうか。
先生は教壇に立つと、退屈そうに座っているクラスメイト全員に目を配りながら話し始めた。
「今日は進路用紙を配ろうと思います。みんな自分の進路をよく考えて、親御さんと相談しながら書いてきてくださいね。もちろんこれで決定する訳ではないけれど…。だからといってふざけたり適当に書いたりしないこと。参考になりそうな本を幾つか教室の後ろに置いておくから、必要だったら読んで。」
そう言いながら、左の列から順にプリントを配布している。
進路用紙……。親御さんと相談。か。
親御さんと相談することがどれだけ大変か、きっとこの先生は知らないのだろう。
先生は、おそらく優しい両親に大切に育てられたんだ。確証は無いけれど、先生がよく授業中に話している「家族」の話を聞く限りそんな気がする。そんな人には、分かりっこない。親と話す。そんな簡単な事が出来ない私の気持ちなんて。
私は、チラッと絵梨花を見た。彼女は、特に表情を変える事無く進路用紙を見つめている。
絵梨花は、進路に悩みでもあるのだろうか。もしかして……私と同じで……。
一瞬そう思ったが、私はその期待を振り払った。絵梨花は完璧だから、きっと私とは違う。違うはずなんだ。
私は進路用紙が入ったファイルを鞄の1番端に入れて、重たい足取りで家に帰った。
リビングに入ると、母はソファで煙草を吸っていた。
私は一瞬躊躇したが、母に話すことにした。こういう大事な話しは、せめて松永がいない時を狙った方がまだマシなのだ。
「あの…お母さん。」
「…………何。」
ぶっきらぼうだが、一応返事を貰うことが出来た。
私は、無視をされなかったことに少しだけ安堵した。
「あの…ね。学校から進路用紙を貰って…」
「……それで?」
「あの…。お、親と相談して書いてきなさいって…。それで…。」
「はぁ?あんたまさか進学するつもり?」
「え、うん…。だめ、かな?」
「勝手にすれば。」
「え……。」
私は驚いて母を見た。絶対反対されると思っていたのに…。
「いいの?」
「先に言っておくけど、学費なんか出さないし面倒なことはしないからね。全く…家に置いてやってるだけで感謝してほしいくらいだわ。」
母はだるそうに呟きながら、足を組み直して煙草を灰皿に捨てた。
私は肩を落とした。
やっぱり、母はそういう人なのだ。私のことなんて考えてくれるはずがない。“母親”としての人生では無く、“女”として生きている人に期待した私が馬鹿だったのだ。
私はそれ以上は何も言わずに、白紙の進路用紙を見つめた。