第三話 塚田絵梨花 編
翌朝、目が覚めると軽い頭痛が走った。連日の強制的な勉強のせいで、昔から頭痛の頻度が高い。頭痛や軽い風邪くらいでは学校を休ませてもらえないのは分かっていたから、疲れが抜けていない体を叩き起して準備をした。
多分母は、私がどれだけ体調を崩そうが気づかないだろう。完璧を求める母にとって、娘である私も完璧でなければならないのだ。
「おはよう….。」
手で軽く頭を抑えながらキッチンにいる母に声をかけた。
「おはよう絵梨花ちゃん。ほら、朝ごはん出来ているから早く食べちゃいなさい。」
「うん。」
私は一言だけ返すと、食卓へと向かった。
食卓には、白米と味噌、それに付け合せの目玉焼きとソーセージが並んでいた。一見すると幸せな、ごく普通の完璧な朝食だ。
母の愛情を感じてはいるし、傍から見れば幸せな家庭の筈なのだ。それなのに、何故こんなにも息苦しく感じるのだろうか。
学校に着いたら、いつもの席でいつもの授業を受ける。毎日毎日同じことの繰り返しで、本当につまらない。きっと今日も変わらない1日を過ごす。……いや、そういえば今日の放課後は秋穂の勉強を見る約束をしていた。あの日、何となく勉強を見る約束をしてしまったが、母には何と言い訳しようか。私は、下手に約束してしまったことを少しだけ後悔した。
約束を破るわけにはいかず、放課後になるとすぐに秋穂の元へと向かった。
「教室はまだ騒がしいから、図書室で勉強しよう。」
「う、うん!私はどこでも。」
秋穂の嬉しそうな声に、私は少し罪悪感を覚えた。それと同時に、私が来たことを喜んでもらえたことにむず痒い気分になった。
「とりあえず、しばらくは一緒に課題をしようか。それで分からないところがあったら教えてくれる?まずは秋穂がどれくらい出来るのか確かめたいから。」
「あ、うん。分かった。私…本当に酷いから、多分びっくりさせちゃうかもしれないけど……。」
自信が無さそうな秋穂は珍しい。そんなに酷いのだろうか。先程の罪悪感を払拭するつもりで、私は真面目に答えた。
「勉強を教わりたいってことは、勉強に対して悩んでるってことだろうし…。気にしないよ。……秋穂は課題を忘れてくることが多いから、終わらせて帰ることから始めよう。」
「……う、うん!」
また私は変な気分になった。嬉しそうな秋穂を見ていると、心の奥がムズムズするのだ。妙に暖かくて、落ち着かない。
勉強中、ちらっと時計を見ると3時間が経過していた。母は何て言うだろうか…。一言伝えておけば良かっただろうか。いや、伝えたらきっと反対されただろう。
私の葛藤を察したのか、秋穂が遠慮がちに声をかけてきた。
「あの…絵梨花、時間は大丈夫?まぁ、私がバカなせいなんだけど…。」
「………。あー。うん。今日は…多分大丈夫。」
私は言葉を濁した。
こんな時、母なら必ず根掘り葉掘り尋ねてくる。けれど秋穂は、それ以上は何も聞いて来なかった。それが妙に嬉しくて、秋穂との時間は面倒に感じなくなっていた。
それから私は、時間には何も触れずに勉強を続けた。