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  作者: 北極6号
3/5

見えない何か

少し時間を遡ります。


………。


浮遊感の中、静かに目を覚ました。

カツ……カツ……と、硬質な靴がゆっくりと地面を蹴る音だけが薄暗い静寂の中で響いている。空は暗いので今は夜だろうか――。

上方にゆっくりと視線を移すと、古い水銀灯のように弱々しく頼りない光を放つ、大きな月が前方に見えた。それはこちらに向かって少しずつ直進しながら、やがて視界の外へと消えていく。世界は闇に包まれていくのかと思えば、新たな月が前方から現れた。よく見ると新たな月の後方には、幾つもの月が連なっているのが分かった。


「そうか…月って沢山あるんだな……。」

「…あ」


自分の足が歩みを止めたことに驚く。

急速に意識が覚醒する。暗く朧気だった視界が拓けていくのを実感し、呼吸の度に鼻腔に空気が流れていることに気が付くと、段々と恐怖を覚えた。……これは夢ではないだろう。

今自分に起こっていることが理解できず、先ほど眺めていた月を探してみると簡単に見つかった。何故ならその正体は自分の頭上で寂しく灯っている電球であったからだ。

次に記憶を辿り、この気味の悪い廊下に化生する直前の自分の姿を必死に想像する。すると即時に違和感を覚えた。自分は日本国籍の純日本人であることは分かるし、言葉だって分かる。常識的な範囲であれば現在の価値観に即した行動ができる自負もある。しかし自分の身の回りに関する一切の記憶が抜け落ちているのだ。


「そもそも、俺ってなんだっけ…?」

「あれ、今何をしているんだろう?何をしていた?」

「…ぅうううううぅぅぅぅ……」


頭痛がする。ズキズキと頭に釘を打たれているかのような強烈な痛みだ。頭を抱えて両の手を大きく開き、頭蓋に沿って手をヒトデの様に張り付かせて座り込む。


……………。


……どれだけの時間が経ったのだろうか。そうしているとやがて頭痛は治まり、今の自分の姿とは裏腹に思考は冷静さを取り戻しつつあった。ゆっくりと呼吸をするとコンクリートと僅かに空気中を漂っている埃の僅かな臭いを感じる。そして静寂の中に聴覚を集中させた。


………………。


何も聞こえない。静か過ぎるあまりに、耳の中でキーンとしたやかましい音が鳴り響く。

いや、何かが聞こえる。目を覚ました時に聞いた自分の足音のような、それでいて歩調はもう少し速いように思う。その音は段々とこちらに近づいてきていることを悟ると、得体の知れない恐怖が胸の内から噴水のように湧き上がった。


「…やばい。ヤバイヤバイヤバイヤバイ………!」


足音の主に声を悟られないよう、小さく、それでいて自分でも驚くべき速度で舌を回して気持ちを表現する。

そんなことをしている場合ではない。いやそれは分かっているんだ、でもどこに逃げたら安全なのか分からない。とりあえず足音と反対に進むべきだ、なんだか空気が冷たい、息が荒くて胸が苦しい、とにかく足を動かして素早く音を立てず極めて冷静に安全な場所へ行かなければならない!!


長いこと座りこんでいたため、足の凝り固まった筋肉が氷を握り潰したかのような鈍い割れ方をしているような気がする。一歩踏み込んだが着地する足が覚束ない。それでもよたよたと一歩、また一歩と歩みを進めると段々速度が乗ってくる。やがて忍者のように足音に細心の注意を払いながら、風のように廊下を駆け抜けてゆく。


「…ッッッ…ッッッッ!!」


無我夢中で薄暗闇の隘路を走り抜け、いくつかの分かれ道を無心で曲がっていく。その道中には重厚な鉄扉が数え切れないほど立ち並んでいた。道中そのいずれかのノブを触ってみたが上下左右どう引っ張ってもビクリともしない。次へ、また次へ、また次へ、また次へ……怒涛のように高速で扉を調べても足は止まらない。そうした単調な作業を続けていると、パニックを起こした頭が僅かに理性を取り戻し、見えない恐怖の姿を思い描く。酸のようなブクブクと泡立った液体が、胸の中から染み出して全身へと流れ込んでいく感覚を覚える。


「ハッ………!ハッ………!ハッ………!ハッ………!」


大粒の涙が眼球から溢れ出してくるのを止めることができない。

次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、次、ツギ………!




 ――――――――――――――――――。





「ウッ……………フゥッ……ウゥッ」



そうして辿り着いた部屋の前で、足音は途切れた。

逃げ切った安堵感の中、呼吸の仕方を忘れて赤ん坊のように泣き声と吐息が混じり合う。

……目の前の部屋は、いくつも調べた今までの扉とは何かが違う。きっと中には何かがあると思った。しかし同時に不安を覚える。その何かは見当もつかない。

再び見えない恐怖が暗雲のように脳内へと流れ込んでくる。酸液が全身に染み出していく。


その扉の下にある数cmほどの隙間からは、なんとも言えない悪臭が放たれていた。

地の文だらけで読み辛かったらごめんなさい。

この世で最も恐ろしいものは人間の頭の中に現れるのだと思います。

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