ここさ一体どこさ
「え……」
俺が身を屈めてベッドの下を覗きこむと、少女がブルブルと震えながらこちらの様子を伺っていた。
眼には涙を湛え、声を上げて叫び出しそうになるのを必死に堪えている風だ。泣きたいのはこちらだが平静を装って話しかける。
「だ、大丈夫ですか……?」
すると少女はベッドの下という狭い空間でさらに身を縮こませ、ぎゅっと目を瞑るとようやく声を上げた。
「やだ!殺さないで!!」
体の震えはより一層増すばかりだ。よほど恐ろしい目に遭っていたのか、その様子が尋常でないことが一目で分かる。その気迫に圧されてこちらも涙目になるが、なんとか応答する。
「お…落ち着けよ。何も取って食ったりしねえからさ。」
「さ、深呼吸して…」
少女は何度か深く呼吸をしてからゆっくりと目を開き、恐る恐るといった感じに口を開いた。
「もう大丈夫です…あなたは違うんですね」
「色々聞きたいことはあるけど、まずはベッドから出ようか」
そう返して彼女の手を握り、ベッドの下から引っ張り出す。
すると少女と一緒にほんの小さな物体がコロコロと転がってきた。それは黄銅のような色をしており、大きさは500円玉ほどだろうか。円筒状の形をしており中は空洞で、蓋の無い小さな水筒のようだ。
つまみ上げて観察してみる。何か見覚えがあるような気がするが記憶がハッキリとしない。
「あ…」
と、少女が小さく呟いた。体は埃に塗れており、全身に付着したそれをポンポンと叩き落としている。
年のころは15,6といった所だろうか。身長は恐らく150cm程度、黒髪の短髪に黒い瞳、肌は白っぽく、華奢な手足は白魚のようだ。薄汚れた白いワンピースを纏っており、所々に擦り傷が散っている。
「何か分かるか?これ」
そう言ってつまんだそれを見せてみると、少女は首を傾げた。
「いえ、私にも何なのか…あなたが箱を落とした時に転がってきた物ですよ。」
「なるほどこれが…」
箱に入っていた紙以外の"何か"の正体はこれだろう。何故勢いよく発射されたのかは見当もつかないが。
小さな水筒もどきを観察してみると僅かにヒビが入っているのが分かる。何かの蓋、機械の部品、はたまた妙な宗教のお守りだろうか?
名探偵のように顎に指を当てて記憶を辿っていると、少女がおずおずと声を発した。
「あの、なんとお呼びしたら…」
「実は名前が思い出せないんだよ。完全な記憶喪失って訳じゃないが、名前だけでなく、ここへ来る前は何をしていたのか…ってのがキレイサッパリだ。」
「箱の人とでも呼んでくれよ。」
「そうですか…私は”ルナ・フィオーレ”と申します。」
彼女の名前を聞いて唖然とする。好意的に解釈すれば外国の名前とも取れるが、センスは日本のファンタジー漫画に出てくる美少女のようだ。そういった年頃の子かもと思い詮索はしないことを決意し、笑顔を作った。
「そうか、ルナさんだな!よろしく頼むよ。」
「はい…よろしくお願いします。」
若干ぎこちなかったが、何とか挨拶は済んだ。
水筒もどきをポケットに突っ込むと、どっかりと硬いコンクリートの床に腰を下ろし、いよいよ少女に疑問をぶつけてみる。
「ところで、ここは一体どこなんだ?」
「それは…分かりかねます…。
私は何も知りません。ただ、恐ろしい場所です…」
ルナは自分の体を抱いて、ぎゅっと丸くなる。
「ここへ辿り着くまで何があったのか、差し支えなければ教えてくれないか?」
「分かりました。まず、私はポッポリオンプリプリ駅で夜12時の終電を待っていました。やがて電車の明かりが近づいてきて…それで……」
「なんだって…? なんとかプリプリ駅?」
「電車に乗ったのか、別の何かがあったのか…それは思い出せません…気が付くと薄暗い廊下を歩いていました。」
この少女は何かがおかしい。舌を噛んでしまいそうなプリプリ駅の名称をスラリと述べてみせ、笑いを取ろうとするリアクションをするでもなく、平然と話を続けている。異様な名前といい、頭のネジが飛んでしまっているのか、それとも…
「ま、待て。おかしな所は他にもあるが、駅の名前は本当にそれで合っているのか?」
「へ…? 確かにポッポリオンプリプリ駅ですが…あぁ、地元の人は昔の地名を取って"道草駅"とも呼んでいますね。」
道草駅というのも聞きなれない場所だ。あいにく電車の路線図は殆ど覚えていないので真偽のほどは不明だが、田舎のローカルな駅ならありそうだ。
「なるほど道草駅ねぇ…話が逸れてしまったな。続けてくれ。」
「は、はい……」
―――――。
少女の話はこうだ。
道草駅(もといポッポリオンプリプリ駅)で夜12時の終電を待っていると、電車が近づいて来たところで意識が途切れる。気が付くと歩いていた薄暗い廊下には扉がいくつもあり、そのいずれにも鍵が掛かっており開けることができない。5分ほど彷徨っていたが、出口はおろか窓さえ見つからなかったという。
「…そしたら、急に大きな何かに後ろから手を掴まれたんです。」
その何かは人型をしており、少女の何倍もの体躯を持っていたそうだ。服装といえば革で出来た腰蓑のようなものを巻いているだけ。頭には大きな箱を被っており、それは視界を確保するための2つの穴が空いていた。
少女は抵抗するも敵わずズルズルと引きずられながら、ある一室へと辿り着いた。公衆便所の匂いを何倍にもしたような強い悪臭と腐臭を感じる。
そこには30人ほどの老若男女が全裸にされ、壁と鎖で繋げられていた。床には糞尿が至る所に散乱しており、それらはカピカピとなった古いものや煙を立てている新しいものまで様々だ。
彼らに食料や水は与えられていないのか、誰も彼もあばら骨を浮かせて生気を失っている。中には隣の死にかけた老婆に噛り付く男や、干乾びた死体、一部が欠損した白骨等が置いてあった。
少女の恐怖心はピークへと達し、絶叫を上げたところで頭に強い衝撃を受け、気を失ってしまう。
「そうして気が付いたらこの部屋にいて、恐ろしくてずっとベッドの下で隠れていました……」
少女は俺を見ると、泣き出しそうな顔で震えだした。
俺も泣き出しそうだ。ベッドの下に隠れたくなる衝動を抑えつつ、極めて冷静を装って笑顔を作った。
「分かった…辛かっただろうに、話してくれてありがとう。」
「あの、これからどうするんですか…?」
「一緒に脱出しよう。きっと上手くいく。」
先ほどの話をしたせいか、恐怖心を思い出した少女は返事をすることもなく、ただ不安気な目を向けて小さく頷いた。
ズボンの後ろポケットからスマホを取り出し、電話帳を開く。この部屋から出るには外から扉の鍵を開ける協力者が必要だ。スイスイと電話帳をスクロールし、コールボタンを押した。
「……………もしもし。その声はナポレオンか。 神様はいるか?」
ちょっと長くなっちゃいました。