小さな魔法医エリカ外伝 ~ミラーナ王女の野望~
イルモア王国の王都ヴィラン。
その王宮では、間も無く王族・貴族を含めた会議が行われる事になっていた。
それは、国王の長女であり長子のミラーナが15歳の成人を迎えるに当たり、何処を領地に与えるかを決める為である。
既にミラーナには、幼少期から心に決めている希望の地が在った。
ミラーナは、絶対に希望の地へ行って領主となり、その地でハンターになると固く心に誓っていた。
そう、ミラーナは幼少期からハンターになる事に憧れを抱いていた。
自分自身、王族や貴族に生まれていなければ、間違い無くハンターになっていたと思っている程である。
いや、今でもその思いは変わっていない。
むしろ強くなっている。
3年前までは『もしかしたら夢のまま終わってしまうのか…』と、何度も諦めかけた。
しかし、その3年前に事態は好転。
念願の王子が生まれたのだ。
これで、国王の長女であり長子の自分が、跡を継ぐ婿を迎え入れて王妃になる必要は無くなった。
上手く立ち回れば王宮を出てハンターとして生きていけるかも知れない。
『このチャンスを絶対に活かしてみせる!』
会議が始まるまで1時間。
ミラーナはそう決意し、部屋で気合いを入れていた。
対する国王は、ミラーナに与える領地は何処でも良いと思ってはいたが、少しばかりミラーナは規格外なのではないかと不安を感じていた。
初めての子供で初めての娘。
ついつい可愛がるのは無理もない。
当の娘から注意される程だった。
2人目の娘、キャサリンが生まれた1年後『もっとキャサリンを構ってあげて!』と、たどたどしく言われた。
ミラーナ、僅か3歳の時だ。
3人目の娘、ロザンヌが生まれた1年後『可愛がるのはロザンヌが1番。キャサリンが2番。私は3番目で構いません』と、冷静かつ堂々と言ってのけた。
ミラーナ、僅か5歳の時だ。
同じく5歳の時、自分は王妃にしか成れずとも、国や国民を守る気概を見せる必要があるからと剣士や魔導師を教育係に付けさせ、熱心に剣や魔法の訓練に励んだ。
7歳の時は、仮に将来戦争が起きたとして、作戦会議で最終的な判断をし、決定を下すのは国王である。
その時に今の国王ならばともかく、自身の婿である国王が重大な局面で間違った判断を下せば国が滅び、国土は蹂躙され、国民は敵国に連れ去られて奴隷とされてしまうかも知れない。
そうならない為にも国王の判断が間違っているかを見抜き、もし間違っているなら王妃である自分が間違いを正さなければならない。
そう言って説得し、戦争での定石や想定外を含めた様々な事態に対処出来る能力が身に付く様、軍の参謀長官を教育係に付けさせた。
10歳の頃には、今まで学んだ事が本当に有効なのか、実戦での確認が必要だからと軍の模擬戦で軍の指揮を直訴。
結果は苦戦したものの勝利。
「素晴らしい! 多少の苦戦はありましたが、見事な勝利ですぞ、ミラーナ様!」
「うむ! 見事だったぞ、ミラーナ!」
模擬戦を終えて戻って来たミラーナに参謀長官が声を掛け、その言葉に国王が満足そうに頷く。
が、当のミラーナは不満を露にしていた。
「ミラーナ様、どうかしましたか?」
「どうしたのだ? 何か気に入らない事でもあるのか?」
2人が聞くと、ミラーナは幾つかの部隊を指差して…
「それらの部隊が私の指揮通りに動きませんでした。それさえ無ければ苦戦せずに勝てたのです!」
2人は顔を見合せ、ミラーナが指差した部隊に目を向ける。
指差された部隊の隊長は青褪めていた。
聞けば、10歳の子供の指揮通りに動くより、経験豊富な自身の判断で動いた方が簡単に勝てると思ったからだと言う。
だが、ミラーナの話を聞くと、ミラーナは相手側の動きを完全に予測しており、指揮通りに動いてさえいれば完勝していたのは間違い無かった。
「なので…… シバきます!!!!」
言うが早いか、国王と参謀長官への説明に呼ばれていた指揮通りに動かなかった部隊の隊長達を、ミラーナは全員殴り倒した。
国王も参謀長官も『軍隊では上官の命令は絶対』というルールに従えばミラーナの行動は正当なので、ただ傍観するしか無いのだった。
時を同じくして、ミラーナには淑女としての教育も始まっていた。
これまでのミラーナの行動を考えると、淑女教育を拒否しても不思議ではなかったが、意外にも素直に教育を受けていた。
が、どうしても国王にはミラーナが淑女教育を受けたくて受けているのでは無く、受けたくはないが必要だから仕方無く受けているとしか思えなかった。
事実、ミラーナは12歳の時にハッキリと言い切っている。
自分には淑女としての自覚は無い、と。
淑女教育を受けているにも関わらず、父である自分を『お父様』と呼ばずに『父上』としか呼ばないミラーナに業を煮やし、お父様と呼ばないのであれば淑女として認めないと言った時の返事の一部だ。
そんなミラーナが15歳になって成人し、王族の直轄地の一つを貰って領主となる。
国王は不安でしか無かった。
領主になるという事は、領地に赴き領地経営に勤める。
そうなると、ミラーナが王都に戻るのは半年に一度の社交シーズンの1ヶ月間のみ。
領地に5ヶ月→王都に1ヶ月→領地に5ヶ月→王都に1ヶ月…
これの繰り返しだ。
そんな長い期間、自分の目の届かない所へミラーナを行かせて大丈夫だろうか?
何か、とんでもない事をしでかすのでは無いか?
会議の時間が近付くにつれ、国王の不安は増大していく。
逆に他の貴族達は楽観していた。
これまでのミラーナの行動・言動を上部だけでしか見ていない彼等は、ミラーナの事を『実に頼りになる素晴らしい王女』としか思っていなかった。
そして遂に会議が始まる。
長いテーブルの一番奥に国王が座り、その左右に王妃とミラーナ王女が座っている。
3人の前で、様々な意見が飛び交う。
ミラーナの事を『素晴らしい王女』としか見ていない貴族達は、自分の領地に近い王族の直轄地を推薦するのに躍起になっている。
何かあれば、頼りになる王女に助けて貰おうという魂胆が見え隠れしていた。
そんな中、当のミラーナ本人は何も言わずに黙って聞いている。
心配で仕方無い国王は、時折ミラーナの方をチラチラ見るが、その表情には笑みが浮かんでおり、特に不満は無さそうだった。
国王も安心して自身の意見を述べ、会議は順調に進んでいく。
会議が始まって約2時間。
最終的に3ヶ所が候補地に決まり、その中からミラーナ自身が選ぶ事になった。
「どうだ、ミラーナ。何処も規模が大きい上に安定した街だし、王都にも馬車で1日か2日と近い。公爵家や侯爵家の領地も比較的近いし、これならお前が何処を選んでも安心だ。私も安心して送り出してやれる」
国王は、会議中ミラーナが何も言わずに居たのは、貴族達が推薦する領地や自分の意見に何も不満が無いのだろうと思い、満面の笑顔でミラーナに聞いた。
正面を向いていたミラーナは、チラリと国王を見ると軽く息を吸い込み…
「全て却下します」
と、冷淡に言い放った。
「「「えぇえええええええええええええっ!?」」」
その場に居た全ての貴族達や国王に王妃、更には会議中の飲み物等を配膳していた侍従や侍女達が一斉に驚きの声を挙げる。
「ど、どういう事だ!? 何が不満なんだ!?」
驚いて立ち上がった国王は、汗をダラダラ流しながらミラーナに聞いた。
「何処の領地も、私にとって魅力ある地ではありません」
淡々と答えるミラーナ。
「なら、何処が良いと言うのだ!? 候補地に挙がらなかった中に在るのか!?」
またミラーナは軽く息を吸い込み…
「いいえ。この会議中、私が良いと思える場所は候補に挙がりませんでした」
と、首を振りながら答える。
「ならば一体…」
そう言ったところで何かを思い付いた貴族の1人が口を開く。
「もしや、ミラーナ様は王都を離れたくないのでは…?」
国王はハッとした。
破天荒な娘だと思っていたが、なかなか可愛らしい一面もあるじゃないか。
そう思って…
「ミラーナ、そうなのか!? お前が望むのなら、それでも構わないぞ♪」
国王がニコニコして聞くと、ミラーナは全員が思ってもみなかった場所を口にする。
「私が望む領地は『ロザミア』です」
「「「「ゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑっ!?」」」」
またもや全員が驚愕する。
その場に居る全員は、ロザミアがどんな場所かを知っている。
治安は特に悪くないが、別名『ハンターの街』として知られている街だ。
人口3000人程の中規模の街で、住人の半数以上がハンターである。
当然の事ながら、ハンターの中には荒くれ者も多く、王族の直轄地とは言え王女が治めるのに相応しいとは言い難い。
更に王都からも馬車で片道10日の距離だ。
そんな所へ破天荒とは言え、愛娘を送り出して良いのだろうか?
オロオロする国王に、ミラーナは微笑みながら…
「父上には申し訳ありませんが、私はこの為に武・魔・知力を研いていたのです! 私はロザミア以外の領主になる気は全くありません! 事実、誰も私に敵わないではありませんか!」
ミラーナがそう言うと、ある伯爵が立ち上がった。
「ならば私と体術で立ち合ってみますかな? こう言ってはなんですが、皆は貴女が王女様だから手加減していた… とは思われませんでしたかな?」
ガッシリとした体格の伯爵は、ニヤリと笑うと構えてみせた。
それを見たミラーナはスッと目を細めて不敵な笑みを浮かべる。
「ほぅ、貴殿が私の相手をすると言うのか。ならば遠慮は無用、手加減無しで掛かって来るが良い」
言いながら構えをとる伯爵の元へと歩を進める。
「構えんのですかな?」
「悪いが、貴殿を相手にするのに構えが必要とは思えんのでね」
片手を腰に、軽く顎を上げて淡々と言い放つミラーナ。
「後悔しても知りませんぞ!」
「御託は良いから早く来たらどうかな?」
「では、御免!!!!」
次の瞬間、床に叩き伏せられて白眼を剥いていたのは伯爵の方だった。
「これで父上にも理解して頂けたと思います。なので私は準備が整い次第、ロザミアへ向かいます。なぁに、心配はご無用♪」
呆然とする国王達を尻目に、ミラーナは意気揚々と会議室から出て行くのだった。
その後、成人披露パーティーを終えたミラーナは急いで準備を済ませると、国民達の見守る中を楽しそうに馬車の窓から手を振りつつロザミアへと向かった。
国王は不安で不安で仕方が無かった。
自分の目が届かないのを良い事に、何かとんでもない事をしでかすのではないだろうか?
領地を決める会議の前にも同じ事を考えたが、再度その思いが脳裏に浮かぶ。
後日、その予感が最悪の形で的中するとは、この時の国王は夢にも思っていなかった…