女神さまに教えられた秘密の言葉は、王子様には早すぎます!〜悪役令嬢だと思ってましたが、気にしなくていいようです〜
「ユーリア、君は悪役令嬢なんだ!」
突然ユーリアの自室に走り込んできた王子は
ユーリアの手をぎゅっと握ってそう言いました。
わたくしはそれを知っていました。
ユーリアが生まれたのは8年前。公爵家の第三子として生まれました。
すでに息子が二人いた両親は、新しく家族に加わった可愛い女の子に喜び、とても可愛がって育てました。
しかしユーリアはいつも子供らしい傲慢さも持たず、とても控えめに育ちました。
こんなに可愛がられていては、将来どうなることかと心配していた使用人たちもにっこりです。
しかしこれには事情がありました。
ユーリアは生まれた時から記憶がありました。ある物語の記憶です。
その中にはユーリアという令嬢がいて、ヒロインが恋する王子様の婚約者として登場するのです。
ヒロインは王子に恋焦がれますが、王子はヒロインに優しくしながら、ひどく傲慢な婚約者に悩まされていました。
婚約者、ユーリアは自分が一番でないと気が済みませんでした。
だから王子の心がヒロインに移り、自分が王子の1番で無くなったことに気付くと、ヒロインを傷つけました。
手を替え品を替え、彼女に嫌がらせや妨害行為を働き、それに屈しないと判ると、彼女を亡き者にしようと動きました。
ついにそれに気づいた王子は、ヒロインに毒の入ったアップルパイを食べさせる前に、婚約者を斬り捨て、ヒロインを守りました。
婚約者であったユーリアは、死んでしまいました。
死にたくない。
ユーリアは生まれてから少したって、その記憶を理解できるようになった時、強くそう思いました。
あの悪役令嬢はわたくし自身なのだと、強く感じ、あの記憶にあるような女にならないよう、気をつけすぎるくらい気をつけて生きてきました。
そして八歳。王子も同じ歳です。
「君が悪役令嬢だと、女神のお告げがあったんだ」
「なるほど」
王子はとても困り顔で、まだまだ柔らかい子供の手でユーリアの手を握りました。
それからじっとユーリアの顔を見つめます。
「ユーリア」
「女神さまはなんておっしゃったんですか?」
「僕は学園で素敵な女性と出会うって。それで、君が嫉妬して、問題を起こして、ついには悪事を働こうとして、僕が君を斬り殺してしまうって」
女神様も王子もひどく正直者でした。
「……そうですか」
「ユーリア」
王子は悲しそうに眉を下げました。
そして手を繋いだままユーリアをベッドに連れて行き、二人で体を寄せ合って座りました。
ユーリアはなんと言ったらいいのかわかりません。
「僕は君以外の人と一緒になりたいとは思わない」
王子はユーリアのおでこに、自分のおでこをぴっとりと触れさせ、ぼやけてしまうくらい近くで目を見つめてきます。
「でもきっと未来は決まっていますわ」
「それでも嫌だ」
王子はユーリアと鼻を触れ合わせて、目を閉じました。
そしてユーリアの唇を奪いました。
チュッと音がして、ユーリアの頬は真っ赤になります。
「ユーリア、好きだよ」
それからまた唇を求めました。
ぷにぷにと柔らかい感覚が触れ合い、チュッチュっと音が続きます。
王子はとても早熟でした。
なぜかはわかりません。
王子はユーリアの手を離し、ほおに持ってきてプニプニのほっぺをなでなでしました。
「早く大人になりたい……」
ユーリアは胸をドキドキさせながら王子の太ももを押して離れてもらおうと思いました。
「ユーリア、そっちはさわっちゃダメだよ」
王子の言うことは、ユーリアはわかりません。
王子も頬をリンゴのようにして、夢見るように微笑みました。
「ユーリア、君を悪役令嬢になんてさせないからね」
王子が帰った後のことです。
「おいユー、王子とキスしてただろ」
「すげぇ王子、手が早いな!」
兄二人にからかわれました。
ーーー
王子は考えました。
「どうしたらユーリアとちゃんと結婚できるかな」
「ハリート、ユーリアはお前の婚約者じゃないか。大人になれば結婚できる」
王は笑って膝の上に座らせたハリートの頭をポンポンと撫でました。
「父上、やめてください背が止まります」
「こんなことくらいで止まらんわ」
王は笑いました。ハリートの子供らしさが可愛くて仕方ないようです。
「なんだ、悩みなら言ってみるがいい」
「女神さまが言うんです。僕は将来学園で運命の人に出会い、嫉妬したユーリアが彼女を傷つけ、僕がユーリアを剣で殺してしまうと」
「なんということを。それはいつ聞いたのだ」
王は声を低くしてハリートを横向きに膝の上で座り直させました。
そして真面目な顔で覗き込んできます。
「昨日の夜です。ベッドの上で眠っている時に」
「夢の中でか」
王はううぬと呻きながらもハリートの頭を撫でていました。
「お母様には言ったのか?」
「お母さまには言っていません。僕が人殺しするなんて、ショックを受けます。だからユーリアとの婚約を破棄しようとするかも」
「そうだな。そうだろうな……」
王は真剣な顔で王子の顔を見つめました。
「お前は、ユーリアとの婚約を続けたいのだな? 今のうちに彼女を解放してやることを考えたか?」
「考えましたけど、それは絶対に嫌だと思いました。僕はユーリアとしか結婚したくないし、子供も作りたくありません」
「そうか、絶対に将来後悔しないと誓うか?」
「絶対に後悔しません」
それはどうかはわからないなと王は思いましたが、可愛い王子に優しく頷きました。
「では、今のうちにお前たちの婚姻を済ませておくしかないな」
「いいのですか父上!」
ハリートはわっと大歓喜すると、
それに気を良くした王は得意げにニヤリと笑います。
「別に構わん、だが大人になるまで、手を出すでないぞ」
「父上、手を出すと言うのは、どのくらいのことから先ですか?」
「ん……? そうだな。まあ今くらいなら手や頬にキスするのはいいだろう」
「唇はダメなんですか!」
「なんだなんだ、お前、王子のくせに。まさかもう、したのではあるまいな」
王子は下を向いてモジモジとしたので王は目を覆って笑いました。
「お前は手が早すぎる!」
「でもユーリアも嫌がりませんでしたし」
「あー、よしよし。わかったわかった。だがそれ以上はするでないぞ。まだダメだ。そのうち教育係がその辺の知識も与えてくれる。それまでは己の知らぬことは、するでないぞ」
「わかりました」
〜〜〜
二人の結婚式は二人が十歳の時に執り行われました。
今夜は形式上、二人の初夜ということで同じベッドで眠ります。
二人きりになる前に王には「今夜は絶対何もするなよ」と忠告された。
王子は並んで眠りながらユーリアにたくさんキスをして、ユーリアをトロンとさせました。
腕の中のユーリアは体から力が抜けてしまい、真っ赤な顔でハァハァと呼吸を整えているのが可愛くて仕方ありません。
王子は腰にムズムズとした衝動を感じましたが、何だかわからずそれを我慢しました。
二人は手を繋いで微笑みあいながら眠りにつきました。
ーーー
そして夢で王子は女神に会いました。
最初に会った時からそうですが、女神には体がないらしく、発光体です。
『あーあ、結婚しちゃったんですね』
「女神さまこんにちは」
王子は丁寧に頭を下げました。
『も〜あの女はやめておけって言ったのに!』
「僕はユーリア以外の女性は要りません」
『嫌な女になっても?』
「ユーリアは嫌な女ではありませんが、そうなっても構いません」
『あーそう、はいはい。つまんないの』
王子は女神の態度を訝しんだ。
「あなたは何の女神さまなのですか?」
女神はムフフと笑った。
『騒乱の女神』
なるほどと王子は思った。それで納得した。
『あの女の子にも生まれた時に同じように記憶を与えておいたんだけど、全然おかしな行動しないんだもん。つまらないな〜』
王子はその言葉には驚いた。
「ユーリアは自分が悪役令嬢になると思っているんですか?」
『そう、そしてその予定だったんだけどね〜。絶対伝えた通りの行いをしてルートを守ると思ってたのに』
「将来死ぬと知っていて、同じことをすると?」
『人間は愚かだもの』
「でもユーリアはあなたに教えられたのとは違い、いい子です。そして僕も聞いた話と違い、もう結婚しました」
『ね〜、本当、君たち自分勝手だよ〜』
「僕はしたいようにしただけです」
『そうだよね〜』
女神は拍手した。
『婚姻無効にして、もう一度出会いを待たない?』
「なぜです?」
『面白いから』
「無理です。僕たちは初夜も迎えましたし」
『まだ処女膜破ってないくせに……』
「処女膜とは?」
王子はまだ知らない単語を出されて首を傾げました。
『いい、いい。気にしないで』
そして二人は夢の中で別れました。
王子は朝になって目が覚め、隣に眠っているユーリアを眺め、幸せを噛み締めました。
〜〜〜
次の日、王子は執務室の王の隣に座って仕事を眺めながら問いました。
「父上、処女膜ってなんですか?」
王は羽ペンをボキンと折り、王子の顔を凝視しました。
「今、何と言った? 誰に教えられたんだ、まさかお前……」
「夢の中で女神さまに聞きました」
「……またあの女か。詳しく話してみよ」
王は額を押さえてうめきました。
王子は素直に全て話しました。
「騒乱の女神か。言うことを聞く必要はないな。で、処女膜というのはどこで出てきた単語だ」
「僕がユーリアとは初夜を済ませたと言ったら、『処女膜をまだ破ってないくせに』と言われました」
王ははぁとため息をついた。
「まだ破ってないか。なら良い」
「破るべきでしたか?」
「まだ破ってはならん!」
王は声を荒げたので、王子はびっくりしました。
「……あれは、痛いのだそうだから、ちゃんと準備を……。余は何を話しているんだ……」
王はいよいよ頭を抱えてしまいました。
「……母上にはこの話はしてはならんぞ」
「わかりました」
〜〜〜
「ユーリア、君が悪役令嬢だというのは、気にしなくていいらしい」
ユーリアの部屋に王子が駆け込んできて言いました。
「そうなのですか?」
「ああ、父上に話したらそう言っていた」
「でも……」
「僕たちが結婚した日、またあの女神が僕の夢の中に現れたんだ。それで、そのことを父に話したら、あの女神はいい女神じゃないと教えてくれた」
「いい女神じゃないのですか?」
「ああ、僕らの仲を裂いて、国を迷わせようとしているらしい。ひどいやつなんだって。だから気にするなって」
王子はそう言って、ユーリアをぎゅーっと抱きしめました。
「そうだったんですね、よかった……」
ユーリアがハラハラと涙を流したので、王子は涙が流れる頬っぺたにキスを何度もしました。
それから、ユーリアの髪の毛を何度も撫で、唇にキスします。
柔らかいキスは子供らしいものでしたが、二人は真っ赤になって照れました。
「こんなことをしたらまたお兄様たちにからかわれてしまいます」
「ユーリア、僕たちはもう夫婦だよ? もう何をしても大丈夫だよ」
「そうでしたね」
ユーリアはふふ、と笑って王子の肩に頭を預けました。
「ハリート王子、私、王子のことが大好きです」
「僕も大好きだよ。ユーリア」
ーーー
その後、王子は父によって学園を卒業するまでユーリアと同じ部屋で寝ることを禁止されてしまいました。
しかしそれで二人の仲が悪くなることはなく、学園でもオシドリ夫婦だと有名になりました。
王子はとても女性に好まれる容姿に成長し、いつも人気が高く、引っ張りだこで強硬手段に出る令嬢もありましたが、ずっとユーリア一筋でした。
そしてユーリアも夢で見たような恐ろしい嫉妬を燃やし、錯乱することもありませんでした。
いつも手を繋いで登校し、別々に学園から帰っても、その後の二人きりの時間やそれ以外の時間も、ずっと王子に溺愛されていたからです。
そしてついに学園を卒業する時が来ると、王子はやっととあの言葉の意味を教えてもらうことができました。
そしてその夜から同じ部屋で眠ることを許され、ついにユーリアと本当の夫婦になることができたのです。
二人はとても幸せで、
これからもずっと支え合い、愛し合っていこうねと誓い合いました。
実際そうなり、国はとても栄え、二人はとても良い王と王妃になったのです。
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