054
オルカの肩を抱いたのは長身に片眼鏡をした男。シャルルであった。
「これも全て偽物ですよ。騙されてはいけません」
その声でハッと意識が覚醒したオルカは目を覚ました。シャルルはオルカの顔を見るとニコリと笑った。
「貴方は、もしかしてエキラドネが言っていたお人形さんかしら?」
「お人形ですか。まぁ、その通りかもしれないですね」
シャルルはニコニコとしている。
「で、誰で何をしにきたわけ? そいつの仲間なら容赦しないけど」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗りましょうと親に教わりませんでしたか?」
シャルルがそう言うとニヒルは呆れたような表情を浮かべた。
「親? 人のことを珍しい目の色をしているからといって見世物小屋に売り飛ばす奴なんかに教わることなんてないわ。まぁ、貴方が誰だっていいわ。まとめて殺すだけよ」
ニヒルがそう言うと背後から大きな影が現れた。それはあっという間にフロア全体を包み込み、先程まで明るかったフロアは鼻の先も見えない程暗い闇に染まった。
「これもまた幻なんでしょ」
オルカはそう呟く。
「いや、この影は本物でしょう。後は何が出てくるのか、ですね」
シャルルがそう言うと暗闇から何か鋭利なものが伸びてきた。シャルルとオルカは寸前のところでそれを躱す。
「危ないところでしたね。まぁ、状況はよろしくないですね。今、私達はどこからでも攻撃できるように囲まれている状態です」
「つまり打開策が無いわけ?」
「うふふ、普通ならばそうですが、私は魔法使いですので」
シャルルがそう言うのと同時に影から無数の棘が伸びてきた。しかし、それらはシャルルやオルカに刺さることは無かった。何故なら、シャルルが二人を囲むように盾を張っていたからだ。
「ね? 言ったでしょ。ついでにオマケです」
シャルルはそう言うと左手でオルカの目を塞ぐと右手の指を鳴らした。すると、眩い閃光がフロアは包み、闇が晴れた。そして、閃光に目をやられたニヒルがその場に膝をついていた。
「さて、トドメといきましょうか」
シャルルがニヒルに歩み寄ろうとした時だった。フロアの壁が轟音と共に崩れ去った。フロアにいた全員はその方を見る。そこに立っていたのは執事服に身を包んだ長身の男。エルドルト家に仕える執事のリンクロッドであった。
リンクロッドは膝を付いているニヒルを見た後にオルカ達の方を見た。少し驚いたような表情を見せた後、オルカに向かって一礼をした。
ニヒルにとって状況は最悪だった。閃光にやられた目も徐々に慣れていき自身に置かれた状況を冷静に考える。
捕まるわけにはいかない。どうやって逃げるのか模索していた。しかし、それは意外な形で終わった。
紛れもない光景だった。リンクロッドはオルカに歩み寄ると拳を握り、それをオルカへ向かって振りぬいたのであった。
その衝撃で二転三転と地面を転がり、オルカの体は壁へと叩きつけられた。相当強い力だったのか首はあらぬ方向へと捻じ曲がっている。呆気に取られたシャルルにもその拳は放たれたが寸前の所で躱すとそのままオルカの元へ向かった。
オルカの元へ辿り着くと既に生き返っていたオルカは信じられないといった眼差しでリンクロッドを見ていた。
「お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」
オルカの怒りが籠った声にリンクロッドはあっさりとした声で「えぇ」と答えた。
「そうか、それならぶっ殺してやる」
オルカがそう言って一歩踏み出そうとした時、それをシャルルが止めた。
「ここは一旦引きましょう」
「止めんな。殴られて、はいお終いじゃ、腹の虫が治まるわけないだろ」
「彼をご覧なさい!」
シャルルにそう言われ、オルカはリンクロッドを見る。その目からは血の涙を流し、悔しさで握った拳からは血が滴り落ちている。
「彼は相当な覚悟を持って貴方を殴ったのです。理由は分かりませんが、逆らえない何かがあったのでしょう」
オルカが何かを言おうとした時、崩れた壁からまた誰かが現れた。それはボサボサ髪の男。アブソーバーであった。
「騒がしいと思ったらお前らかよ。それにニヒルもいるじゃねぇか。アップデートが終わった直後に仕事とはご苦労様だな」
形成は一気に逆転した。
「本当にここは一旦引きますよ」
シャルルはそう言うとオルカを抱きかかえたまま指を鳴らした。すると、二人の姿は跡形も無く消えた。
二人が消えた後、アブソーバーは首を鳴らしながらリンクロッドに近付き話しかけた。
「あーあ、お前がボサッとしているから逃げられちまったじゃねぇか。何してんだよ」
リンクロッドは何も答えなかった。
「おい、聞いてんのか?」
アブソーバーはリンクロッドの正面に回り込み、その表情を見た。そして、驚いたような表情を浮かべた後、リンクロッドが振り抜いた拳によって首から上が吹き飛んだ。
膝から崩れ落ちたアブソーバーであったが、二十秒もしないうちに立ち上がると「あー、いてー」と心の籠らない声をあげた。そして、リンクロッドの肩をポンと叩いた。
「まぁ、これから仲良くやろうじゃねぇか」
そう言って不敵に笑うと元来た道へと戻っていった。ニヒルは首を傾げながらもアブソーバーの後に続いた。そこに残されたリンクロッドはただ茫然と立ち尽くしていた。