053
同時刻、予定よりも早くアップデートが終わったニヒルは目を覚ました。
「ニヒル様、予定より早いですが、アップデートが終わりました。本来ならばこのまま能力使用のテストを行うのですが、レグノ様から連絡がありまして、侵入者がいる為、B-5フロアの護衛を担当するように。だそうです」
目覚めたばかりのニヒルに白衣姿の女性はそう言って頭を下げた。ニヒルはそれに対し「あっそ」と言うとベッドから降りた。そして体を伸ばすと一つ欠伸をした。そして、そのまま研究室を出ようとした。
「あ、あの! 侵入者に備えて簡易的にですが、能力テストをするようにとも承っております」
「別にそんなことしなくていいわ。自分の体は自分が一番分かっているもの」
ニヒルは足を止めることなく研究室を後にした。
目的のフロアまでは歩いて十分程かかる。面倒だなと思いながら足を進め、そのフロアへと繋がる広間へと到着したのと同時に来客が現れた。
「あら、誰かと思えば以前にグロッキーになりながら逃げだしたオルカ君じゃない。生きていたみたいで良かったわ。それで体術の練習はしてきたのかな?」
ニヒルは笑みを浮かべながらそう言った。そのニヒルとは対照的にオルカは面倒臭そうな表情を浮かべている。
「とある情報ではまだアップデートが終わっていないと聞いていたんだけどなぁ」
オルカがそう言うとニヒルの眉がピクリと動いた。
「それは誰から聞いたの?」
「それは死んでも教えられないよ。まぁ、僕死なないんだけどね」
オルカはそう言って笑った。
「さて、どうせやることやるんでしょ? 早くしようよ」
オルカはそう言ってニヒルを挑発した。
「はぁ、ガッカリだよ。何も成長していない」
ニヒルはそう言って肩を落とした。
オルカの背後には前回ニヒルと対峙した時に現れた全身炎に包まれた化物が佇んでいた。
「あの時は急ピッチで出さないといけなかったからね。実体を作る暇がなかったんだ」
オルカはそう言ってニコニコと笑った。
「ふーん。まぁ、何だっていいわ。貴方がそうくるなら私はこうしようかな」
ニヒルがそう言うとニヒルの背後にオルカと同様の化物が現れた。それを見たオルカは驚いた表情を浮かべた。
「へぇ。どうやったのかは知らないけど、所詮は偽物でしょ? 本物には勝てないよ」
オルカがそう言うと背後にいた化物はニヒルへと襲い掛かった。しかし、それをニヒルの背後にいた化物が受け止める。
「偽物でも役に立つでしょ? 更にこういうのはどう?」
ニヒルがそう言うと今度は大きな甕を持った女性が現れた。
「水の精霊ウンディーネよ。貴方が今出しているのはイフリートでしょ? この前カッコよく叫んでいたものね」
ニヒルがそう言うと現れたウンディーネは甕から大量の水を放出し、自分が出した炎の化物もろとも消し去った。
「なるほど、それで炎を消すための水ってことね。別にその程度のことで勝った気になられても困るんだけど。君も僕の能力がどんなものなのか知っているんでしょ?」
「まぁ、あらかた分かっているつもりだけど」
「君も僕と似たような能力だよね。幻を見せるんだ。だから君が出したウンディーネもイフリートも幻。全く以って意味がない」
オルカがそう言うとニヒルは鼻で笑った。
「それがどうしたって言うの? 貴方も同じでしょ?」
「さぁ、それはどうかな? 確かに僕のも幻だった。それはあからさまに偽物だって分かるけど、猫騙しには最適なんだよ。偽物だからね。信じてもらおうなんて端から思ってはない。僕は嘘つきだから。
でもこれならどう?」
オルカはそう言うとどこから取り出したのか分からない銃をニヒルに向けた。
オルカから視線を離すことが無かったニヒルはその手に握られていた銃は偽物だと分かっていた。何故ならオルカは銃を取り出す素振りなど一切見せることなく銃を握っていたからだ。あたかも初めから持っていたように見せていたからだ。
しかし、何故わざわざ偽物だと分かるような素振りを見せながら銃の幻を作ったのかニヒルには理解出来なかった。
そんなことを考えているとニヒルの腹部に激痛が走った。何事かと思い腹部を見ると血が滲んでいた。何故と考えるまでも無かった。腹部の痛みはオルカの手に握られていた銃の所為だ。
幾度となく銃に撃たれた経験のあるニヒルだが、やはりこの痛みは慣れるものじゃない。ニヒルはその場に膝をつく。
「これ、偽物だと思ったでしょ?」
オルカは銃のトリガーの所に指を引っ掛けクルクルと回しながらニヤニヤと笑いそう言った。
「これの外側は偽物だけど、中身は本物なんだよ」
オルカがそう言うとニヒルは膝をついたままオルカを睨みつけた。
「全く意味が分からないわ」
「この銃は本物と偽物が入り混じっているんだよ。弾倉と銃弾は本物でそれ以外は偽物。銃が偽物だと分かっていてもそれが銃だと認識していればそれは本物になるんだ。思い込みってそれほど強いんだ」
オルカはそう言って徐々にニヒルに近づく。そしてニヒルに銃を向けた。
「後、二発弾が入っているだ。とりあえず、殺しとくね」
オルカはそう言って引き金を引こうとした。すると、オルカは背後から何かに体当たりされた。同時に背中に痛みが走る。
ゆっくりと後ろを振り返った。するとそこには手にナイフを握ったニヒルがいた。痛みに耐えながら膝を付いてはずのニヒルの方に目をやると、そこにいたニヒルが崩れ去るように消えていった。
「ふふふ、全部嘘だよ。ここに来てからここで起こったことは全て嘘。貴方は私の幻をずっと相手していたわけ」
ニヒルはオルカの血が付いたナイフを眺めながらそう言った。そして、話を続ける。
「君って、一度死ぬとその傷治るんだったよね。だから、死なないように痛めつけるにはどうしようかなって考えた結果がこれだったんだよね。報告によると自死をして復活するなんて手段を取ったりするんでしょ? だから、そんなことさせないようにナイフに毒を塗ってあるんだ。
そろそろ効いてくるころだと思うよ」
ニヒルがそう言うとオルカの視界が歪んだ。呼吸も苦しくなってきた。そして、とうとう気を失った。
すると、丁度意識が切れる寸前に誰かがオルカの肩を抱き、指をパチンと鳴らした。