051
ニアは皆と別れてから自由気ままに第三支部内を歩いていた。支部内を歩いているニアは少し違和感を覚えた。
「…人が少ない気がしますね。いつもなら働き蟻のように人がウジャウジャといるのに、今回は全く見当たらない気がしますね」
独り言を呟きながら歩いていると一人の研究員が目の前に飛び出してきた。
「あら、ご機嫌麗しゅう。忙しいと思いますが、ちょっと道案内してくださる?」
研究員は疑うことなく施設内の案内を始めた。ただっ広い施設内を十五分程歩くと大広間と思われる場所に出た。そこにポツンと一人だけ立っている。
「あら、貴方は? 門番的な感じでしょうか? 最近ちょっと退屈していたから楽しませてくれると嬉しいのですが」
ニアはそう言うとニコリと笑った。話しかけられた気怠そうにしているエキラドネは相変わらずのジト目でニアを見る。
「あ、もう貴方は用済みよ。そこで命を絶ってくださる?」
ニアがそう言うと今まで道案内をしていた研究員は「分かりました」と言うとどこからか取り出したハサミで躊躇うことなく自分の喉元に突き刺し、自害した。
「さて、邪魔者はいなくなったことだし、戦いを始めましょうか。うちのオルカが随分と世話になったみたいだし、そのお礼をしたいわ」
「随分と自信家だこと。貴方達って殺しても死なない気味の悪い人達の内の一人でしょ? これはながくなりそうだわ」
エキラドネはそう言ってため息をついた。
「そういう貴方もなかなか死なないみたいじゃない。気味が悪い化物同士、仲良く殺し合いをしましょうか」
ニアがそう言った後、二人は見つめ合ったまま動かない。しかし、そうでは無かった。エキラドネはとっくに攻撃を仕掛けていた。立ったまま部屋中の熱を急激に吸収し、それを体内で高温に変え放出していた。アップデートを終え、かねてより放出出来る熱の上限は上がっているので常人なら立っていることすらままならないはずだが、ニアは涼しい顔をして立っている。さらにこの部屋は特殊な造りをしており、熱を閉じ込めるので部屋の中はすでに500℃は超えている。ニアの横にある研究員の死体は焦げているので熱が放出されていないわけではない。それなのにニアは全く持って意に介していない。
「あら? 動かないのかしら? それとも、もうお手上げ?」
「何を言っているの? まだ始まったばかりよ」
エキラドネはそう言うとニアの周囲にテニスボール程の火球を作り出した。
「まぁ、まるで手品みたいね。これを私にぶつけるのね」
「そうね。死んでもらえると嬉しいわ」
エキラドネはそう言うと火球をニアに向けて動かした。しかし、火球はエキラドネの意思に反してニアを避けるようにして壁や床にぶつかった。
「ふーん、なるほどね。貴方は物を操ることが出来るのね」
エキラドネがそう言うと、ニアは少し驚いた表情を見せて口元に手を当て微笑んだ。
「正解よ。こんなにも早く見破られたのは初めてだわ。でも、それでどうするの? 何の解決にもなっていないわ」
「そんなに焦らなくてもいいでしょ? お互い死なない化物なんだからゆっくり楽しみましょう。それとも焦らないといけない理由でもあるのかしら?」
「うふふ、そうでしたね。私は動きませんからご自由にどうぞ。退屈はさせないでくださいね」
ニアはエキラドネを挑発する。その安い挑発に乗ったエキラドネは「じゃあ、遠慮なく」と言って先程よりも多く火球を作り出した。
「数で潰すつもりなんだけど、どうかしら?」
「いい考えなのではないでしょうか? やってみる価値はあると思いますよ。通用するとは全く思いませんが」
ニアがそう言うとエキラドネは四方八方を囲む火球を一斉にニアへと向けて動かした。だが、それらは先程と同様に、エキラドネの意思とは反した動きでニアを避けていく。
しばらくすると火球の動きが止まった。
「あら、もうお終い?」
「まさか。今、貴方のその力の範囲を探っていただけだよ。小手調べってやつね。まぁ、だいたい分かったわ」
エキラドネはそう言ったが解決の糸口が掴めたわけじゃない。正直に言って今の能力だけではニアの動きを止めるだけで精一杯だった。一人ではどうしようもない。
「はぁ、退屈ね。立っているのもしんどくなってきたわ。椅子を用意してくださる?」
「そんなもの無いわ。部屋の状況を見てもらえば分かるけど、そんな耐熱性を持っている椅子があるならマグマの上でも座れるわよ」
「うふふ、それもそうね。つまらなくなってきたし、この戦いは終わりにして貴方にでも座ろうかしらね」
ニアはそう言うと一歩踏み出した。そして、一言発する。
「貴方、四つん這いになってくださる?」
ニアがそう言うとエキラドネの体は勝手に動き出し、いつの間にか四つん這いになった。
「ッ、一体、何をしたの?」
「お願いしただけよ。さて、座らせていただきますね」
ニアはそう言って四つん這いになったエキラドネに腰掛けた。
「あら、椅子にしては上出来ね。主人が座る前に温めてくれるなんて。でも、熱すぎるわ。少し、温度をさげてください」
「…畜生め」
「はぁ、ここに紅茶があれば完璧なのですが、それは少し贅沢が過ぎますね。さて、このままヴィクトリアさんの所まで案内してくださいね」
ニアはそう言ってエキラドネの背中をポンポンと叩くと四つん這いのまま動き出した。エキラドネは今まで経験した事のない屈辱に唇を噛みしめることしか出来なかった。
「…いずれ、殺してやるから」
「うふふ、楽しみに待ってますね」