047
レグノがトルクを連れて行ってから二週間経った。部屋に残された皆はトルクが連れていかれたと同時に体の自由が効くようになり、各々特に会話をすることもなく静かに過ごしていた。何時までこの部屋で過ごせばいいのだろうかと思っていると、部屋の扉が開いた。皆がその方向に目を向けるとレグノが立っていた。
「元気そうで何よりだ。おい、入って来い」
レグノがそう言うと首輪を付けた小柄な女の子が入って来た。その女の子は金髪で縦ロールの髪型をしていた。
「さて、自己紹介をしてもらおうか」
「はい、私はストラトス・トルクレイトです。トルクとお呼びください」
少女がそう言うと部屋の中にいた野良犬全員が「は?」という声をあげた。その名前は二週間前にレグノにつれていかれたトルクと一文字も違わない名前だ。だが、目の前にいる少女は今日初めて見た。
「おい、これはどういう冗談だ?」
「冗談とは? 私は至って真面目だが」
「トルクをどこにやった?」
「目の前にいるだろう? お前たちは元々別の名前だろ。犬に名前を付ける感覚と同じだよ。前のトルクは使い物にならなくなったから、新しいトルクが来た。それだけの話だよ」
レグノが淡々とした口調でそう言うと、それに納得のいかなかったアブソーバーは怒りで拳を強く握った。
「おい、ふざけんじゃねぇよ! 俺らは道具じゃねぇ!」
アブソーバーはそう言ってレグノに飛びかかった。
「何を言ってんだ。お前らはカオス様の道具だよ。人を殺すための道具だ。それを弁えろ」
レグノはそう言って飛びかかって来たアブソーバーを目にも止まらぬ速さで組み伏せた。
「さて、約束通りお前らは今日この時から自由だ。どこに住んで、何をしようがこちらは干渉しない。
まぁ、名目上は明日から新しいブラスフェミーの支部の配属になる。所謂転勤と言う奴だな。首輪の定期的なメンテナンスと任務以外は支部に行っても行かなくてもいい。住みたいところがあれば部屋を出て右の研究室にいる女性に言うといい。その女性が全て手配してくれる。それじゃ、また会う日まで元気でやれよ」
レグノはそう言って部屋を後にした。レグノがいなくなった後、アブソーバーはゆっくりと立ち上がりトルクに歩み寄った。
「何かしら?」
「俺はお前をトルクだと認めねぇからな」
「いい加減にしたらどうなの? 無くなった物は駄々をこねても返ってこないわよ。私より大人なんだから、そんな子どもみたいなこと言わないでもらえる?」
トルクのその発言はアブソーバーの怒りを爆発させるのには充分過ぎるものだった。思いっきり振り上げた拳を何の躊躇いもなく、トルクの顔面へと振り下ろした。トルクの顔は何週も捻じれ、吹っ飛んだ。
「ッ、痛いわね。いきなり何するのよ!」
トルクはそう言って両手を前に出した。そして、何かを掴むような仕草を見せてそれをゆっくりと捻じった。すると、アブソーバーの左腕がまるで雑巾を絞ったかのように捻じれた。骨が砕ける音が部屋に響く。
「チッ、まだ感覚が上手く掴めないわね」
トルクはそう言って続けざまに右腕と両足を同じように捻じり、折った。アブソーバーは左腕を折られた時点で戦意を喪失していたのか、反撃する様子は無かった。アブソーバーの視界は徐々に暗くなっていった。
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「ねぇ、ちょっと、大丈夫?」
エキラドネは心配した様子で隣で眠っていたアブソーバーに声をかけた。
「ん? あぁ、ちょっと昔の夢を見ていただけだ」
「そう。良い夢ではなさそうね。
ヴィクトリアとニヒルがあと二日ほどでアップデートが終わるわね」
「あの二人が最後だったよな。早く終わらねぇかな」
アブソーバーはそう言って面倒臭そうに頭を掻いた。
「まぁ、あと二日の辛抱よ。それまでのんびりしましょう」
「のんびり出来たらの話しだがな」
アブソーバーがそう言うとエキラドネは首を傾げた。
「誰か来る予定でもあるのかしら?」
「確信はないけど、そろそろクソチビが来そうな予感がするんだよ」
「あぁ、オルカ・エルドルトね。最近平和で、すっかり忘れていたわ。来るといいわね」
エキラドネはそう言って欠伸をした。