043
翌朝、早朝四時。野良犬のメンバーは全員、孤児院から五キロ程離れたところにいた。
「いいのか、あの婆に何も言わずに出てきて」
「大丈夫よ。手紙を置いてきたわ。
そんなことより、本当に貴方達二人でやっていくつもり?」
「えぇ、問題ないわ。少しの間なら生活できるぐらいのお金なら持っているし、足りなくなったら用心棒でもしてお金を稼ぐから」
「俺は一人で充分だ。こいつが勝手についてくるだけだ」
二人がそう言うとトルクは少し寂しそうに笑った。
「そう。それじゃあ、ここでお別れにしましょう。あんまり長居をするのもあれだし。
じゃあ、また―
トルクが別れの言葉を口にしようとしたその瞬間、耳を劈く程の爆音が聞こえた。皆、反射的に体をその場に伏せた。少しの土煙が辺りを覆う。爆発があったのは距離的にはそこまで遠いところではない。
土煙が収まるとニヒルが何かを思い出したかのように飛び起き、爆発音が聞こえた方へと駆け出した。徒事ではないニヒルの様子に不安を煽られた野良犬達はニヒルに続いて駆け出した。
野良犬達は爆発があったところまでやってきた。そこで彼らの目に映ったのは、先程までとは変わり果てた姿の孤児院だった。原型を留めることなく粉々になっており、今も所々から煙が上がっている。
その孤児院の前に立っていたのは見慣れた軍服姿の集団と帽子を深く被った男、レグノだ。
「よう、お前ら。休みを与えたが散歩をしていいとまでは言っていないぞ」
「…どうしてここが」
「知らないのか? お前らの首輪には自分達の居場所を教える装置が組み込まれているのさ。今の技術では到底作れない代物だが、我々、ブラスフェミーの技術力なら容易に作れるのさ。実験台ならたくさんいるからな。
まぁ、そんなことはどうでもいい。帰るぞ。カオス様がお怒りだ」
れぐのはそう言うと軍服を着た集団に合図を出した。その集団が野良犬達に近付こうとするとニヒルが口を開いた。
「…どうして、ここを破壊する必要があったの?」
「どうして? 理由なんかない。強いて言うならば久々に戦場に赴いたから力を使いたくなっただけさ」
レグノがそう言うとニヒルは拳を強く握り締め、悔しそうに唇を噛みしめた。
「お前は、一体命を何だと思っているんだ!! 命はオモチャなんかじゃない! 奪われたらそこで終わりなんだぞ!! ここの子供たちは明日を迎えるのを楽しみに待っていたんだ!! それを簡単に踏みにじりやがって…!
もういい、何もかもぶっ壊してやる」
「犬が喚くな。耳障りだ。
そんなに俺のことが憎いなら力でねじ伏せてみろ。弱者は常に蹂躙されるんだ。当たり前のように明日が来るなんて思うんじゃない」
「…分かった。いいよ。そこまで言うなら力を示してみせるよ。
ルゥさん、皆、ごめんね。私たちに関わったばかりにこんな目に遭わせてしまって。でも、仇は取るから」
ニヒルはそう言って一歩前に踏み出した。
「待って、私も一緒に戦うよ!」
トルクはそう言ってニヒルに手を貸そうとした。しかし、ニヒルはそれを止めた。
「いいよ。私が一人でやるから。想像力が止めどなく、際限なく出てくる。今なら何だって出来るし、何だってなれる気がするんだ。だから、はっきり言って邪魔だよ」
「ふっ、小娘が調子に乗るなよ。
おい、お前ら、ちゃんと殺してから捕まえろよ」
レグノがそう言うと軍服の集団は銃を構えた。
「ねぇ、銃を構えるのはいいけど、ちゃんと安全装置が外れているのか確認しないとダメだよ。素人じゃないんだからさ」
そう言われた軍服の集団は一斉に構えていた銃を見た。それを見たニヒルはクスリと笑った。
「嘘だよ。そんな単純な嘘に引っかかるなんて馬鹿もいいところだね」
ニヒルはそう言って馬鹿にしたように鼻で笑った。それを見た一人の男が顔を真っ赤にしてニヒルに飛びかかろうとした。すると、ニヒルがそれを慌てて止めた。
「おっと、動かない方がいいよ。ここには無数の地雷が埋まっている。ちょっとでも地雷を踏めば、って、言わなくても分かるか」
「お前、そんなハッタリが通用すると思うなよ。ここは戦争のあった地域じゃない。地雷なんか埋まっている訳がないだろ」
「あらそ、君がそう思っているんならそうなんじゃない? 私はちゃんと忠告したからね。ご自由にどうぞ」
ニヒルがそう言うと男は一歩踏み出した。すると、次の瞬間、男の足元が爆発した。
「うわああああぁぁぁぁ!!! いてぇ!! いてぇよ!!」
男は足を押さえ、のたうち回った。レグノはそれを驚いた様子で見ている。
「あーあ、だから言ったのに。
で、残りの人達はどうするの? やっぱり安全圏内で銃を乱射するつもり? でも、その銃、もう壊れてるよ」
ニヒルはニヤリと笑いながらそう言った。
軍服の集団は半信半疑のまま銃の引き金を引いた。しかし、弾は出ない。そのうちの一人は不思議そうに銃口を覗き込んだその瞬間、弾は発射され、顔を貫いた。
「ばーか。
えーっと、後残っているのは、八人とレグノだけね。どうやって殺そうかしら。因みに聞くけど、どんな殺され方を希望かしら?」
ニヒルがそう言うとレグノ以外は銃を捨て逃げ出した。
「逃げられるわけがないじゃん。君達は死ぬんだよ」
ニヒルはそう言って指をパチンと鳴らした。すると、半数は火だるまになり、残りの半数は体が膨れ上がって爆発した。
「さて、最後はあなた一人よ。これまでの恨みを晴らさせてもらうわ」
「くっ、くくく、」
ニヒルがそう言うとレグノは笑い始めた。
「何がおかしいの?」
「いや、何でもない。こちらの話だ」
「あんまり嘗めないでよ。
決めたわ。あなたもさっきの人達と同じように火だるまにしてから爆発させて殺してやる」
「ふふっ、出来るものならな。もう魔法の時間は終わりだ」
レグノはそう言うとニヒルと同じように指を鳴らした。すると地雷を踏んで足を無くした男の足は何も無かったかのように元通りになっており、銃で顔を貫かれた人も、火だるまになった人らも何事も無かったかのように倒れていた。
「その力を授けてやったのは誰だ? お前らの能力を把握しているに決まっているだろ。さて、散歩の時間は終わりだ。かえ―
は?」
レグノは自分の脇腹に違和感を覚えた。その脇腹に目をやるとそこにはニヒルの姿があった。
「痛ってぇ…
てめぇ、本物のナイフ使いやがったな」
レグノはそう言うとニヒルを突き飛ばした。そして、違和感があった脇腹を見るとそこにはナイフが刺さっていた。レグノは刺さったナイフを抜こうとした。すると、ニヒルが口を開いた。
「残念。そのナイフは特別仕様で返しがついているから簡単には取れないよ。それに即効性の毒が仕込んである」
ニヒルがそう言った瞬間、レグノは口から血を噴き出した。
「ほらね、直に死ぬよ」
死にかけのレグノが取ったのは驚きの行動だった。刺さったナイフを強引に引き抜き、ニヤリと笑うと自分の首を切り裂いた。膝から崩れ落ちると動かなくなった。